季節は春も酣(たけなわ)に入り、切り立った山々の緑も色を濃くしていたが、負けじと海の色も明るさを
増し、勢い着く大地の塊を呑みこむように写し取っていた。
入江の家は鉄さんも高志も出かけて、ガランとしていた。
わずかばかりの荷を片付け、着替えを済ませると、急にあの日のことが思い出された。
鉄さんと高志が陽の落ちた畑から戻った次の日、あやは高志と二人で強引に鉄五郎を病院に連れ
て行った。
結果はさし迫った病状の悪化はなかったが、引き続きの服薬と定期的な通院の必要があることは
念を押された。
病状の方はひとまず胸をなで下ろしたが、もう一つの気がかりは消えなかった。
明らかにあの日以来、鉄さんの様子にはどこかおかしいところがあった。
仕事はいつもと変わらずに坦坦とこなしているのだが、時々心はどこかあらぬ方を、さ迷ってい
るのが分かるのだ。
茫としているかと思うと、突然苦し気な渋面になったりしている。
一人で船着場に網を拡げて繕っている時、偶然そんな様子を見てしまってからは、一層不安は増
した。
気が付けば高志はそれとなく、彼の様子に視線を走らせている。
「ねえ、近頃鉄さん変じゃない」
あやは高志に尋ねた。
「うん」
仕掛け作りの手を止めた高志は眼を閉じ、少こしの間あごを上げていたが、やがて「何かあった