1分で読める小さなお寺の法話集

子育て、人材育成に関する法話を実話と歴史から紐解いて書いております。

【住職の法話。考え方を少し変えるだけで、苦しい人生が、楽しい人生に】 父親(先代)に言われた言葉で、最も嬉しかった言葉は、臨終1ヶ月前、拙僧に「俺は、子供に恵まれた」と言われた事かな。

2023-04-28 18:18:37 | 法話
【 4月30日 投稿法話 】

将来、父親の会社を後継する読者若者(23歳)が「2000年に大河ドラマで放映された『葵、徳川三代』を今、毎日見ています。家康公が秀忠公に『天下を取るは、至難の業。が、天下を守り続けるは、もっと難しい』と。この言葉は、最も心に響いてます。ところで住職は、お寺での代替わりは、どうでしたか」と。

対し、拙僧「父(先代)は、67歳の時、拙僧(当時37歳)に代を譲った。その時、まあ、冗談で言ったんだとは思うが『老いが深くなって譲ると、俺がやってきたお寺だ、と執着し、お前の邪魔をしかねん。そうならない前に、頭の柔らかい内に』と父が。『葵、徳川三代』は、拙僧も好きで見てたよ。家康公は徳川の天下が続くを世に示す為に、早めに秀忠公に将軍の座を。その秀忠公が『大名は皆、上様、上様、とわしを呼ぶが、心は皆、駿府(家康公所在地、静岡)に向いておる。が、10年も、上様、上様、と言われ続ければ、それなりの姿になる。家光も心配はいらん』と正室のお江さん(信長公妹お市さんの末娘)に。どの分野の代替わりも、この経緯は同じじゃかな」と。

更に、拙僧「父が拙僧に住職を譲って3年後、末期癌で余命1年の宣告を。他界するまでの1年間は、檀家さん、縁者さん達は皆、拙僧が全て父の指示(葬儀、年忌、法要、檀家参り。それ以外にも、病気相談、経営相談、訴訟相談などの様々な相談受け)によって動いていると、皆々その様に。よって皆、騒ぐ事も、慌てる様子もなく。が、父はその時、とても指導など出来る状態では。父に代を譲られる20年以上前から、時折、表舞台の仕事を父は拙僧に。後ろ盾がある期間に後継者は、大いに恥をかいて、様々な経験を。代替わりは、父親(先代)が元気な時期に。この『葵、徳川三代』は、その事を世に知らしめる為に、作られたドラマではないかと思うよ。因みに、豊臣秀吉公が『天下人は、天が決める』と言ったとか、言わなかった、とか。秀吉公他界後、実力者の家康公が天下を取ったは、当然の成り行きだった様に思われてはいるが、関ヶ原の前に秀吉公正室ねねさんが、もし『家康を討て』と豊臣家子飼いの大名、福島正則公、加藤清正公らに指示していたら、さて、どうなっていただろうか。関ヶ原の勝敗は、人心を掌握出来た、出来なかった、の差かな。三成公は、その生き様から、正義の人、という印象が。が、正義、正論は、押し付け過ぎれば、自ずと優しさが欠けるもの。これは君にとっては、今後の参考になると思うよ」と、この若者に。

更に、拙僧「寺院は、住職の質(力量、人格)が良い事も、勿論大事だが、寺院が栄えるに最も大事な事は、坊守(住職妻)さんの存在にて。坊守さんの事を別名『寺庭(じてい)さん』と言って、見ているだけで心が癒される雰囲気を持っている、という存在。庭の木々、草花、庭石など、雨が降ろうと、雪が降ろうと、風が吹こうと、慌てる事なく、全てを受け入れ、なすがままに。それが過ぎ去った後、落ち着いてその後始末を。拙僧の家内が、当にそれにて。結婚して35年。精神的にも、肉体的にも、常に助けられてきましたな。特に、人の上に立つ仕事をする人は、伴侶選びは、非常に大事だよ。歴史上、世に名を馳せた男性の横には、決まって賢い奥様の存在が」と。

