新婚旅行で参拝した平泉中尊寺へ、35年振りに仕事終わりで家内と。当時、金色堂内で阿弥陀三尊の下に900年前の、初代藤原清衡高、二代基衡公、三代秀衡公の亡骸と、四代泰衡公の首級が安置と放送が。そこにいた僧侶に拙僧「見せて」と。「罰当たりな」「罰当たってもいいから見せて」と。呆れられた思い出が。
【追伸】
因みに、義経公を助けた武将が三代の秀衡公、義経公を討伐したのが四代の泰衡公。さて、この藤原四代の亡骸は1度、世に出た事が。この投稿には恐れ多くて載せませんが、ググってみて下さい。ほんとにおらっしゃったんですね。こんな遠い土地まで頼朝公は奥州討伐に。捨て置いてたら安心(鎌村幕府安泰の為)出来なかったんでしょうね。徳川家康公も世継ぎの秀忠公に「天下を取るは、至難の業。が、天下を守り続けるは、もっと難しい」と。今の時代もそう変わらんでしょうね。弱みを見せた途端に、雪崩を打って、他国が侵略を。政治家さん達は、悠長に構えている暇など。この時には拙僧夫婦、青森県にも仕事に。来たついでに棟方志功さんのミュージアムへ。このミュージアムは老朽の為、もうすぐ閉館と。館内では、棟方さんのビデオが。その言葉を聞いて非常に納得を。「人間が個人で責任を持てる仕事など、人間が個人で背負う事が出来る仕事など、高が知れている」と。確かに、高が知れてますよね、人間1人の力なんて。だからこそ、協調性が大事なんですけどね。