ジャコシカ
本間 昭南
自 H25 12 25
至 H27 2 28
一
横なぐりの雪が顔を打ち、今はもう前を見ることもできない。
しばしば、強風が足を止めさせる。歩き始めてかれこれ、三時間は経ったろうか。
峠はまだ始まったばかりに違いない。
朝七時、意を決して歩き始めた時には、空は晴れ風も無かった。何の気まぐれか自分で
も良く分からないが、突然旅館の窓から視界に迫る峠を、歩いて越えたいと思ってしまった。
道を尋ねた宿の主は、言葉の意味を解しかねて、しばし彼の顔を窺い見てから言った。
「道は国道の一本道だから迷うことはありませんよ。どれくらいかかるかと訊かれても、
この時季峠は雪が深いし、天候も荒れやすい。判りませんね。峠の向こう側の町までは三十キ
ロくらいのはずですが、今時歩いて越える人なんていませんよ。特に冬は危険だから。
汽車なら三十分もかからないでしょう。止めといた方がいいですよ。土地のものでも、時々
行き斃れが出ますから」
それでも途中に幾つかの集落があると聞いたら、自然に歩くことに決めていた。
何処に行く時も手放さない大型のリックには、一応の冬の備えも入っているし、その上に載
せた寝袋もしっかりしたものだ。
冬山登攀をやる分けじゃない。聞けば峠の高さは七百メートルくらいで、しかも歩くのは国
道である。彼には危険意識はなかった。二食分の握り飯を作ってもらい、呆れ顔の主に見送ら
れて、早朝の出立をした。
急ぐ旅でもないし、目的がある分けでもない。汽車に乗りたい時は汽車に乗り、船に乗りた
い時は船に乗る。今は歩きたい気分なのだ。特に冬の峠越え、しかも安全な国道と聞けば気も
動く。