【余談】
寺院といえば、やはり、先祖の弔いをするが第1義。その弔い行事の中で、知人若者からよく聞く愚痴が、墓参りの事。先日もある若者が「私の家は本家(父親が長男)で、代々の直系が本家の墓に。昨年の6月頃、親戚の叔父(父親の弟)が甥である私に『おまえ、墓に行ったら草茫々だったぞ』と、鬼の首でも取ったかの様に、上から高飛車に嫌味を。その叔父だが、自分の親が納骨されているにも関わらず、そのお墓に10年以上も足を運んだ事が。梅雨の時期は、半月もしない内に草だらけに。常日頃、お墓参りに足繁く赴いている人なら、草の伸び方を見れば、どのくらい日が経っているかは、容易に理解が。当時、草茫々だった事を、親戚の家々に言いふらしていたらしくて。もう、頭に来て」と。「親戚の人達からは、何か話があったの」「数人が叔父の言葉に同調して、父ではなく、私に嫌味な文句を。だけど、大半の人は『ほっとけ。言わせておけ』と私に」「じゃ、その大半の人達の心の内は『自分(その叔父と同調した人達)は墓参りに殆ど行ってない、という事を、自らの口で親戚中に暴露して回ったに同じ。自分の恥を言いふらしているだけ』と思ってるんだろうね。文句言いと言われる人達は、それその物についての知識のない人達が多いかな。知識がないから、的外れの文句を。いつか、真実を知った時、自分が恥ずかしい思いをするだけだよ。ほっときな」と拙僧、その知人若者に。

さてさて、明日からはもう5月。1年なんて、あっという間。ボヤボヤしてたら、また、何もせず終わった、という事に。今日の法話を書きながら、父(先代)の事が脳裏に。父(先代)から言われた言葉で拙僧、何が最も嬉しかったか、と言えば「俺は、子供に恵まれた」と臨終1ヶ月前に言われた事かな。これは本当に嬉しかったですね。

次回の投稿法話は、5月5日です。




【住職の法話。考え方を少し変えるだけで、苦しい人生が、楽しい人生に】 寺院、仏壇、というものの、存在している意味。

2023-04-21 07:23:42 | 法話
月の21日は、お大師さん(弘法大師空海)の縁日、月の24日は、地蔵菩薩の縁日。わが寺では毎月、その日に縁日法要(御礼報謝)を。その他も各法要には必ず、誰かしら子供達が参拝を。その時、偶に子供達に問われるは「蝋燭(ろうそく)と線香(せんこう)は何故、お供えするの」と。様々な意味合いがあるが、子供達には、次の1点を説明する事が多いかな。

「蝋燭も、線香も、自分で火を付ける事は出来んだろ。1度火がついたら今度は、時間が来るまで、自分で消す事も出来ないでしょ。何となく、人間の命(寿命)に、似てると思わないかい。火をつけられた蝋燭と線香を、じっと観察してごらん。蝋燭は自分の身を削りながら、周囲に明かりを灯してくれているだろ。線香も自分の身を削りながら、周囲に癒しの香りを与えてくれている。蝋燭と線香は『あなたは、この様な人生を送っておられますか』と参拝者(人間)に、問い掛けてくれているんだよ」と。

この蝋燭と線香の話を聞いて、気持ちが変化した子供さんは、少なからずおられます。心が綺麗で素直だから、スッと入ってくるんでしょうね。大人も昔は、そうだったんでしょうけどね。どこにその心を置いてきたんでしょうね。さて、それまでは、家の仏壇に手を合わせる事がなかった子供さんも、その後は手を合わせる様に。因みに、仏壇(手を合わせ、頭を下げる対象物)がある家と、ない家とでは、子供さんの成長に少々違いが出ている様に感じられます。貰ったおやつ(お菓子)を先ず、亡くなった爺ちゃん、婆ちゃん(仏壇)に「はい、どうぞ」とお供えする行為で『施す』という心が育まれますもんね。

今1つ、檀家の子供達から「死ぬって、怖い事なの、痛いの、苦しいの」と問われる事が度々。その道に明るい専門家が「動物と人間の7歳までは、大脳が発達してないから、死の恐怖はない」との見解。そういえば、7歳の時に拙僧、結構多めの血尿が。その時、恐怖はなく「僕が死んだら、親は悲しむだろうな」と思った記憶が。朝、血尿が出て、夕方まで黙っていたが、止まらないので父親に拙僧「小便から血が出たら、大変なの」と尋ねると「出たんか」と父は血相変えて、即、病院へ。病名は膀胱炎、結構酷い病状でしたが。因みに、拙僧、この日(7歳)より毎日、小便する度に血尿が出てないかを確かめ、心の中で「御礼報謝の為には、仏説摩訶」と般若心経を。61歳になった今でも「御礼報謝の為には、」と続けているは、7歳の時のあの衝撃を忘れない為、今日まで命がある事を当たり前と思わない為、ですかね。

