「釣れた」
短く言って真剣な表情だ。手応は充分のようだ。水面下に魚影を見て叫ぶ。
「また変なものだ!」
ごそっと上がってきて、ぶるぶると動く固まりを見て、千恵が情けない声を出す。
「カジカだ」
あやは言ってケラケラと笑った。
「千恵ちゃんはトゲトゲが大好きなんだ」
高志がからかうと「相性がいいみたい」とめずらしく清子まで乗る。
船底でドタドタと弾ねるカジカを見て「お前は味噌汁にしてやる」と千恵は腹立たし気に申しわ
たした。
その後もアタリは良好で、完全に五目釣りの様相を呈して続いた。
もう誰かの上げるのを、じっくりと眺めていられる状況ではなくなった。
いつの間にやら高志は、自分の仕掛けはそっちのけで、呑みこまれてしまった獲物の鉤外しやら、
もつれたテグスの解きに追われていた。
船上の賑わいは小一時間も続いたが、その後パタリとアタリが止まってしまった。
「潮目が変わったな」
高志はアンカーを上げてエンジンをかけ、港方向の沖に移動した。
「ここからはもっぱらカレイ狙いだ。ヒラメもくるかも知れない。ゆっくり東の港方向に流され
るから都合がいい」
全員が仕掛けを入れ終わったが、アタリはこない。少こし待った後、先刻の入れ喰い状態の緊張
が解け、皆の気持ちがほっと緩んだ。