エミレの鐘
午後の日差しが半月城とケリム森の付近からまぶしくさしていた。皇龍寺のがらんとした敷地から吹いてくる風の音に一晩中眠ることのできなかった私は、夜が明けるころに急に眠りにつき、今やっと目が覚めた。
私は伸びをしかけてやめて鐘閣の外に首を伸ばして博物館の周辺をあれこれ見回した。午後の澄んだ秋の日差しは半月城を囲んだ松の木の枝の上にまぶしかった。頭の無い仏像は花壇の後ろに長い影を落として座っていて、子供たち何人かが仏像の頭があったところに自分の頭を載せて写真を撮って管理人のおじさんに叱られていた。
私はそんな子供たちを見てにっこり笑ったが、静かに心を落ち着けてそんな子供たちが私の方に来るのを待った。だが、どんなに待っても子供たちは第一展示館や第二展示館の方に行くだけで私の方には来なかった。子供たちだけでなく大人の観光客も私の方に来る人はいなかった。
本当におかしいな、いったい何だろう。
休館日の月曜日を除いては、連日の観光客に苦しんできた私としては、これがいったいどういうことかと思った。
私はもう一度、鐘閣の外に長く首を伸ばした。正門のほうの券売所の付近には普段と変わりなく人々が入場券を買ってぞろぞろ博物館の中に入って行っていた。仏国寺の方から走ってきた何台もの観光バスが、観光客を一度におろすことも昨日と少しも変りは無かった。
だが、もう少し詳しく見てみると昨日とは何か違う点があった。慶州博物館を訪ねてくる観光客は、一旦正門を過ぎて前庭に入っていくと庭の片隅に勇壮にたたずむ私に向って歩いて来るのだが、今日はそうではなかった。時に足を止めて会えてうれしいと言う顔で私を見ていた人はいたが、それはわずなだけ、皆は遺物展示室の方に行ってしまった。
私は観光客がなぜそうなのか理由がわからず、もう少し目を大きく開けて首を長くして博物館の前庭を探った。
あ、これは何事だろうか。
前庭には私がいる鐘閣の方に入ってくる中間に「立ち入り禁止」と言う文字が書かれた表示板が何個か立てられていた。その表示板のせいで人々が私の方に歩いて来ては他の方に行ってしまうのだった。
むしろいいことだ。久しぶりに穏やかに休むことができていい。たぶん観光客に悩まされている私を考えて館長が取った処置だろう。
私は正確には何のせいなのかわからなかったが、まず自分のいいように考えた。
実は、長い間私はあまりにも多くの人々が来るので疲れていた。遠く皇龍寺や芬皇寺の方から流れる雲を眺めて静かに瞑想にでもつかりたかったが、押し寄せる観光客のせいで少しの暇も無かった。観光客は飛天像が浮き彫りになっている私を背景に写真を撮るのが好きで、次々とカメラのフラッシュがたかれるたびに私は神経が逆立った。
しかし、観光客がたくさん来るからと言って、それがそんなに我慢できないほどではなかった。たくさんの観光客が来るということは、それほど私の存在価値が大きく高いと言うことを意味したので、内心、こっそりいいと思う気持ちもあった。特に夏休みや冬休みに小学生が来ると、子供たちの澄んだまなざしに私もまた心が清らかになる感じがした。
実は話が出たから言うが、この間私を訪ねてくるたくさんの子供の澄んだまなざしが無かったら、私は悲しみに耐えることができなかった。私はこの間、鐘の音を出さない鐘だった。名前は鐘でも、それも数千年の間、善徳大王晨鐘と言われながらも鐘の音を出すことのできない鐘だった。それは博物館の職員が私の体にひびが入る現象が起きているようだといって、ある日から日程打鐘をしないせいだった。
鐘の音を出せなくなった私は悲しかった。私自身が何か古い鉄の塊のように感じた。何にも使いようが無く腐っていく藁くずと同じような存在に感じて心が寂しかった。鐘の音を出すことのできない鐘はすでに鐘ではないという考えがして眠れなかった。死んだとしても音が出る限り音を出して鐘としての役割をしたかった。
ある日、私の体が粉になったとしても鐘の音を出し続けたいと博物館長に訴えてみた。しかし、博物館長は、それはそんなに簡単な問題ではないと言って、少し待てと言うだけだった。
日がたつにつれて私は言葉が無くなった。朝夕に鐘の音を出して生活に疲れた人々の心を慰めてやった頃が恋しくだんだん生気を失っていった。博物館側では苦肉の策として観光客に私の鐘の音が入ったテープを作って聞かせてやって販売することで代わりにしたが、私はその録音された鐘の音を聞くのが嫌だった。
それは私の本当の鐘の音ではなく偽者の鐘の音だった。その偽の鐘の音を聞こうとテープを買っていく人を見ると、公然と私が悪いことをしているようで心が痛かった。しかし、私としてはどうしようも無いことだった。たとえ見た目だけでも威風堂々と鐘閣にぶら下がって晨鐘としての威厳を守ることと、私を訪ねてくる子供たちの澄んだまなざしに相対することで慰めにするしかなかった。
しかし、博物館側から何の事情の説明もなく立ち入り禁止の札まで立てて観光客の足を絶ってしまうとは。