さて、檀家子供に聞かれた『死』の恐怖に対してですが、その子供達に「これまでに拙僧、1000人近くの葬儀、それ以上の『生き死に』に立ち会ってきましたが、余命宣告された時点では皆、恐怖心を持ち、落胆を。そりゃ、そうだよね。初めて経験する事は、誰しも不安だもんね。ところが、徐々にその恐怖心が薄れ、落ち着いた状態で、その日を待つ人が大半だったかな。因みに『草食動物が生きたまま、肉食動物に食べられる時、激痛がきたら麻痺状態になり、痛みがわからなくなる』とその道の専門家が。海で泳いでいて、気付かない内(痛みなし)に、足がサメに食べられて、なくなっていたという話もあるよね。これに同じく『死』という心、瞬間にとなり、に対しても、恐らく何かしらの作用が生じ『恐怖心』を消し去ってくれているのかも。数多の臨終間際の人達を見てきた拙僧には、そう思えるんだよね。但し、病気による苦痛は別義。あくまでも、心中の覚悟の話にて」と檀家の子供達に。

読者の方々は「こんな難しい話を、ほんとに子供達に話しているのか」と、思われている方々も恐らく、おられるのではないかと。お察しの通りです。上記の言い回しは、SNS 内での大人向けに表現しているもの。子供達には、上記の話を時間を掛けて、わかりやすく、ゆっくりとお話をさせてもらっています。

さて、ここで余談ですが『大師(だいし)』といえば、弘法大師空海さんが頭に浮かびますが、他にも『大師』を授かった高僧は、隠元さん、最澄さん、法然さんなど、25人ほど。が、あまりにも空海さんが有名である事より「大師は、弘法に奪われ」の言葉が。また『太閤(たいこう)』といえば、豊臣秀吉公が頭に浮かびますが、太閤は、摂政、太政大臣に対する敬称。秀吉公以外にも。が、これについても「太閤は、秀吉に奪われ」の言葉が。檀家、知人の若者達には拙僧、この『大師、太閤に奪われ』の例え言葉を度々引用して「この仕事を(これを)させたら、こいつの右に出る者はいない、と言われるくらいの、一角の人物になりなよ」と。

話が長くなりましたが、今1つだけ。妻の妹が先々月、3週間程、日本(わが寺)に滞在(病気の治療為)を。その時、幼児虐待の話に。妹曰く「英国では、5歳児と親が一緒に入浴すると、近所から通報(性犯罪疑い)され、警察が問答無用で家の中に。私も近所から訴えられたが、警察が来て私(親)が日本人だとわかると『日本人なら(生活慣習)』と引き上げて行った。それと、両親共に親の自覚(毒親)がなくば、国が介入し、施設で子供を保護だよ」と。「拙僧周囲でも昨今『子供は親を選ぶ事は出来ん』の類の相談が結構あるんだよね。1年程前も、お金遣いが荒く、浮気三昧の母親と、子供に全く関心がなく、自分の欲が中心の育児放棄の父親が離婚裁判で、親権の擦り付け合いを。子供達は祖父母に引き取られ、何とか生活の基盤は、確保する事が出来たが」と。

因みに、この手の話をすると、決まって「親も子供は選べない」と反論してくる人達が登場。対し、拙僧「それは少し部が悪くないですか。無色透明で生まれてきた子供に色を付けてきたは、親ですよ。親が作った家庭環境の中で、その親が育てるんです。親に似た子供が育つ確率が高いは、当然の事だと思いますよ」と。

次回の投稿法話は、4月30日です。




【住職の法話。考え方を少し変えるだけで、苦しい人生が、楽しい人生に】 昨今は、反抗期のない子が。反抗が出来ない程、親に抑えつけられていたり、反抗しなくていい程、親が子供の言いなりに。

