伊達だより 再会した2人が第二の故郷伊達に移住して 第二の人生を歩む

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ざわざわするニュース

2017-04-12 23:50:03 | ニュース
 海自が北上の米空母と訓練の予定・・・

 あぁやだやだ

 ざわざわするニュース


 本戦にならなければいいが・・・。


 はトランプは本気だょー


 だって。



 きょうは一日風も強く寒かった。


 私が札幌へ行っている間

 鉢の台を整理したり

 


 パンジーなど鉢に植えてくれたり


 


 鉢の土を取り替えたりしてくれていた。


 


 まだまだ鉢はあるけれど


 御苦労さん


 今年はこれで良し・・・ということにしましょう。
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姉のこと

2017-04-12 00:08:53 | 家族
 声が姉に似ていると書いたら

 姉のことを書きたくなった。


 私は兄四人姉一人の末っ子である・・・既に兄三人は70代で

 亡くなった。

 
 8歳上の姉にはこれまでに随分迷惑をかけてきた。

 学生時代JRで実家の帰り

 東室蘭のホームで待っているので何両目に乗りなさい・・・と


 食糧を何度も差し入れしてもらった。


 自分も子育てで経済的に大変な時期だったのに・・・


 私の時代は中学の国語は全道的に余っていて採用されなかった。


 やむなく学芸大学(現教育大学)の養護学校教員養成課程に一年入学

 養護学校教諭の一級免許も取得して

 実習校の教頭先生の推薦で炭鉱の町M中学校の養護学級に就職した。


 当時は教師が余っていた時代で


 何年も新卒者はいなく

 みな30代以上だった・・・養護学級という環境で私の同僚は

 三月まで教頭を務めた奈良の大仏みたいなおっかない退職間近なかたで恐れられていた。


 信じられないことだが

 この炭鉱町の教頭は組合で決めていたとのこと


 その年から市教委が命じるようになったとかで

 奈良の大仏先生は一般教諭になり新設されたばかりの養護学級を

 希望したらしい・・・。


 生徒は可愛かったけれど

 人間関係がシンドかった・・・。


 他の先生に


 よく我慢しているネさすが札幌の学芸大学出身だネ


 と


 訳のわからないことを言われたりしたが

 今さら辞めることなんてできない


 普通学級の国語と養護学級の担任の二股で私はみるみるげっそり

 痩せて実家に帰ると母が心配した・・・姉も心配し


 卵は栄養があるからと簡単に卵焼きができる陶器を送ってきて

 これを毎日ストーブにかけて卵を作り食べなさいと言った。


 その時はあぁ 家族って本当にいいなぁーと思った。


 思えばさんざん家族に支えられてきた人生だった。


 炭鉱の町には三年いてその後ラッキーなことに

 札幌市の国語で採用された。


  その後も姉には迷惑をかけてしまった。


  ゴメンナサイ


  今年は姉さんと絶対カラオケに行きたい・・・。


 母と姉と


 

 20歳の姉 長流川

 


 


 
コメント (2)
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