以前から計画していたので、雨の予報でも変更出来ず、風雨雷注意報などが出ていたので皆心配していましたが、迷わず決行です。
まず予約していた〝いちご狩り〟へ、以前も行ったことがあるので要領はわかります。でも、やはり出端の頃と違って苺の粒も小さいのが多いし甘さもイマイチでした。参加したのは7名、約1時間ほど…食べてもう食べきれないというところで、外へ出て山羊の小屋へ。あの時産まれたばかりの子山羊も少し大きくなって、でもまだまだ可愛いですね。(写真は以前のもの)山羊は濡れるのがイヤみたい!
雨は降ったり止んだり…思ったほどではなく安心!大きな苺のビニールハウスの中にいた時が一番降っていたのかも。凄まじ音がしていましたもの。だからこんな句も出ましたよ。〈ビニールハウス打つ雨脚や苺摘み〉
〝東行庵〟は言わずと知れた「高杉晋作」の墓地です。Wikipediaの説明を載せましょう。
東行庵の地は清水山といい、幕末の頃奇兵隊軍監山縣有朋(当時は狂介)は麓に草庵を建て「無鄰菴」と名付けていた。ちなみに後に山縣が京都に建てた別宅を無鄰菴というのは、この下関の無鄰菴にちなんで名付けられたものである。
慶応3年4月(1867年)に死去した高杉晋作の遺骸は、遺言により奇兵隊の本拠に近いこの地に葬られた。晋作に仕えていた愛人おうの(谷梅処)が出家し、山縣は1869年(明治2年)に無鄰菴をおうのに贈った。「東行」は晋作の号であり、おうのは1909年(明治42年)に亡くなるまで晋作をこの地で弔ったという。
東行(晋作)の没後100年を前に1966年(昭和41年)に大修理が行われ、同年、東行を顕彰する東行記念館が境内に建てられた。同館は2010年(平成22年)、下関市立東行記念館として再開館した。
ここは〝花の寺〟としても有名、春は梅の花、夏は花菖蒲、秋は紅葉の名所でもあります。だから私たちは時期時期の 東行庵によく吟行しますが、今回は花は…ああ、黄菖蒲がもう咲いていましたね。梅は実がたくさん生っていました。
時々小降りになる雨の中を、傘を差して歩く…これもなかなか風情があっていいもんです。また連休明けと言うこともあって人がいない…これも静かでいい。楓の若みどりの美しさ…心が洗われるよう。ここには〝東行の楓〟という樹齢300年の楓もしっかり若葉を繁らせていました。楓の花はもう実になって空へ飛び立って行きたそう!
近くの店でお昼、その後、今日は「東行記念館」が休館なので休憩所で句会をさせていただきました。帰りは雨も止んで、まあまあ有意義な一日となりました。
いちご園での山羊の句〈眠たげなる山羊の眼や五月来る〉や東行庵での〈東行の遠目差しや若楓〉の句など、それぞれでの収穫もありました。