2023-04-14 14:10:10 | 法話
【4月15日投稿分】

嘘を付く必要のない家庭で育った子供は基本、嘘は付かないかな。暴れる必要のない家庭で育った子供は基本、暴れる事はないかな。そんな家庭って、どんな家庭か。親の主張を一方的に押し付けず、失敗を頭ごなしに咎めず、子供の言い分に耳を傾け、今後、失敗しない為の手解きをする、その様な親の家庭かな。大人、子供に関わらず、嘘をつくは、自分を守る為。中学生になって、いきなり意味もなく暴れだす子供などはいない。

ある家庭で、中学3年の男の子がある日突然、親に暴力を振い始めた。その親(夫婦)が拙僧のところに、泣きながら相談に。この様な相談、結構多く受けてきましたな。この中学生の男の子が暴れ出した理由(経緯)を、少しばっか知っていた拙僧は、この両親に次の様な話を。
「10年程前、某中学校の校長先生に依頼を受け、3年生の保護者に向けて、講演を行った事があった。依頼された理由は、学級崩壊。授業中、教室で打ち上げ花火をぶっ放すと。聞いた時「元気がいいですな」と大笑いした。講演開始の冒頭で保護者達に拙僧『15歳になって、突然暴れ出す子供なんて、いないですばい。そうなって初めて、あれあれ、となりましたかい。幼い頃は、反抗しても腕力では親に敵わん、と子供はわかっているから、おとなしくしていただけ。子供がそうするからには、そうするだけの理由が、必ずありまっせ。子供の前で度々大声を出し、ど突きあって夫婦喧嘩したり。毎日、父親から母親の悪口を、母親から父親の悪口を聞かされたり。酒飲んで意味もなく、子供に罵声を浴びせ掛けたり、暴力を振るったり。全く家事をせず、毎日インスタント物を、子供が自分で作って食べたり。祖父母をいらん物扱いし、粗末に扱ったり。仕事、所用以外に、自分の娯楽の為に、夜遅くまで子供達だけにしたり。他にも色々、様々。子供が悪くなったは、子供だけの責任にしとりませんか。ほんとに身に覚えがないですか。そうすりゃ、当然、そうなりますばい』と保護者達に」と。

ここまで話すと、身に覚えのある事例が幾つかあったのか、相談に来たこの両親は下を向いたまま無言に。更に続けて拙僧「この中学校の講演後の質疑応答の時『打ち上げ花火の子供の親です』と保護者(母親)が手を挙げた。身に覚えのある理由(息子がこうなった)を述べられた後に『親としては、子供に高校には行ってもらいたいのですが、行ってくれるでしょか』と。対し、拙僧『無理でしょうね。勉強も全くしてないんでしょ。悪い先輩達とつるんで、恐らく、どんどん悪い道へと突き進んで行くでしょうね。これを止めるはまず、無理だと思います。が、悪い事をしながらでも、子供は徐々に様々経験を積んで成長を。その内、俺はこんな事をしていていいのか、と自分に問い掛ける時期が、必ずやってきます。その時、子供が振り返れる場所は、親元しかない。振り返った時、以前のまま、何ら変わらぬ親がそこにいたら、子供は立ち直ろうとしますかいな。その時の為に、親も成長しておかなきゃ、あきまへんで』とその母親に」と。

更に続けて拙僧、この相談に来た両親に「実はですね、この講演(年末)の次の年の夏頃『あの時の打ち上げ花火です』と電話が。その子が『あの講演の時、友達と一緒に会場の外で、住職の話を聞いてたんだ。どんな話になるんだろ、と思って。ところが、初めてわかってくれる大人に出会った、と本当に嬉しかった。ところで、住職。住職の予想は当たらなかったよ』と。『何の予想だよ』『自分が言った事、忘れたの。俺が高校には行かない、って言ってたでしょ』『ああ、そういえば、言ったかな』『残念ながら、行ってるよ、高校に』『ほう、そうかい。こんな予想外れなら、なんぼでも来い、大歓迎だな』と。その数年後、その子から『今、真面目に働いています』と嬉しい連絡があった。この話は、君らにとって、何かしらの参考になるんじゃないかな。数年掛けてやらかした事は、数年掛けて取り戻すしかない。人生は、必ず放物線だよ。1度失った親の信用は、そう簡単に取り戻せるものじゃない。躾(しつけ)は、するもんじゃないよ。躾は、見せるもの。まず君らは、夫婦がお互いに尊敬し合い、労りあって生きる姿をこれから先、子供に見せ続ける事だね。子供が、嘘を付く必要のない、暴れる必要のない、そんな家庭作りを、1からやり直しだね」と。

