退屈しないように シニアの暮らし

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さて何をしようか

幸福な世界 9

2015-10-05 06:58:11 | 韓で遊ぶ


神父様はレスラー
今から10余年前、メキシコシティのプロレスリングの競技場で、一時代を制覇した老年のレスラーが引退試合をしました。彼は華麗でありながらも絢爛な技術で、最後まで観客を圧倒しました。すべての競技が終わった時、彼は20年目にして初めて舞台の上でマスクをはずしました。瞬間、観衆は言葉を失いました。
「皆さん、私はカトリック教会の神父のセルジオ クティエレスです。」
大きな衝撃に包まれた観客に向って、彼は正体を隠さざるを得なかった理由を告白しました。
「貧しい家で育った私は、愛されたことがありませんでした、、、。」
一時、彼は両親と社会の無関心の中で逸脱と反抗をしていた問題児でした。気を取り直して新しい人生を見つけたいと思った時、彼が最初に訪れたところは聖堂でした。ですが彼が神父に受けたものは慰めと暖かい手ではなく、冷遇と冷たい視線でした。
「そうだ、神父になろう。そして自分のように傷つく子供がないように、自分の手で世話をしよう。」
聖職者の道を歩くことにした彼は、神父になるためにイタリアへ行きました。そして数年後、神父になって再びメキシコに帰って来ました。彼はまず聖堂に保育園を設立するための計画を推進しました。うまくいくだろうという希望を抱いてはじめたことは度々失敗しました。それでも彼は屈せず、一人の力で保育園を建てました。どうにかして子供たちと寝て食べる家はできましたが、他の問題が起こりました。聖堂からもらう給料では1,2人を勉強させるのも難しい現実、、、。
お金を求めて町に出た彼は、プロレスラーになることを決心しました。レスラーとしては最上の身体条件を持っていた彼であり、覆面をすれば身の上がばれる心配がなく、錦上添花でありぴったりの職業でした。30という、若くはない年に覆面をつけてリングに上がった神父、、、。すぐれた技量と力自慢の選手としてプロレスリング界のスターになったセルジオ クティエレス。骨を惜しまない犠牲と心を尽くす真の汗は、子供たちの腹を満たしてやり、思う存分勉強させてやりました。引退を前にした53歳の老荘レスラーはすべての功労と感謝を観客に回しました。
「希望を失い彷徨する子供たちが、それぞれに夢を持って一生懸命育っています。このすべては皆さんが私にくれた愛のおかげです。本当にありがとうございました。」
彼の感動的な熱演に人々は熱い拍手で答えました。神に仕えるように、人生を不幸な子供たちのために奉仕する真の聖者セルジオ クティエレス、、、。
舞台を去る彼の後姿は、そのいつの時よりも美しかった。
コメント
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