私は博物館側のそんな処置がとても気に入らなかった。ところが、それは始まりに過ぎなかった。ケリム森を染めていた日差しがだんだん沈んで瞻星台の方に落ちて行く頃、観光客さえ皆帰って行くと、1団の若い男たちがぞろぞろ押し寄せて来て、鐘閣の柱にブルーシートを張って私を外部から完全に遮断させてしまった。そしてその次の日からいろいろなよくわからない先端科学器具を動員して私を調べ始めた。仕舞いには私を作った時に幼い少女を犠牲にして作ったと言う伝説が本当かどうか調べると言いながら私の体の一部をはがすと言うことさえもためらわなかった。
私はそうやって何ヶ月かの間、休む間もなく痛めつけられているしかなかった。そして、その次の年の春、私を研究した結果が発表された。それは、私の体に針の穴ぐらいの穴が15個ぐらいあいていることが判明したので、これ以上鐘を打ち続けることはだめだと言う最終結果を出されたのだった。
それだけではなかった。私を博物館の室内に移すと言うことなのか、でなければ現状でそのまま屋外の鐘閣に置くか悩んだ末に、現在のまま屋外に置くことには置くが、特殊な保護ガラスを設置するという発表もあった。
「鐘閣の4面に設置された厚さ10mmのガラスは、横に10m、縦に3~4の大きさで観覧に支障が無いように反射しない特殊なガラスが使用されます。また、鐘閣の下側部分はガラスを設置せず自然の通風が保てるようにします。はじめは屋外の露出で鐘の原型が壊れるという指摘がやまず、博物館の社会教育院の室内に移す計画でしたが、室内に鐘を移すことは自然の景観と調和しないようですのでこのような決定を出しました。」
私は博物館長の話を聞いて静かに涙を流した。人々は私を保護して永久に生きていけるようにしていることだと言うが、私としてはそうではなかった。とうとう私にも死が訪れたということだった。私は胸が苦しくて狂いそうだった。私をこの世に生み出した鍛冶屋が恨めしかった。私は苦しい胸を抑えて何日間か夜も眠らずに、いったい私の死の原因がどこにあるのか、何のために死ぬことになったのか、よくよく考えた。
それはまさに橦木のせいだった。どんなに考えても他のところに原因を見つけることができなかった。もちろん雨風とか歳月の流れとか言うところにも、その原因をまわすこともできるが決定的な原因は橦木にあった。
橦木は鐘を打つ時に使用する木の棒で、私は今まで鐘の音を出すたびに橦木に数限りなく打たれていた訳だ。そうやって橦木に打たれるたびに知ってか知らずか少しずつ私の体に傷が出始めたのだった。
「橦木や、お前が結局は私をこんな風にしたんだな。」
私は暗闇の中で恨めしい気持ちで橦木に言った。
橦木は天井にぶら下がったままじっと私を見ただけで何も言わなかった。
「すまないなら、すまないと言う言葉でも言ってみろ。お前はどうしてそんなにずうずうしいのだ。」
私は怒って橦木に対して声高に言った。すると橦木が低い声で静かに口を開いた。
「エミレ、お前は今も私たちの関係をよく知らないようだな。お前は私がいなければ鐘の音を出すことができない。私がいなければ人々がお前の鐘の音を聞くことができないと言うことだ。お前がいるから私がいて、私がいるからお前がいるのだ。お前だけが大事だということではない。」
私は橦木の意外な話に少し呆然とした気分になった。橦木の言葉は私が考えても見ないことだった。
橦木の話は続いた。
「そして、お前はなぜお前の痛みだけ考える。なぜ私の痛みを考えない。私がお前に力の限りぶつかる時、私の体が痛くないと思うか。私が一回ずつお前にぶつかる度に私は全身が砕ける痛みを感じる。お前が美しい鐘の音を出すたびに私は苦痛にもだえているのだ。お前の美しい鐘の音は、私の苦痛から始まっていることをお前は知らなければならない。さあ、私の体をちょっと見てみろ。傷だらけじゃないか。」
橦木は私に自分の胸を開いて見せた。橦木の胸は傷だらけだった。1箇所も傷の無いところが無かった。
「だけど私は今までお前を恨んだことは無い。いつもお前を自分自身だと思って生きた来た。」
私は橦木にすまなくて橦木の手を黙って握った。橦木の話には今は涙がにじんでいた。
「今は人々さえもみな鐘になろうとする、橦木になろうとしない。だけど、みなが鐘になろうとだけしたら、この世なのかはどうなる。私のような橦木がいるからこそ、この世の中に鐘の音が鳴り響くのではないか。鐘であるお前も大事だが橦木である私も大事なんだ。」
私は橦木の言葉に顔を上げることができなかった。自分自身ばかりを考えて生きてきた日々を恥ずかしく思った。
「すまない。橦木や。お前の言葉が正しい。私たちは互いにひとつだ。ひとつでありながら二つで、二つでありながら一つなんだ。私が死ねばお前も死んで、私が生きればお前も生きるのだ。本当に私が悪かった。許してくれ。私は本当に自分だけを考えていた。」
私は橦木を思いっきり抱きしめた。橦木の目からも私の目からも静かに涙が流れた。遠く夜空の星たちが私たちを見ていた。