きれいなきれい〈田添公基・田添明美のブログ〉

「いたずら(田添明美)」は左下の
カテゴリーから入って下さい

合掌          田添明美

2010年05月21日 21時24分25秒 | 「いたずら」田添明美
 

父は
あの時代に
パンを食した人であり

 

母は
あの時代に
パンを焼いた人である

 

剣道を教える
飄々とした父は
寄り合いがあると
一刻前に出向き
定刻に
人が集まらぬと
帰り支度を始めた

 

私が中傷されたおり
師からの
諌めを受けた父は
問答無用と
私を打った

 

「おとうさん」

 

他家に入った私が
舅に面罵されてより
父は
二度と
この家の
敷居を跨がなかった

 

「おかあさん」

 

正月元旦
紋服をまとい
あれから
毎年
母はやって来て
三つ指をついた

 

癇性の父は
寒い冬
七十六で亡くなり

 

親族の中で
「三羽烏」の一人と
うたわれた
母もまた
舅たちが
亡くなるのを待ち
寒い冬
九十七で亡くなった


 

                H5.9.21





  

小道         田添明美

2010年05月21日 20時38分26秒 | 「いたずら」田添明美

 

 

屋敷の裏手にある
土蔵の間につづく小道は
しずかな
しんなりした風が通ります

 

ここを通ると
胸がつかえます

 

いくたりの人がここを通り
いそぎ歩き
立ち止まっては
ここに隠れて泣いただろう

 

いくたびの婚礼支度や葬式に
慌ただしい人の
行き来があったろうかと

 


「うちは食べものを扱う
    商家です 」
と言い切る姑に
長い前垂れを嗤われ
実家から
白い割烹着を送ってもらった
新婚の嫁は
この小道で泣き
呼び戻されました

 

聞こえてくるのは
冬になるとやってくる
蔵人のための食事を運び
ここまで戻ると
かじかんだ手で
一息ついた
女たちの息遣い

 

夜更けに遊んで帰った女中は
ここが通りにくかったろう

 

仕事をさせてもらえなかった
養子は
ここで赤い帯をして
赤子を負ぶい守りをした

 

次々と亡くなる跡継ぎに
黒い鞄をかかえた
医者も往復して

 

子供を亡くした父親は
ここに立ち尽くし
押入のなかで
肩を震わせた

 

はずかしさと
かなしみは
この小道がのみこみました

 

もう小道は充分で
「これからは
 誰も
 ここで立ち止まるな 」
と小さく呟きます

 

私は
ここで
あなたに抱かれました

 

土蔵のすみに咲く
   秋海棠
ひいやりした
やさしい花で
すきでした

 

                       H5.9.10