ビールを飲みながら考えてみた…

日常の中でふっと感じたことを、テーマもなく、つれづれなるままに断片を切り取っていく作業です。

金融業界はインターネットによって破壊されるか

2010年02月01日 | ネットビジネス
後輩にこんな記事がありますよ、と紹介されたのが「音楽産業とマスメディアの次にインターネットが破壊するのは金融業界だ?ついに」。ちょっとこの記事について考えてみた。

音楽産業とマスメディアの次にインターネットが破壊するのは金融業界だ?ついに

そもそも音楽業界が破壊された背景とは何なんだろう。その根本にあるのは「デジタル技術」の発達だ。その影響は多岐にわたるのだろうが、ここでは3つの点で考えてみよう。

1)製作コストの低減
2)製造コストの低減
3)流通コストの低減

1)の「製作コストの低減」とは、PCがあれば(最近ではiPhoneでも可)誰でも手軽に音楽を作ることができるようになったということ。品質にこだわらなければ、高価なスタジオを借りなくても、PCとソフトウェアがあれば事足りてしまう。

このことは誰もが「アーティスト」になれる可能性を開いたと同時に凡庸な作品を蔓延させる一因となった。

2)の「製造コストの低減」とは、PCさえあれば劣化せずにCOPYを作れてしまうということ。それまではコンテンツが物理的メディアに縛られていたこともあって、安くCOPYをしようと思えば品質が落ちたし、品質を落とさないようにしようとすれば非常に高価な設備が必要だった。それが「デジタル・コンテンツ」の状態であればCOPYするためのコストは限りなく0に近づき、(CD-Rのような)物理的媒体に落としこむとしてもそのコストは原価だけで済んでしまう。

3)の「流通コストの低減」とは、デジタル・コンテンツの状態であれば、インターネットなどを使えばほぼ「無料で」流通させることができるようになったということ。物理的媒体に縛られていれば、P2Pのように違法COPYをせっせと配るなんて人間もいなかっただろう。

そしてこの2)と3)の要因が中心となって、ネット上では違法COPYが氾濫し、音楽ビジネスに壊滅的な被害を与えることになった、と言われている。ただここで注意しなければならないのが、他の業界のように、中間流通のコスト低減によって音楽市場が縮小したというよりは、違法COPYの氾濫によって(「ただ乗り」によって)市場が縮小した要素が大きいというところ。健全な競争の結果ではないのだ。

では、「金融」という分野も同じように影響を受けるのであろうか。

この「TechCrunch」の記事の中ではいくつかのサイトやサービスが紹介されているが、、「ファイナンス 2.0」のポイントとしては、手数料率や価格の「オープン化」と利用者側の「比較・選択」といったところだろう。

この「手数料率」の決定に影響を与えている要素は何だろう。

「融資」を例に考えてみると、現状の金融業は誰かにお金を貸し出して返済までの利息(≒手数料率)で稼ぐことになる。つまり、金融業のコストというのはこの手数料で賄う必要がある。

実際、金融業のコストとしては、人件費や物件費などを含めた「営業費用」と貸し出すための「資金調達費用(貸出の原資と借入金利)」、貸倒引当金などの「リスク費用」だ。

 -営業費用
  -人件費
  -物件費
 -資金調達費用
  -貸出原資
  -借入金利
 -貸倒引当金(リスク費用)

このうちIT化が直接影響を与える部分としては「営業費用」のコスト削減だろう。IT化で不要な人件費を削減する、あるいはネットやキオスク端末を利用することで店舗運営費を削減するなどなど。これに対して「資金調達費用」や「リスク費用」はIT化が影響を与える余地は必ずしも大きくない。

もちろん資金調達のための技術を支えるものとしてITが利用されるというのはあるのだろうが、IT化によって中間流通コストが削減されるといったことはないし、どんなに高度な計算をしたところで経済環境全てを予測できるわけで無い以上、リスク費用が激減するといったことは考えにくい。

※ もっともノーベル経済学賞受賞者が参画したファンド「LTCM」では、高度な金融工学を利用してファンドを運用したものの、「アジア通貨危機」の影響を受け多額の損失をだしたりした。IT化の発達で高度な計算が可能になったものの、それ以上に不確実性とリスクが増したことが「ブラック・スワン[上]―不確実性とリスクの本質」で指摘されているが。

つまり「オープン化」と「比較」によって利便性は高まるかもしれないが、IT化によって大きく手数料率が下がる余地というのはそれほどない。むしろそれ以外の要素、関連法規の見直しや金融政策、経済環境の変化などの影響の方が大きいだろう。IT化やインターネットの進展によって、音楽業界のような破壊が進行するのではなく、企業間の競争圧力が高まることになる。

もちろんIT化だからこそ可能なモデルもある。例えばP2P型の貸付モデルや送金モデルだ。

こうしたサービスは既に、DoCoMoが「ケータイ送金」を提供したり、maneo(マネオ)がP2P型の貸付マッチングサービス(ソーシャルレンディング)を提供したりしている。しかし小口決済中心のケータイ送金の場合、その送金額に対して手数料率が高くなってしまい、必ずしも利用者にとってのメリットが見えにくい。またmaneoのようなP2P型の貸付の場合、性善説によって成り立つのであり、下手をするとかっての消費者金融が果たした役割、つまり高リスク/高金利でないと成り立たない可能性もある。

顔の見える知り合いであれば、貸付や立替はできるかもしれないが、匿名性の高いネットだけで完結する形で見ず知らずの人に貸し出すことは心情的に難しいだろう。インターネットによって、人と人とのコミュニケーションはとりやすくなったかもしれないが、それは必ずしも「関係」や「絆」を深めるということと同義ではない。「善意」に基づくビジネスというのは決して簡単に成り立つわけではない。

ただ希望的な意味も含めて言うならば「善意」に基づく金融サービスがないわけではない。バングラデシュの「グラミン銀行」では、貧困層向けに小額の低金利の無担保融資を行っている。

グラミン銀行のこのプログラムはもともと貧困層の生活の改善を目指しており、借り手は「16の決意」とよばれる社会改善プログラムを受け入れることを前提に融資を受けることになる。そこには労働に対する意識付けや子供たちへの教育の機会の保証など、具体的な行動プログラム的な要素が強い。

そしてこのグラミン銀行の返済率は高く、またこの銀行の債権を購入しているのもまた貧困層だという。つまり貧困層が貧困層を支えるという構図が成り立っているのだ。

ITを活用することでこうした「善意」の輪が広がるようになれば…こうした可能性は追求して欲しいものだ。


ブラック・スワン[上]―不確実性とリスクの本質


ブラック・スワン[下]―不確実性とリスクの本質




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