
35歳で乳がんが発覚した松井亜矢子さん(キャンサーネットジャパン)の講演を聞いてきました。
僅か1時間の講演でしたが、ノート4ページがぎっしり埋まりました。
松井さんは、
2000年11月に自ら胸のしこりを発見。
婦人科に行ったが、異常なしという診断。
2002年5月に乳腺科で乳がんと発覚。
なんと、自覚から1年も8ヶ月が経ってしまっていた。
乳がんの専門は、婦人科ではなく、乳腺科ですと強調されていました。
幸い全摘出ではなく、乳房温存手術で済んだ。
松井さん曰く「温存だから胸も残るし、切ったら終わり」と思っていた。
しかし、終わりじゃなかった。
ここから、抗がん剤治療6ヶ月、ホルモン療法5年、分子標的薬1年間、放射線療法25日間という闘病生活が始まった。
温存療法といえど、水着など着るとはっきり胸の大きさが違うのが分るし、未だに痛みがある。
リンパ節を一部郭清(かくせい)したため、腕が上がりにくい、重いものをもてないとう症状があるそうです。
回復まで6年、完解まで10年と、乳がんの治療は長い。
当時の松井さんは、広告会社でバリバリのキャリアウーマンでした。
その勤務時間は驚異的。
定刻が午前3時。残業時が午前9時。
この業界では、普通だそうだが、驚かずにはいられない。
『ガンをつくる心治す心』の土橋重隆先生も、左胸のがんは、肉体の酷使が原因であると述べている。
松井さんは、退院後すぐ職場復帰。
仕事を辞めなかった理由として、
・キャリアを捨てたくなかった
・治療費を稼がなければならなかった
と。
手術入院が15~30万円
退院後の治療費が、
放射線治療12万円
化学療法10~40万円
ホルモン療法40~60万円
分子標的薬50~100万円
検査費が、
マンモグラフィー3,000円
CT 10,000円
PET 30,000円etc...
専用下着や人工乳房・・・
と、一見すっかり元気な松井さんでもこれだけの治療費がかかるという。
最後にセカンドオピニオンの大切さも訴えられていた。
東京A病院
・1/4切除の温存
・リンパ節を全部取る
・放射線治療なし
東京B病院
・1センチほどの切除
・リンパ節は少しの切除
・放射線治療あり
といった、見解の違いがあるという。
いざ、ガンと告知されたら頭が真っ白になるそうです。
健康なうちから、がんついて勉強しておく必要があります。
教科書では勉強できない体験談を聞かせていただきました。
ありがとうございました。
「私は大丈夫」なんて過信しちゃいけません。
セルフメンテナンスと定期的な検査、続けたいです。
誰もが病なんてなりたくありません。
でもなってしまったら・・・長崎ではどこの誰に相談したらよいのでしょうか?
この、「どこの誰に」は病だけではなく、あらゆる物事に共通します。
是非、阿野さんには「どこの誰に」を発信し続けていただけるような方になっていただきたいと願っております。
フフフ
最近では、節目の年齢になれば乳がん子宮がん検診の無料クーポンが配布されるようになりました。
遠くなり将来に、子宮頸がんのワクチンも無料で接種できるようになるでしょう。
だいぶいい情報が集まってきました。これを発信できるようにします。
「どこの誰に」それは、「マザー」なのかもしれません。
だいぶいい情報が集まってきました。これを発信できるようにします。
「どこの誰に」それは、「マザー」なのかもしれません。