六根清浄、お山は晴天。 登って下って、どっこいしょ。

たまに書く、時々入力、気が向いたら、したためる。駄文満載、阪神裕平ことおやじぃ雅のアウトドア雑記帳。

性懲りもなく、今年もこさえてみた

2024-01-01 03:46:03 | Graffiti~チョイとひと言
2024・令和6年は、この一文を胸に
“辰”人大観で、吉辰・嘉辰。
ご機嫌なる毎日を
       
それはいつのことだったか。

ある年の年末に富士山をバックに
ふと浮かんだ言葉を、よしこいつを
来る新年のモットーというか、
スローガンにしてみるかと思って以来、
この作業は不思議なことにずっと続いている。

2024(令和6)年バージョンも、山梨県で
硬めの麺で噛み応えありの
名物「吉田うどん」を食べた際の刺激が
脳に伝わったお陰で、
堂々完成、できあがった。

それが
「“辰”人大観で、吉辰・嘉辰。
 ご機嫌なる毎日を」。

「ご機嫌なる毎日を」はさておき、
他の言葉の意味はといえば
出だしの「“辰”人大観」は
「達人大観」のもじり。

意味は本来の達人大観と同様に
「道理を極めた人生の達人は、
小さなことには動じない。したがって物ごと
大局的に捉えられ、間違いなし」というもの。

自身を人生の達人と称する点は、
おこがましいというのか、身のほど知らずではあるが、
まあお許しをである。

そして吉辰・嘉辰は、
「きっしん」「かしん」と読み、
ともに「めでたい、吉日」ということ。
こちら2つは、よく結婚式のスピーチにも
使われる定番の言葉だ。

つまり
「“辰”人大観で、吉辰・嘉辰。
 ご機嫌なる毎日を」とは、
大きく俯瞰的な視点から何ごとにも対処する私は、
間違いがない、いや少ないとしましょうか。

そのため1年365日オールいい日となり、
いつでも心晴れやか、笑顔も絶えずといった
感じになるかと。

なお「ご機嫌」は、
歳を重ねてじぃさんになると、
どういうわけだか表情は
いつもしかめっつらになりがちなことへの
戒めとしても用いてみた。
                             
せっかくできたので、
最初は、思いっきり褒めちぎってみる。
ブラボー、いいねえ、素晴らしい文章など、
もちろん自分で自分をなのだが、
それでも叱られるよりは
ずっと気分はよいものだ。
   
さあて2024(令和6)年、
冷静に我が身を考えると、
気分はいくつになっても20代、
昭和時代に培われた
気合いや根性は当時のままだが
それも、年々空回り気味。

肉体も、それこそ順調に衰えている。

若かりしころのアウトドア活動では
不足気味の技術を体力でカバーしていたが
それもはるか昔のお話。

今は心身ともに
すっかりへなちょこ
じぃさんだ。

まあそれもいいでしょう。

時間に逆戻りなし、前進あるのみだ。
変にあらがってみたところで、
これは無駄であり、悪あがき。
       
ここは現実をしっかりと受け止め、
じぃさんの身体に合ったトレーニングや、
最新テクノロジーのお世話になるほか、
対処の方法を、あれやらこれこれやらと
探して、試して
会得することが大切だろう。

それでは苦心惨憺で作ったスローガンのもと、
達人、ではなかった自称達人で辰人は、
へなちょこなりにひと踏ん張り、
気になる野に山に里に、
ふらりと出かけて
はしゃいでみるとしますかなである。
     

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