余談ですが、檀家さんや知人の中には、子供に小学校受験、中学校受験をさせる家庭が。中には、それが子供の負担になり、崩壊した家庭を少なからず知ってます。幼児や小学生の受験は、子供の受験ではなく、大半が親の為の受験ですもんな。子供本人が、将来の事、将来の夢、を考えて志望校を決めるは、高校受験からかな。親が子供(幼児、小学生)に言い含めて「わかった。頑張る」という言葉を引き出し、その後、子供が受験勉強に嫌気が刺すと「あなたが頑張ると言ったんでしょ」と、12歳以下を追い込む。子供は、親の所有物、親の言いなり対象物、じゃないんだが、と思う事が多々ありますね。

わが寺の1例ですが、成績抜群で東大合格間違いなし、といわれていた子供が、親のあまりの押し付け教育にブチ切れて、学校を高校2年で中退し、遂には、極道の世界に。その男性(行年53歳)は今、わが寺の納骨堂の中に。今生最後の拙僧との電話での会話が「住職。もし、今度、人間に生まれてくるを許してもらえるなら、今度は極道にはなりません。しっかり勉強して、世の中の為に尽くしたいと思います」と。子育ては、親の主観をどれだけ抑える事が出来るかが、鍵にて。

次回の投稿法話は、4月20日です。






2023/04/12

2023-04-12 11:55:26 | 法話
【 様々な弱い立場の人達に対し、世の中は寛容でありたいもの】

読者女性が「新幹線の車内でわが子(生後1ヶ月の男子、里から東京へ)がギャン泣きを。すると『煩い。母親なら、黙らせろ』と初老男性が。車内には、その初老男性を諌める人もおらず。3時間程トイレの前で赤子を抱いて。仕方がないけど、なんか、悲しかったですね、住職」と。「よく聞く話だよね。大人は皆、自分達も乳飲児の時には、ギャン泣きしていたのにね。自分達の育児期間が終わったら、幼稚園や小学校に『子供の声が煩い』と文句三昧を。新生児が年間に数百万人(昨年の出生数は、初の80万人割れ)くらい出来れば、あっちこっちでギャン泣きが。それが普通の情景になれば、文句を言う人間も、多少は減るかもしれないですけどね。育てられた経験しかない人が減れば、育てる経験をしてない人が減れば、つまり、結婚して親となり、子育ての大変さを知る人が増えれば、赤子のギャン泣きにも、幼児、小学生の声にも、寛容になれるかもしれませんけどね」と。

更に、この読者女性に「実は拙僧のところも昨日、娘が旦那と一緒に、ちび豆(孫、生後1ヶ月男子。投稿写真)を連れて、北九州から東京に戻って行きました。ギャン泣きしたかどうかは、報告はありませんでしたが、拙僧も多少、大丈夫だったかな、と心配を。さて、これからが夫婦協力して、本格的な子育てのスタートです。『4万年前から親になった人達は全員、この苦労をして人間づくりを。自分だけが苦労している訳ではないよ』と娘にはその様に言いました。思えば、家内(夫)も、子供も、孫も、天が私に与えくださった、最高のプレゼント。大切に、大切に、この縁を育みたいものですよね」と。

【 乳幼児ギャン泣き法話、の続き】

読者女性の問い掛けに対し「拙僧も新幹線を度々利用しますが、車両と車両の間に立って、乳飲児を抱えている若い母親と、遭遇する機会が偶にあります。時折『何か、嫌ごとを言われたんかい』と聞くと『そうですね』と、沈んだ顔を。拙僧も育児中の若い時期に、嫌味を言われた経験が。赤子が泣くは様々理由が。お乳もそう、寝くじもそう、新幹線だと、耳キーンもそう。もしかしたら、他にも」と。

この読者女性が「住職の乳飲児ギャン泣き法話に『私も、煩い、黙らせろ、と思う』のメールが、やはり来ましたね。そんな文句言いも、記憶にはないでしょうが、自分も乳幼児の時期、間違いなくギャン泣きを。順送りなのにね」「そうだね。宅急便の配達員さんに、遅れたからと土下座をさせたり。制限速度で走ってる車を『俺のペースを邪魔するな』と言わんばかりに煽ったり。今、この国は、何でもがある程度、時間通り正確に。よって『待つこと、我慢をすること』が出来ない人達が。自分にとって、都合が良いか、悪いかで、キレる人達は、一定数はいるよね。また、他国に比べ、至れり尽くせりの国。檀家にも外国勤務経験者が結構いるが『外国で生活をすると、日本がどれだけ恵まれているかが、わかる』と異口同音に。してもらって当たり前が『当たり前』になったら、感謝はなくなり、少しでも不備が出たら、口から出てくるは、文句だもんね。残念だが」と。

