ホーホケキョ、ケキョと時折、ウグイスが
鳴いて、小鳥や山の動物が好きな敬三をいい
気分にした。
しかし、大声で、はるととおしゃべりした
のがいけなかったか、ウグイスがケキョケキョ
ケキョ……と鳴きだし、そのうちまったく鳴
かなくなってしまった。
(やれやれ、つまらんのう。うぐいすを不
快な気持ちにさせてしまったか……。はて孫
は、はるとは、どこにいったのやら……。虫
取り網を持ち出して歩きだしたのは気づいた
けれど)
梅林のわきは墓地になっている。
はるとはそこに入り込んだかと敬三は、は
るとがかぶっているはずの白い野球帽を目で
追った。
石塔の間に目を凝らすが、一向にその帽子
が見あたらない。敬三はあせった。
「おおいはるとお、どこにおるんじゃあ」
梅の実をとっている場合じゃないと、持っ
ていた物干しざおを梅の木に立てかけた。
となりの畑に通じる道になっている。
梅の実がいくつも落ちたままになっている
青いシートを大きな袋のような形にたたみこ
み、梅の木の根もとに押し込んだ。
「こまったわい。まっ昼間でも、イノシシ
がうろついてるんだ。こりゃ早く見つけない
と、やつらの突進でもくらっちゃ、ひとたま
りもないぞ。ケガでもさせたんじゃ、娘の洋
子に合わせる顔がない)
敬三は一段と声をはりあげた。
彼の声がこだまとなってあたりに響く。
「よお、はるちゃん、はるちゃんよう、か
くれんぼかい。じいちゃんが鬼になるぞ。さ
あ、うまくかくれろよ」
敬三はゆっくり、山に向かって歩きだした。
梅林の向こうは、昔、畑だった。
こんにゃく芋の栽培が主で、昭和五十年の
初めころは、半俵(三十キロ)およそ一万円
にもなった。おかげで家計がうんと助かった
のを彼はおぼえている。
だがその後、相場つきが変わった。
大陸の中国でとれたこんにゃく芋が輸入さ
れはじめ、当然ながら芋の値段が下がった。
そのうえ、平成に入ったころ、山と人里の
境界があいまいになったかっこうで、猿や鹿
猪といった動物がひんぱんに畑に出没するよ
うになった。
敬三は野菜類づくりもあきらめ、一反歩以
上ある土地のあちこちに梅やゆずを植えた。
「ここにいるよ、じいちゃん」
かすかなはるとの声を耳にし、からだじゅ
うのこわばっていた筋肉が、いちどきにゆる
んだ気がした。
はるとの声は杉の木立の間から聞こえた。
「そこで動くんじゃないぞ。じいちゃんが
すぐに行くからな」
「うん」
杉の伐採が進まず、下草が生い茂っている。
敬三はその中を、マットレスのようにふん
わかした腐葉土を踏みしめ、一歩二歩と進む。
牙をむきだしにし、今にも、はるとに突き
かからんとするイノシシのまぼろしが頭に浮
かぶ。
敬三は、それをふり払おうと、何度もかぶ
りを横に振った。
「ぜったいに動いちゃなんねえぞ」
声に、思いを込めた。
鳴いて、小鳥や山の動物が好きな敬三をいい
気分にした。
しかし、大声で、はるととおしゃべりした
のがいけなかったか、ウグイスがケキョケキョ
ケキョ……と鳴きだし、そのうちまったく鳴
かなくなってしまった。
(やれやれ、つまらんのう。うぐいすを不
快な気持ちにさせてしまったか……。はて孫
は、はるとは、どこにいったのやら……。虫
取り網を持ち出して歩きだしたのは気づいた
けれど)
梅林のわきは墓地になっている。
はるとはそこに入り込んだかと敬三は、は
るとがかぶっているはずの白い野球帽を目で
追った。
石塔の間に目を凝らすが、一向にその帽子
が見あたらない。敬三はあせった。
「おおいはるとお、どこにおるんじゃあ」
梅の実をとっている場合じゃないと、持っ
ていた物干しざおを梅の木に立てかけた。
となりの畑に通じる道になっている。
梅の実がいくつも落ちたままになっている
青いシートを大きな袋のような形にたたみこ
み、梅の木の根もとに押し込んだ。
「こまったわい。まっ昼間でも、イノシシ
がうろついてるんだ。こりゃ早く見つけない
と、やつらの突進でもくらっちゃ、ひとたま
りもないぞ。ケガでもさせたんじゃ、娘の洋
子に合わせる顔がない)
敬三は一段と声をはりあげた。
彼の声がこだまとなってあたりに響く。
「よお、はるちゃん、はるちゃんよう、か
くれんぼかい。じいちゃんが鬼になるぞ。さ
あ、うまくかくれろよ」
敬三はゆっくり、山に向かって歩きだした。
梅林の向こうは、昔、畑だった。
こんにゃく芋の栽培が主で、昭和五十年の
初めころは、半俵(三十キロ)およそ一万円
にもなった。おかげで家計がうんと助かった
のを彼はおぼえている。
だがその後、相場つきが変わった。
大陸の中国でとれたこんにゃく芋が輸入さ
れはじめ、当然ながら芋の値段が下がった。
そのうえ、平成に入ったころ、山と人里の
境界があいまいになったかっこうで、猿や鹿
猪といった動物がひんぱんに畑に出没するよ
うになった。
敬三は野菜類づくりもあきらめ、一反歩以
上ある土地のあちこちに梅やゆずを植えた。
「ここにいるよ、じいちゃん」
かすかなはるとの声を耳にし、からだじゅ
うのこわばっていた筋肉が、いちどきにゆる
んだ気がした。
はるとの声は杉の木立の間から聞こえた。
「そこで動くんじゃないぞ。じいちゃんが
すぐに行くからな」
「うん」
杉の伐採が進まず、下草が生い茂っている。
敬三はその中を、マットレスのようにふん
わかした腐葉土を踏みしめ、一歩二歩と進む。
牙をむきだしにし、今にも、はるとに突き
かからんとするイノシシのまぼろしが頭に浮
かぶ。
敬三は、それをふり払おうと、何度もかぶ
りを横に振った。
「ぜったいに動いちゃなんねえぞ」
声に、思いを込めた。
今日も楽しく読ませていただきました。
はるとがいなくなる前の、のんびりほのぼのした雰囲気と、はるとがいなくなってからのおじいさんの緊張感がひしひしと感じられました。
臨場感あふれるお話をありがとうございました。