昨日はある方の訃報が伝えられましたが、
特にコメントしたいこともないのでスルーさせていただきます。
今週の金曜日、第7回の 「てつがくカフェ@ふくしま」 が開催されます。
テーマは、「〈対話〉 と 〈和〉の精神」 です。
震災や原発事故を受けていろいろと話し合わなければならないはずなのに、
日本の風土が対話を妨げてしまっているのではないかという問題提起から、
このようなテーマ設定にさせていただきました。
この問題を考えるにあたって、ぜひ読んでいただきたい本が、
中島義道 『〈対話〉 のない社会』 (PHP新書) です。
副題は 「思いやりと優しさが圧殺するもの」 です。
日本社会に対する強烈なアンチテーゼとなっています。
中島氏はアクの強い方なので、前半部分はちょっと引いてしまうかもしれませんが、
第3章 「〈対話〉 とは何か」
第4章 「〈対話〉 の敵 ― 優しさ・思いやり」
第5章 「〈対話〉 を圧殺する風土」
あたりを読んでおいていただけると、
世話人の私たちが今回のテーマに込めた意味がご理解いただけるでしょう。
中島氏は、日本社会において 「対立を避けること」 が至上命令になっていると言います。
そこから 「空気」 による支配が生じてきます。
みんなで集団の 「空気」 を読むことが要請されるのです。
この本は1997年に書かれた本で、当時は 「KY」 なんていう言葉のなかった頃ですが、
「空気支配」 はずーっと昔から日本に根付いている精神風土であり、
それを 「〈和〉 の精神」 と言い換えることも可能でしょう。
すべては人々のあいだの 「対立を避ける」 ないしは 「対立を隠蔽する」 方策にほかなりません。
それと正反対のものが 〈対話〉 です。
中島氏は次のように述べています。
「〈対話〉 は対立から生まれる。
したがって、対立を圧殺することは 〈対話〉 を圧殺することである。」
そして、「対立を避けるのではなく、何よりも対立を大切にしそこから新しい発展を求めてゆく」
ような 「〈対話〉 のある社会」 を築いていこうと提案するのです。
私も 「〈対話〉 のない社会」 に慣れてしまっていて、
ふだんはあまり 〈対話〉 をしていないし、対立を避けてしまっているようにも思いますが、
やはり非常時には 〈対話〉 はとても大事だと思うのです。
未曾有の災害に見舞われて何をするのが正しいかまったくわからないような状況において、
それぞれの価値観が違うなかで、みんなの選択がまったく異なってしまい、
生活のあちこちで対立が生じてしまうというようなことが生じうるでしょう。
そうしたときには対立を封じ込めてしまうのではなく、
きちんと 〈対話〉 をして対立を確認し合い、
それぞれが納得した上で責任をもって選択をしていくことが必要なのではないでしょうか。
そんなことを考えさせてくれる一冊です。
まあ、これを読まないとカフェの 〈対話〉 に参加できないというわけではありませんが、
余力のある方はあらかじめ一読した上でお越しいただけると、
話が盛り上がるのではないかと思います。
もちろん、この本に書かれていることに対して真っ向から批判をぶつけて、
対立点を明らかにしていただくというのもありだと思います。
それも含めて熱心な 〈対話〉 が交わされることを期待しております。
なお、今回の 「てつカフェ」 の打ち上げは事前申し込み制となっております。
まだ参加者は20名弱と席に若干の余裕がありますので、
哲学的 〈対話〉 のあとのまったりした 〈会話〉 にも関心があるという方は、
ぜひお早めにお申し込みください。
よろしくお願い申し上げます。
特にコメントしたいこともないのでスルーさせていただきます。
今週の金曜日、第7回の 「てつがくカフェ@ふくしま」 が開催されます。
テーマは、「〈対話〉 と 〈和〉の精神」 です。
震災や原発事故を受けていろいろと話し合わなければならないはずなのに、
日本の風土が対話を妨げてしまっているのではないかという問題提起から、
このようなテーマ設定にさせていただきました。
この問題を考えるにあたって、ぜひ読んでいただきたい本が、
中島義道 『〈対話〉 のない社会』 (PHP新書) です。
副題は 「思いやりと優しさが圧殺するもの」 です。
日本社会に対する強烈なアンチテーゼとなっています。
中島氏はアクの強い方なので、前半部分はちょっと引いてしまうかもしれませんが、
第3章 「〈対話〉 とは何か」
第4章 「〈対話〉 の敵 ― 優しさ・思いやり」
第5章 「〈対話〉 を圧殺する風土」
あたりを読んでおいていただけると、
世話人の私たちが今回のテーマに込めた意味がご理解いただけるでしょう。
中島氏は、日本社会において 「対立を避けること」 が至上命令になっていると言います。
そこから 「空気」 による支配が生じてきます。
みんなで集団の 「空気」 を読むことが要請されるのです。
この本は1997年に書かれた本で、当時は 「KY」 なんていう言葉のなかった頃ですが、
「空気支配」 はずーっと昔から日本に根付いている精神風土であり、
それを 「〈和〉 の精神」 と言い換えることも可能でしょう。
すべては人々のあいだの 「対立を避ける」 ないしは 「対立を隠蔽する」 方策にほかなりません。
それと正反対のものが 〈対話〉 です。
中島氏は次のように述べています。
「〈対話〉 は対立から生まれる。
したがって、対立を圧殺することは 〈対話〉 を圧殺することである。」
そして、「対立を避けるのではなく、何よりも対立を大切にしそこから新しい発展を求めてゆく」
ような 「〈対話〉 のある社会」 を築いていこうと提案するのです。
私も 「〈対話〉 のない社会」 に慣れてしまっていて、
ふだんはあまり 〈対話〉 をしていないし、対立を避けてしまっているようにも思いますが、
やはり非常時には 〈対話〉 はとても大事だと思うのです。
未曾有の災害に見舞われて何をするのが正しいかまったくわからないような状況において、
それぞれの価値観が違うなかで、みんなの選択がまったく異なってしまい、
生活のあちこちで対立が生じてしまうというようなことが生じうるでしょう。
そうしたときには対立を封じ込めてしまうのではなく、
きちんと 〈対話〉 をして対立を確認し合い、
それぞれが納得した上で責任をもって選択をしていくことが必要なのではないでしょうか。
そんなことを考えさせてくれる一冊です。
まあ、これを読まないとカフェの 〈対話〉 に参加できないというわけではありませんが、
余力のある方はあらかじめ一読した上でお越しいただけると、
話が盛り上がるのではないかと思います。
もちろん、この本に書かれていることに対して真っ向から批判をぶつけて、
対立点を明らかにしていただくというのもありだと思います。
それも含めて熱心な 〈対話〉 が交わされることを期待しております。
なお、今回の 「てつカフェ」 の打ち上げは事前申し込み制となっております。
まだ参加者は20名弱と席に若干の余裕がありますので、
哲学的 〈対話〉 のあとのまったりした 〈会話〉 にも関心があるという方は、
ぜひお早めにお申し込みください。
よろしくお願い申し上げます。