続けて、この読者女性が「乳幼児のギャン泣きに文句を言う人達って、やはり、子育ての経験がない人達でしょうか」「そうとは限らんと思うよ。例えば以前、報道で、中学校の運動会で『保護者は、大声出して応援するな。競技の応援合戦はさせるな。煩い』と、地域の老人達が文句を言ってきた、とのニュースがあったでしょ。自分達も子育ての時期は、大声出して応援してただろうに、と思ったけどね」「ということは、やはり、今、自分にとって都合が良いか、都合が悪いか、が是非の判断ってことですか」「もしかしたら、そうかもね」と。

【この読者女性との会話に別の読者女性が】

拙僧に「住職。子どもが泣くのは理由があります。また、私は子供も孫もいますが、レストランや電車など公共の場でギャン泣きする子はウルサイ、躾が悪いなどとやはり思います。勿論、子供が体調が悪いという気の毒な場合もありますが、多くは準備不足。おむつが汚れている、暑い、寒いなどちょっとしたことで、赤ん坊は思い通りにならないと騒ぎます。以前、泣き叫ぶ赤ん坊を、横にいたおばさんが『ちょっと貸してごらんなさい』と代わりに抱いてあやして泣き止ませたことを目撃しました。 私は若いころ客室乗務員で、飛行機では必ず赤ん坊が泣くのに対応しました。気圧を感じるからです。それで必ず哺乳瓶を用意して気を紛らせます。ミルクは時間通りに規則正しくなどと言う考えは、この場合忘れることです。周囲に迷惑をかけないのも子育てで学ぶことでしょう。 私が若いお母さんに薦めるのは、子供を公共交通機関に乗せるには、練習が必要。口に何かくわえさせると泣き止むなど、泣き止ませる方法を学習。順送りと言うのは理解しますが、親たちは子供を泣かせないように努力したのも順送りです。 

対し、拙僧「この世の中、『これ、正解』はないですもんね。自分にとっての正解を時間を掛けて、じっくりと探し出すことだけ。特に、第1子は、育てられた経験しかない人が、子育てを。つまり、親としてのど素人。赤子の誕生と共に、親もまた誕生を。失敗を許してくれる社会を自由な社会。失敗を許してくれない社会は、自由な社会とは言えないですもんね。拙僧の娘も数日前に北九州から東京へ、夫婦で赤子(生後1ヶ月)を連れて。『新幹線にするか、飛行機にするか、レンタカー借りて1200キロ走るか』と若夫婦で熟考を。結局、新幹線の5時間より、飛行機の1時間半を選択。3人の子供を育てた拙僧家内から、状況に応じた対応を伝授され、飛行機に。向こうについて『1度も泣かなかったよ』と連絡が。すると家内が『それは、お利口さんだったね。だけど、偶々だよ。赤ちゃんが気持ちを訴える手段は、泣くことだけ。その事は頭に入れておきなさい。予想が出来ないのが、赤ちゃんだよ』と娘に」とこの読者女性に。

このギャン泣き法話の論議は、様々参考になりそうですね。大半の意見メールは「大人は寛容であれ」でしたが「母親がなんとかしろ」の不満メールの中にも参考になる意見が、全くない訳では。中には「日本人はいつからこんなに自分勝手に成ったのでしょう。変な個人主義に陥っている様に思われます。自分の行動に責任を持つことと、お互いを思いやる心は、何処へいってしまったのか。戦後教育の悪い面が出てしまっている様に思われます。今の時代‥余りにも目先に拘り、自分に拘る風潮が強すぎると思う。余裕が無い‥と言えば確かにねぇ」なる意見も。まあ、何にせよ、情報は様々必要ですもんね。人間は、知っている事よりも、知らない事の方が、圧倒的に多いですもんね。何にせよ、聞く耳を持つ事は大事かな。が、弱者への優しさは、欲しいものですね。

