油屋種吉の独り言

日記や随筆をのせます。

MAY  その92

2021-05-05 10:58:21 | 小説
 ニッキは書類をぱらぱらとめくり、目をとお
していたが、あるページで、ふいに顔をしかめ
た。まるで頭を冷やすかのように、突然、窓を
開けた。
 部屋の中に、音立てて風が入りこんでくる。
 ひんやりした風だ。
 気温の差によるものだろう。ちょっとした突
風になってしまい、部屋の中の紙類がひらひら
舞った。
 くしが入れられたばかりのメイの長い髪が風
にあおられ、ばらばらになった。
 メイはなかば怒った表情で、ニッキの背後に
歩み寄ると、
 「まったく、あなたって、とっても冒険心に
とんだ人には違いないけど、ちょっと繊細さが
足りないわね。やることがちょっと乱暴すぎる」
 「はい、はい、わかりました」
 ニッキはあわてて窓を閉め、メイのほうに向
きなおると、ごめんと一言。
 「ごめん、って、たったそれだけ?」
 口調はきびしいが、微笑んでいる。
 「それ以上、何をお望みでしょうか。星の王
女さま」
 「それって、どういう意味?人を小ばかにし
てほんとに。そんなこと言って、うれしいんだ。
わたしがどんなふうに、この地球にやってきた
か知ってるんでしょ。何もかも洗いざらい調べ
てるくせに……」
 メイはますます腹が立ってきた。
 「人のこと、茶化したりして」
 「茶化してなんかいないよ。高い能力のある
きみのだもの。とても尊敬してる。きみにしか
できないような、とっても大事なことをやって
もらうんだしね」
 ニッキが真顔でいう。
 「大事なこととか、そんけいしてるって?う
そばっかり。どこが、わたしのどんな点が、たっ
とばれるっていうの。わるふざけよ、こんな大
変な時期に」
 メイは左手でこぶしをつくり、ニッキの胸を
ぐりぐりやった。
 「いててて。じゃあ、ぼくはこうして」
 ニッキは、両手で、彼女の左手をにぎった。
 その態度はまるでこわれやすい大切なものを
あつかうようである。
 メイは、あっと叫んで、目をみはった。
 「やめて。何するのよ。はなして」
 懇願されて、ニッキは、自分の右手を、メイ
の左腕からはなした。
 だが、左手はそのままだ。
 「そっちもよ。なんなの。ふざけるのはいい
加減にして。痛いじゃないの」
 ふたりは、まるで子猫がじゃれあうよう。な
んとかして逃れようとするメイのからだを、ニッ
キはぐいと引き寄せた。
 抱きあうかっこうになった。
 ニッキの固い胸が、メイのやわらかい胸のふ
くらみにあたった。
 「いっ、いやっ」
 メイは、両手で、ニッキの胸を押しのけよう
としたが果たせない。
 ニッキは黙っている。
 「いったい、これは何の真似なの」
 メイはあとの言葉をつづけようとしたが、彼
女の顔の真ん前に近づいてきた、ニッキの厚い
唇に妨げられてしまった。
 メイは、そっと、両の目を閉じた。
 惑星エックスが地球にもっとも接近する時期
を見はからい、地球防衛軍が宇宙船を飛ばす予
定だ。
 「課題は山積しているが、この際よく話し合
おう」
 地球防衛軍、ポリドンから、そんなメッセー
ジが、惑星エックスの上層部に、すでに伝えら
れてある。
 ニッキが操縦、メイも乗り込む。
 ふたりの目前のパノラマ・スクリーンに、大
宇宙の光景が、大きく広く映し出されている。
 その宇宙の片隅に、ぽつんと一点、ごくごく
小さな星が現れたと思うと、たちまち大きくなっ
た。

 
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