千恵は戸惑い躊躇した。
「私歩けるから」
「片足でこの坂道は無理だ。それに早く治療が必要だ。緊急事態だから遠慮は無用、さ早く」
「高級車という分けにはいかないと思うけれど、羆の背よりはましだと思うわ」
あやは少こし苛立って千恵の背を押した。
千恵は恨めし気にあやを睨んでから、観念したように両腕を高志の肩に廻して、体を預けた。
千恵の体は華奢で思いの外軽かった。
高志は内心ほっと安堵した。
この重さなら途中あまり休まずとも、入江の家まで保ちそうだ。
荒い工事現場や漁師仕事をこなしてきたことが、思いがけないところで役に立つ。
いつの間にか立派な肉体労働者になっていたことに気付いた。
急な坂の手前で二度休憩を取ったら、もう家は眼の前にあった。
その時になってずっと黙りこくつていた千恵が小さく言った。
「私今日でかけ際にひどいことを言ってごめんなさい」
間を置いてから思い出したように、高志が言った。
「何んのことかな」
「羆の話しの時、馬鹿なことを言いました。もちろん冗談だけれど、でも後で考えたらひどい言
い方だし」
「羆がどうしたって、さっぱり分からん」
今度はすぐに応えが返ってきた。
「憶えてない?」