【住職の法話。考え方を少し変えるだけで、苦しい人生が、楽しい人生に】 拙僧、坊主でありながら、あの世はあると信じたい。祖父母や父母、縁あった人達にまた、会いたいですもんね。

2023-04-09 07:49:57 | 法話
【4月10日投稿法話】

3月の下旬に、87歳の檀家女性が他界されました。今日は、この女性の嫁いだ先の姑さんの話を一席、させていただきます。

東京大空襲の時、防空壕の中に避難中、入口付近で爆弾が。爆風と共にあらゆる物が防空壕の中へ。咄嗟にご主人が奥さん(嫁ぎ先の姑さん)を庇って盾(前)に。その時、金属の破片がご主人の体を貫通し、奥様の腹部にめり込んだ。ご主人は即死。数十年後、5人の子供達が「ところで、あの体に入った破片はどうしたの」と母親に尋ねると「もうとっくの昔に手術したよ」と。が、子供達は「えっ、いつ、手術したんだろ」と疑問に。

その母親が、平成13年7月、92歳で他界を。通夜の日、箪笥の奥から、1冊の日記帳が。その中に『私のお腹の中には、夫のお肉通しの破片が。生涯この破片と共に生きていきます』と記載が。子供達は皆、顔を見合わせて絶句。火葬後、まさか、と思いながらも、遺骨の中を丁寧に探ると、腹部の部分に金属の破片が。すぐにお寺に連絡が。「住職。ありました。驚きました。夫婦の絆って、何なんでしょうね」と。

3月下旬に他界された、この87歳の女性は、この姑(破片)さんのお世話を長年、献身的に。看護師さんをされていた事もあり、戒名は『慈室院日光月光大姉位(じしついん、にっこうがっこう、だいしい)』と授戒を。この戒名の意味は、『慈』は、慈しみの心で、『室』は、家を、家族を守ってきた。『日光月光』は、時には、太陽の様に力強く、温かく、時には、月の様に優しく、穏やかに、と。その様な人生を歩まれてきた女性であったと。因みに、薬師如来の役目を担う為に、その職を頂いたが、ドクター。脇侍の日光菩薩、月光菩薩の役目(患者さんを癒す)を担う為に、その職を頂いたが、看護師さん、かな。よって、医師や看護師さんには拙僧、時折、戒名にこれを引用する事があります。

以前にも法話で、戒名(送り名)は、ご浄土(あの世)での名前。名無しの権平で逝かせる訳にはいかない、と。建前においては、まあ、そういう事ですね。が、それよりも、使われている漢字によって、その家の先祖がわかる(生き様、死に様)資料に。100年先、200年先で、読解力のある住職に縁あれば「この女性は、看護師さんだったのかも」と読み取ってくれるかも。

余談ですが、拙僧は住職という仕事をしていて、何が最も喜びを感じるかと言えば、戒名を授ける事かな。その人の生き様(生業も含)を漢字で表す事によって、後世の子孫に伝える事が出来る、唯一の手段が戒名にて。その戒名ですが、本来は生きている内に授けてもらうもの。時には、遺族の人達に拙僧「故人に対し、戒名にこの漢字を使って下さい、の希望はありますか」と尋ねる事が。ある時、檀家さんで、爺様3人(ファニーガイ、おもろい人)が「わしらに授戒してくれや」と拙僧に。そこで名付けた(勿論、半分冗談で)戒名が以下の3つです。

『天寿院好色一代居士位』(生涯、浮気三昧の男性)
『悪酔院狂酒変貌居士位』(日頃は静寂人、酒飲めば変貌男性)
『金銭院散漫放漫居士位』(お金にルーズ、賭け事好き男性)

これに対し、爺様達が「勘弁してくれよ。後世の笑い者になるばい。住職は『悪口も供養、忘れ去るが1番あかん』と言うが、流石にこれじゃ、堪らん」「でも、このままじゃ、こんな戒名にしかならんばい。世に言う『飲む(酒に飲まれる、欲に溺れる)、打つ(賭け事好き、お金にルーズ)、買う(異性にだらしない)』は、三大因縁にて、余程根性入れんと治らん。爺様ら、死ぬまでに改善しないや。改善出来たかどうかは、婆様に尋ねる。その状況を見て、戒名付けたる」と。

次回の投稿法話は、4月15日です。