ママラボ➕(ぷらす)

摂食障害からの回復を目指して 月一zoomで12ステップミーティングをしています 次回は2021年9月26日

イブに思う

2020-12-24 10:48:00 | 日記
クリスマスイブですが
なんとも今年は落ち着いています
神と仲間に感謝。

毎年
戦場でした

食べ物たち
アルコールたちは
敵であり、戦友でした

子どもたちが幼かった頃

「ひとなみ」にやんなきゃと

ツリーに飾り付けしたり
ケーキを一緒に作ったり
プレゼントの仕込みから
夜中に枕元におくまで

一人でがんばったな

いや、一人でできることは
まだましで

子ども会とかは
うん、ほんと、
ほんと、
ほんと、しんどかったな…

写メとか撮ったけど
うん、見れないや笑

楽しいとか
なかったんだよな…

義務だったから

義務をこなすために
私には食べ吐きとアルコールが必要だったんやな

今年は静かなクリスマス
普段と同じ生活

今日一日







p84

2020-12-24 10:35:00 | ドロップ ザ ロック
なぜ、「12&12」において、ステップ6が大人(うまく行く人)と子ども(失敗する人)を分けるステップだと言われているのか、その理由がわかるだろうか。

それは、勇気が試されるステップだからだ。

生き方を変える準備が整っているか、整っていないか、そのことが問われる。

「たぶん整っただろう」などという曖昧なことが生じる余地はない。

私たちの自己中心的という空虚な穴を、スピリチュアルな有用性で満たすのだ。




<次回の12ステップミーティング>
 
日時
2020年12月27日(日)14:00〜16:00

場所
NPO法人ガジュマルの船事務所およびオンライン(zoom)

内容
AAの「12のステップ12の伝統」を読んでシェアします。

幸運

2020-12-23 10:01:00 | 日記
「運」という言葉が嫌いでした
受け入れられなかった
ただの言い訳だと思っていたからです

「運」は、自分ではコントロールできないということだし
「運」は、選べないということ

ゆるせん

だからこう思った
「そんなものに頼るようなことはしない」

もし「不運」と感じたら、そこから脱出する努力をするべきだったし

もし「不運」なら、それは努力不足だった

転じて
もし「幸運」なら、それは本人の努力の賜物だと思って疑わなかった

とくに、ロスジェネ世代の私には、「自己責任」とともに大変親和性の高い、大変強固な、支配力の強い考え方だった


依存症の病院につながり、仲間とつながり、ステップをふむなかで、この「運」に対する考え方が

変わっていった。

そもそも私は依存症のグループに、努力してつながったわけではなかったし

専門病院も偶然近くにあり
電話をしたとき
たまたま初診を受け付けている日だった

「運」は自ら死に物狂いで取りに行くもの、
という考えから

「運」は、与えられるものーたとえ理不尽なものであってもーという考えになり

そして
「運」は、どうやらすでに与えられているし、必要なものが必要な時に降ってくるようだと気づき

いま
「運」は、仲間に手渡していくべきだ、自分だけで独り占めは何の意味がある?と

思うようになりました

今日一日







ジョーの分かち合い5

2020-12-23 09:36:00 | ドロップ ザ ロック
嫉妬については、私の場合、「他人が成功すると、辛い悲しみのように私を苦しくさせる」ということがわかっています。


彼らが成功するまでに費やした時間や労力のことを全く考えもせず、ひたすら彼らの「幸運」や「人脈」、「秘訣」などを妬んでいました

そういえば、プログラムの中でも、うまくいっている仲間をねたんだり恨んだりしたことがありました。

でも、いまはその人たちを手本としていますし、その人たちとともにやっています。

なんということでしょう。いまでは嫉妬が励みに変わりました。



<次回の12ステップミーティング>
 
日時
2020年12月27日(日)14:00〜16:00

場所
NPO法人ガジュマルの船事務所およびオンライン(zoom)

内容
AAの「12のステップ12の伝統」を読んでシェアします。

"karo shi"

2020-12-22 17:27:00 | 日記
過労死の英語がないのは有名な話

なんかさ…
摂食と同じでさ、「しんどかったらやめたらええやん」が、できなくなるんよな…

私は

長時間労働がとにかく「いいこと」
「他人に迷惑をかけるな」という道徳

この日本の社会が原因と思うよ。

個人の問題ではないのも、摂食とおんなじ。


今日一日。