きららがお空に帰って3週間が経ちました
きららのいない生活にはなかなか慣れることができません
今でもきららの最期の時の様子が思い出されて、胸が苦しくなります
このブログを書くのもすごく辛いのですが、これを書かないとと先には進めないような気がして。。。
今年に入って、お正月に淡路島へ旅行に行き、この写真を撮ったのが最後の遠出となりました
帰ってから2日後、急に後ろ足が立たなくなりましたが、
それもステロイドのお蔭で何とか乗り超え、またお散歩が出来るまでに回復しました
胸の腫瘍は膿が出るので、ずっとパッドを当てた洋服を着る生活が続いていましたが、
それも何とかやっていけていました
5月の初め頃、右の耳の後ろあたりに小さなしこりを発見
早速獣医さんで組織検査をしてもらったら、悪性の所見はないとのことで、ちょっとホッとしました
ところが、そのしこりが見る見るうちに大きくなってしまいました
6月にCTを撮ってもらったら、唾液腺を巻き込んだ腫瘍が まわりの血管から栄養をとって、
どんどん大きくなっているとのこと
年齢を考えると手術は難しいといわれました
そのころからきららの闘病生活が本格化しました
食欲がなくなり、血液検査の結果は最悪
腫瘍、腎臓、甲状腺、貧血とまさに満身創痍でした
毎日点滴に通い、時々ステロイドを使いながら、何とか頑張っていましたが、
貧血があまりひどくなてきたので、最後は造血剤をうちはじめました
わたしたちも何とかきららにご飯を食べてもらおうと、手作りハンバーグやレトルトのご飯や色々工夫し、
食欲も少し回復していました
最後の方はご飯は寝たまま食べたりすることもあったけど、水を飲むときとトイレに行くときは
必ず立ち上がって、自分で行っていました
8月28日、その日は朝から何となく元気がなかったけど、朝ごはんもちゃんと食べてくれました
夕方、いつものようにトイレに行きたそうにしたので、腰に巻いた介助用の紐をもってあげると、自分で
立ち上がってトイレシートの上で用を足して、そのあと、ちょっと休憩するわというような感じで
シートの端に横になりました
そしてそのまま呼吸が止まってしまいました
後日獣医さんにお礼にうかがった時、「きららもきっとその時自分が逝ってしまうとは思っていなかったでしょうね」
という言葉に胸が詰まりました。
ご飯も食べて、お薬や点滴も続け、低調ながら安定していたので、いつかはお別れが来るとはわかっていましたが、
私たちもその日だとは思っていませんでした
トイレを済ませて「わたし、ちょっと休憩するわね」というようなきららの最期の姿が目に焼き付いて離れません
それでも最後の2か月、ずっときららのそばで、十分に介護をさせてもらえたことに感謝です
最後までわたしたちに迷惑をかけず、安らかに逝ってしまったきららは、本当に健気で親孝行な子でした
作者不詳ですが「犬の10戒」というのがあります その中で私がいつも心にとめていたのは
<4条>:あなたには仕事や楽しみがあるし、友達だっているでしょう
でも…私にはあなただけしかいないのです
<10条>:最後の時にはそばにいて私を見送ってください (中略)
あなたがそばにいてくれるだけで、わたしにはどんなことでも安らかに受け入れられます
きらら、14年間たくさんの思い出をありがとう
そして私たちにたくさんのかけがえのない出会いをもたらしてくれてありがとう
きららの血統書上の名前は ”GOODEN HERITAGE JP JEWEL"
偶然なのですが ”JEWEL" 「宝石」ちゃんです
いつまでもお空の上でキラキラ輝いていてね
そしてまたいつか会おうね