私が、赤毛のアンに出会ったのは、小5の時だった。
中学生の時、友人と、校門の所にある池に(輝く湖水)と命名し。
道路沿いにあるトタン屋根から木が伸びている家に(ニョッキリハウス)と命名し。
楽しんだ時があった。
新潮社文庫、村岡花子訳が発売されたのは、その頃からで、
赤毛のアン10巻、可愛いエミリー・エミリーはのぼる・エミリーの求めるもの3巻
が発売終了したのは、20才位の時だったと思う。
私はこの13巻に、神田書泉のカバーを付け、大切に保管した。
しかし、歳月が経つと、背表紙が陽にやけ、剥離し、ぽろぽろ落ちるようになった。
紙はどうかというと、昔の本なので、文字が小さく、全面薄茶色と化し。
紙の外側は、茶色と化した。
私は、今どき、村岡花子訳があると思えなかったので。
目に痛みを感じながら、読んでいた。
30になった時、再読するのが、怖かった。
(読んで、何も感じない、詰まらない大人になっていたら)と不安だった。
しかし、この13巻は、5年毎に読み返しているのだが、面白く、安心した。
5年前、若い頃視力が、両眼1.5だった私は、年を取り、右1.2左0.8
だったのに、突然右目が0.1以下になり、白内障の手術を受けた。
その直後、この13巻を読みだしたのである。
すると、左目が手術後2ヶ月で、0.1以下になった。
眼科医は(この、2ヶ月、何をしていたんですか!)と聞いたが答えられなかった。
そして、テレビで、赤毛のアンが始まった際、あまりに原作と異なるので。
又、この13巻の再読を始めた。
モンゴメリは(気違いのように・狂ったように・狂人のように)が多発(!)して
笑ってしまう。
エミリーブックスは、天賦の才に恵まれた13才の少女が、詩から小説を
書き認められていく、ユーモアに溢れたいい本だと、今回は5回も再読してしまった。
因って、非常に、目を痛め
夫に検索して貰うと(なんと!!)
村岡花子訳のエミリーブックスの文庫があったのである!
私は、何十年も、茶色の紙を、読んでいたのだ。
この、喜びを、誰に伝えよう?
私の作品の甘さは、モンゴメリ好き、のせいだと、理解している。