神社の葉っぱの続きです
神社の葉っぱは神聖なのです。
葉っぱだけではありません。
すべてです。
空気も土もです。
ですから決して汚してはいけません。
そして足元の砂利もできるだけ乱さないように歩きましょうね。
足跡なんてつけて歩いたらダメですよ
静かに、静かに歩くのです。
自分の家に誰かが大きな足音を立てて歩きてきたら嫌でしょう?
神聖な気持ちで歩いている人は少し頭を下げて静かに静かに歩きます。
ちなみに“靴音”で“あること”がわかります。
では「起こしてしまったお話」を。
数人で奈良の〇〇神社様へ参拝に行かせていただきました
神社や仏閣は好きだからという集まり。
そしてそのうちの一人の男性が
「ちょっと系統が違うかな」と思っていたのですが、お友達のお友達だったので言えず・・
まぁ静かに行くしかないわ、と心していきました。
神社へ到着、
参道を歩いていると、その男性がたばこを吸っているのでさすがに注意しましてね、
するとその人がその吸い殻を参道脇の排水溝へ捨てたのです。
それで私はまた注意しました。
もちろんその場の空気は最悪・・
でも
「バチが当たるよ」は言ってはいけないので、我慢しました。
言ってはいけない理由は
「ここは参道、清らかな場所。言えば自分にも遠からず当たるから」(ここがポイント)
う~我慢、でも心の中は腹が立つ(本音)
鎮めよ、鎮めよ・・わが心・・・
神様の前で暴れた心であらぬように。
するとその男性、吸い寄せられるように参道にぶら下がっていた灯篭へ進み
え?と思っていると、いきなり灯篭の角に頭をぶつけていました。
その灯篭、行事のために氏子のみなさんから集められたご寄付で灯された清き光のものなのです
「痛い・・」とうなっている彼。
そうよね・・
そうなるわよね。
神様のおうちにたばこなんて捨てるから。
でもそこで
「ほら、そうなるでしょう」と言ってはいけません(ここがポイント)
そのあと、この男性は仕事や家のことでいろいろなことが起きてしまいました。
系統に触れたかしらと思いました、
参拝後に起きることが続いたからです。
特に対人関係によく出ます。
それと小さな怪我など。
ですから本来神社は自分が生まれたところと、住んでいるところに参拝するのが一番です。
それと・・
前にも書いたことがありますが、
神社の写真は撮らないことです。
遥か昔は絵に描いただけで捕まったそうです。
(天皇家がお忍びで参拝に来られる某小さな神社前で代々茶店をされているおばあさんのお話。詳しいお話はもっと面白かったですよ
へぇ~へぇ~の連続でした)
そうでしょうね。
だって神様のおうちですものね。
私たち人間の思考の範疇ではない壮大なお方のおうちを時代の流れなど一般論で結論付けてはいけないですものね。
雅楽のお勉強を始めたころ、ある県の神社へ行かなければならないという感覚が降りてきましてね。
私のおうちの系統とは違う神社さんだったのでちょっとおっかなびっくりで行きました。
(警戒するって必要)
それで新幹線と電車を乗り継いで到着。
〇感スイッチオン
すごいな・・
何がすごいって、これを建てなさいと指令を出した人のプライド
ビシビシ来るわ、体に。
普通建物の中を歩いていただろう人たちの気配があるけれど、まったくそれがなくて、
正確に言うと“抜けてしまっている”ような空虚感。
御神体の気配があるので、そちらの方へ行ってご挨拶。
お静かな“方”でした。
少し斜め向こうを示すので、早々にその神社を出て、その“向こう”へ行くとお寺があって、
「あ~ここから移されたのですね、一部分」とわかると
その移された方向、つまり道筋を白っぽい流れで教えてくださいました。
もちろん先ほど神社に入ったので、このお寺には入らず外からのご挨拶で失礼をさせて頂きました。
一切の不浄なしで歩くしかない“系統違いの参拝”
帰り道も言動に気を付けました。
深いところは探らず、視ず。
触れてはいけないと悟っていたからです。
呼ばれた理由もあえてお伺いを立てませんでした。
いつか教えてくださるタイミングが頂けると思っていただけです。
これが“系統違い”の注意点です。
呼ばれていないのに行くのはやめましょう。
ご先祖様同士がせっかく今まで静かにしていたのに、相手側の神社へ行って寝ていたご先祖様の感情を起こしては大変だから。
そしてその神社さんの答えをずっと掘り下げず、十数年・・
ある日テレビをつけるとその神社さんの歴史とドラマをしていましてね、
あら~答えを教えてもらっているわ、と食いついて見ていました。
あら~
あら~(おばさんになるとあら~の連続)
そうなのよ、その感覚は神社にあったわ。
これを建てよ、と指令をした人の性格もその通り。
そしてどうしてそこの建てたのか、その深い意味。
そうだったのね、それでそういう風に見えたのね、とやっと理解と着地。
私が〇感で探っていたらきっと別系統の地雷を踏んで、きっと私に何か来た、となるけれど、探らなくてよかったわ。
つまり、いろんな経験を積んで、やっとこの系統の方とも少し和らいで軽~~く挨拶できる距離まで来られたかしら、と思いました。
触れてはいけない、
視てはいけない、
探ってはいけない・・
神様にかかわる人の歴史は深く、普通の光が届くまでの時間がかかる闇があるのです。
そうしてしまったのは人間の欲や誤解や様々な“必要でない感情”なのですけれどね。
あえて強い光を指していただいたとしても拒否をされる場所や、
触って怒らせる場所もあります。
『触らぬ神に〇りなし』ですが、“〇り”にしてしまったのは人間だということを忘れないように、年を重ねるように自分が謙虚になっていかなければならないといつも思うのでした。
神社へ参拝へ行き、体調を崩される方もおられます。
少しでも気が進まないときは勇気を出してお友達にお断りをしましょう。
自分のご先祖様のご配慮を大切に受け止めてくださいね。
・・ということと、
〇のいたずらで
「そこへ行くと運気が上がるので行かせたくない」というややこしい“くっついている人”や日頃のお付き合いの人で邪魔をする人もおられます。
と、聞いていたら本当にややこしいでしょう?人って。
ですから、先に書いたように自分の生まれたところと、住んでいるところを静かにご挨拶が一番ですね
〇感のある人たちは必ず心が休まる場所を見つけています。
神域とは神様が心をほどいてくださる素晴らしい場所です
清浄なる場所ですのでありがたい気持ちを忘れずに感謝をささげてくださいね。
もちろん普段の自分の生活の中にも感謝を
生きているってすごい奇跡なのですから・・