死中有活、と六中観の教えにある。諦めるなと意味があるらしい。ケンポナシの花も終わり、今期の分封は諦めていた。意外や意外、唯一の待ち受け巣箱に今朝、分封群か逃亡群か・・・ともかく入居を始めた
口は災いの元か・・・、もの言えば唇寒し秋の風。顔に耳の穴はふたつ、目もふたつ、口は一つ、その由縁は、よく聴き、よく観る、口一つは無駄口をたたくな、と家内の忠告だ。・・・・・福祉・福祉と選挙で騒いでいるが、小生には無責任になれ、責任をとるなと聞こえる・・・自己の不注意で責任転嫁・・・なんでも無料化・・・言論の自由・・・自由には責任がともなう・・・小生も言葉を謹んで以って・・・口元は卑しさも現れる。
頭の中にいくら詰め込んでも、・・目を皿のように開いて見ても、実体現しないものは、所詮バーチャル。温かい、冷たい、分別知を越えた深い教えはその先に・・・分け入っても分け入っても深い山だ・・・