【浅草寺の本堂と御手洗場の龍を版画風に加工してみました♪】
東京の旅続編~
またまたお付き合いくださいませ~♪

スカイツリーから表に出ると、すっかり夕暮れになっていました。
向かった先は浅草ビューホテル
スカイツリーから近くて、浅草寺に歩いていけて
部屋からスカイツリーが見えて・・・
夜景を見ながら夕食が食べられて
母には和食、みんなは洋食が希望ということで
選んだホテルでした。

スカイツリーの見えるビュッフェでは約90種のメニューがずらり!
どれもこれも、心のこもったお料理で大満足でした!
スタッフの対応もきびきびしていて


ビュッフェには、浅草らしく「人形焼き」「雷おこし」「金平糖」もありました♪
ライトアップされたスカイツリーと浅草寺に誘われて、夜の散歩に出掛けました。

夜の浅草寺は色鮮やか、まるで浮世絵の世界に迷い込んだようでした。
お神輿や太鼓、彫金、三味線、江戸切子・・・
様々な伝統の技術が今も息づいている街に
突然現れた最新の技術の塊のようなタワーは
よそ者扱いされているかと思いきや
すっかり浅草の風景の中に溶け込んでいました。



夜の仁王様は迫力満点!


営業を終えた後のお店のシャッターもいかにも浅草。

部屋からこんな景色を眺めながらのおやすみなさいでした。
Panasonic Solutions Report 01 「東京スカイツリー(R)のあかり」篇
このライトアップの陰にはこんな努力があったのね!

刻々と表情を変えていく朝の風景は、夜のそれとは全く違う顔をしていました!
ベッドの中から見えた朝焼け↓

朝食を取りながらの眺め

朝の浅草寺は、活気に満ち溢れていました。
原型を高村光雲が作ったとされる沙竭羅龍王像は凛々しく
焼き立てホカホカの人形焼きは美味しかった♪

↑仲見世通りの向こうに見える宝蔵門には最新の秘密がありました!
大提灯の底にはこんなに立派な彫刻が施されていました。↑
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推古天皇36年(628年)、宮戸川(現・隅田川)で漁をしていた
檜前浜成・竹成(ひのくまのはまなり・たけなり)兄弟の網にかかった仏像があった。
これが浅草寺本尊の聖観音(しょうかんのん)像である。
この像を拝した兄弟の主人・土師中知(はじのなかとも、「土師真中知」(はじのまなかち)とも)は
出家し、自宅を寺に改めて供養した。
これが浅草寺の始まりという。~whikipedhiaより~
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幾度もの火災に遭いながらも徳川家の庇護の元、再建され
関東大震災では被害を逃れたものの、東京大空襲でほとんどが再び焼失。
有名な雷門は松下幸之助氏の寄付により再建、また仲見世通りの向こうに見える
宝蔵門は力士でありその後実業家として億万長者と呼ばれるようになった
実業家大谷米次郎氏の寄進により再建されたのだそうです。
この宝蔵門は耐震性の向上と参拝客に対する安全確保のため
平成19年(2007年)に屋根改修工事を行い
軽量さと耐食性に優れたチタン成型瓦を全国ではじめて採用したのだそうです。
使用したチタンは表面にアルミナブラスト加工を施したもので
それらをランダムに配置することで土瓦特有の
「まだら感」を再現し、瓦と変わらない外観となっています。
また、主棟・隅棟・降棟・妻降棟すべての鬼飾もチタンで製作されているのだそうです。
しかしながら、どう見ても昔ながらの瓦葺にしか見えませんでした。
江戸で最も古いお寺は最新の技術に守られ
草浅の観音さん として親しまれているのでした。

