東京都練馬区内の古墳時代の遺跡と思われていた地中から、太平洋戦争中の航空機と思われる機体と軍用車両などがほぼ原形をとどめた形で出土し、関係者を驚かせている。発掘の過程で石の構造物と思われていたところは掩体壕で、その中には軍用機数機と軍用車両が75年間にわたり、文字通り「封印」されていた。出土したのは国産初のジェット機「橘花」とロケットエンジン機「秋水」と思われていたが、ロケットエンジン機についてはドイツ製のメッサーシュミットMe163「コメート」だったことが判明した。
(掩体壕で発見された直後の橘花 脚はなかったが、ほぼ形をとどめていた。近くにドイツ製の軍用車両の姿が確認できる)
(一機がひっくりかえった状態で発見されたコメート いずれも関係者撮影)
専門家は「本土決戦に向けて隠されたか、テスト飛行の後、何らかの事情で隠したのではないかと思われるが、このような形で発見されることは大変驚きで、大発見である」と興奮気味に語っている。また、コメート機が日本に運ばれたという記録はなく、どのようにして日本に持ち込まれたのかなど、今後の調査が待たれている・・・
わけはなくてこれはエープリルフールでございます。
食玩で発売されていたMe163ですが、この機体をもとに日本で開発した「秋水」のテスト飛行時のように一機はオレンジ色に、もう一機は濃緑色に塗りなおしたものです。軍用車両(キューベルワーゲンとケッテンクラート)も陸軍カーキや濃紺色に塗って、日本の陸海軍風にしてみました。
明るいところで撮った写真がこちらです。
「遺跡」の橘花は「間に合わなかった傑作機」というカプセルトイです。「間に合わなかった傑作機」というのはだいぶ前に発売されていた日本の試作機のシリーズでした。なぜか五反田のTOCビルにガチャガチャのマシーンがあって買った気がする・・・。明るいところで撮った橘花は「初期ジェット機コレクション」のものです。
コメートですが、ウイングキットコレクションのvs6のもので、もちろんドイツ軍の仕様として数種類が発売されていました。写真の赤いコメートは製品のままですと色が透ける感じがしましたので塗り直しています。文字通り「赤い彗星」ですね。
遺跡の写真は市販の情景シートを机の上に置いただけのものです。暗闇のシーンですが、部屋を暗くして懐中電灯をあてて撮りました。
橘花、秋水といった機体はドイツに潜水艦を派遣して持ち帰った資料、図面から開発されたものでした。文字通り決死の覚悟で持ち帰ったものだったわけですが、私の祖父がこれらの作戦で持ち帰った図面に関わる仕事をしていました。機会がありましたら、模型と共にその話をしたいと思います。
(掩体壕で発見された直後の橘花 脚はなかったが、ほぼ形をとどめていた。近くにドイツ製の軍用車両の姿が確認できる)
(一機がひっくりかえった状態で発見されたコメート いずれも関係者撮影)
専門家は「本土決戦に向けて隠されたか、テスト飛行の後、何らかの事情で隠したのではないかと思われるが、このような形で発見されることは大変驚きで、大発見である」と興奮気味に語っている。また、コメート機が日本に運ばれたという記録はなく、どのようにして日本に持ち込まれたのかなど、今後の調査が待たれている・・・
わけはなくてこれはエープリルフールでございます。
食玩で発売されていたMe163ですが、この機体をもとに日本で開発した「秋水」のテスト飛行時のように一機はオレンジ色に、もう一機は濃緑色に塗りなおしたものです。軍用車両(キューベルワーゲンとケッテンクラート)も陸軍カーキや濃紺色に塗って、日本の陸海軍風にしてみました。
明るいところで撮った写真がこちらです。
「遺跡」の橘花は「間に合わなかった傑作機」というカプセルトイです。「間に合わなかった傑作機」というのはだいぶ前に発売されていた日本の試作機のシリーズでした。なぜか五反田のTOCビルにガチャガチャのマシーンがあって買った気がする・・・。明るいところで撮った橘花は「初期ジェット機コレクション」のものです。
コメートですが、ウイングキットコレクションのvs6のもので、もちろんドイツ軍の仕様として数種類が発売されていました。写真の赤いコメートは製品のままですと色が透ける感じがしましたので塗り直しています。文字通り「赤い彗星」ですね。
遺跡の写真は市販の情景シートを机の上に置いただけのものです。暗闇のシーンですが、部屋を暗くして懐中電灯をあてて撮りました。
橘花、秋水といった機体はドイツに潜水艦を派遣して持ち帰った資料、図面から開発されたものでした。文字通り決死の覚悟で持ち帰ったものだったわけですが、私の祖父がこれらの作戦で持ち帰った図面に関わる仕事をしていました。機会がありましたら、模型と共にその話をしたいと思います。