油屋種吉の独り言

日記や随筆をのせます。

若がえる。  エピローグ

2024-02-12 11:02:19 | 小説
 曲がりくねった谷あいに造られた線路を、列
車がわだちをきしませながら走っていく。
 運転席の真うしろにたたずみ、Mはあたりの
景色をずっと眺めた。
 車窓に目を向けると、山々の木の葉が色とり
どりにMの目を楽しませてくれる。
 しかしMの視線はもっぱら道行く人や、車内
の若い女性に向けられた。
 それはまるで恋人を見るまなざしに似て、時
折は相手に気づかれてしまい、きっと強い視線
を返された。
 (おれってどうかしてるんやな、きっと)
 列車がときどき大きく揺れる。
 そのたびにMはもよりのつり革や鉄パイプに
つかまり、からだを支えた。
 三つ峠駅を過ぎたあたりから、頂に白化粧を
ほどこしたどっしりしたお山が、Mの視界の中
に見え隠れするようになった。
 (ずっとのぼり坂だ。こんな土地によくぞ線
路が敷かれたものだよな……。いかに機械とは
いえ、列車だってしんどいだろな)
 ふとMは高校時代の耐寒マラソンを思い出し、
ふふっと笑った。
 (あれはよっぽどしんどかった。急にわきば
らが痛み出して……。もうやめようって思った
けどしばらくしたら治って……。そのあとは気
持ちよく走れた。ランナーズハイってあんな感
じのことかな)
 その話にはつづきがあった。
 Mの同級生の女の子がその時のMのがんばり
を評価してくれていて盛んに手を振り、声援を
送っていてくれていたらしい。しばらくしてM
はそのことを男の同級生から聞いた。
 在校中、Mはなんら彼女と親交をふかめるこ
とはできなかったが、後年Mが同窓会を企画し
た時に彼女が参加してくれた。参加者は彼女た
だひとりだった。
 「Mくん、わたしって、もう高校生のときの
わたしじゃないのよ」
 Mは返事に窮した。ただもじもじしていただ
け、あえて彼女にきっぱりした返事ができない
でいた。
 人生には線路のごとく、ときどき分岐点があ
る。あとであの時こうすればって思っても、実
行に移せない。
 何かがじゃまをする。運命としかいいようが
ない。
 もっとも性格の不一致だろう。
 ふっと日がかげった。
 長らく立っていただけに、Mは疲れを感じて
最寄りの空いた席にすわった。
 目の前の席にいる三十がらみの女性と目が合っ
てしまった。
 Mはまずいと目をそらしたが、彼女の視線が
からみついてくる。
 その女性とちょっとの間、Mは見つめ合うかっ
こうになった。
 次の停車駅で彼女は下車してしまい、Mの彼
女に対する妄想はそれきりとなった。
 明るくはない、暗い印象だけがMのこころに
残った。 
 (青木が原樹海に入りっきりになる人が多い
と聞いてるけど……)
 そんな想いがふとわいて、Mはそれを断ち切
ろうと首を振った。
 見知らぬ人の行く末に幸あれと祈るばかりで
あった。
 (お山のふもとの入会権を主張して闘ってい
た、忍野村の人たち、とりわけ元気の良かった
おばさんたちはいまどうしてるだろな。人生は
なにごとも挑戦。わくわくどきどきして前向き
に生きることや)
 列車が終着駅に着くとすぐに、Mは想い出の
河口湖畔に向かった。
 (了) 
 
  
 

 
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1 コメント

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Unknown (sunnylake279)
2024-02-12 11:26:05
こんにちは。
列車の中のNと一緒に私も列車に乗って、Nを見ているような気持ちになりました。
窓から見える景色も目に浮かびます。  
束の間の人との出会いも、Nにとっては意味あるものだったのだと思いました。
余韻のあるエンディングが素敵でした。
いつもありがとうございます。
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