毎日新聞医療プレミアム 能勢博 信州大学教授
運動がおっくうな人にこそおすすめ
最近「体力に自信がなくなった」「夜よく眠れない」「健康診断でひっかかった」などでお悩みの中高年の皆さん。「インターバル速歩」をご存じでしょうか。インターバル速歩は科学的根拠に基づき、上述したような悩みを改善し、体力を10歳ほど若返らせる運動トレーニング方法です。しかも歩行術、”ややきついウオーキング”ですから、道具は必要なくとっても簡単です。いつでも始められます。新聞、テレビ、雑誌などで話題になり、最近はニューヨーク・タイムズ紙にも取り上げられました。
早速、方法を簡単に説明します。「速歩きとゆっくり歩きの3分間ずつのセットを、1日5回以上、週4日を目標に繰り返す」。これだけで驚きの効果があります。
日ごろ運動をしていない人は70代で寝たきりの危険
図1
図1に加齢による体力(身体活動量)の変化を示しました。体力が人生で最も高いのが20代です。30歳を超えるあたりから、10歳年を取るごとに5〜10%ずつ体力は低下します。主な原因は、髪の毛が薄くなったり、肌にしわがよったりするのと同じメカニズムで、筋肉の萎縮がおこるからです。これを老人性筋萎縮(サルコペニア)と呼びます。そして、加齢によって体力が20代の30%以下になると、人は自分で立ったり歩いたりすることが難しくなり、寝たきりになる危険性が高くなってしまいます。日ごろ特に運動をしていない人は、70代で寝たきりになる恐れがあります。一方、体力の低下は、1年間に1%と非常にゆっくり進みます。日常生活では、自分の最大体力まで追い込むような運動は経験しないので、ほとんどの人は自覚することはありません。しかし確実に体力は低下しているのです。
興味深いのは、この体力低下のカーブと年齢別の医療費とが、見事に鏡像関係を示すことです。よって従来、この筋萎縮こそが高血圧、糖尿病をはじめとする生活習慣病の根本原因なのではないか、と考えられてきました。最近の分子生物学の進歩によって「どうもそれが本当らしい」ということを示す証拠が次々発表されています。
私たちは20年前に、体力低下が生活習慣病の根本原因であるのなら、運動トレーニングによって体力を向上させれば、生活習慣病の症状が改善され、医療費が削減されるのではないか、という作業仮説を持ちました。そして中高年を対象とした健康スポーツ教室「熟年体育大学」事業を、長野県松本市を中心に開催し、その仮説を検証してきました。その過程で生みだされたのが「インターバル速歩」です。結果はというと……。図1の「日々運動をしているグループ」で示すように、30歳以降の体力の低下が緩やかになり、生活習慣病が予防でき、高齢まで自立した生活ができる体力を維持できることが明らかになったのです。
「ややきつい」と感じる速さがポイント
それでは改めて、インターバル速歩についてポイントを詳しく説明します。図2も参考にしてください。
図2 インターバル速歩のポイント(画=合同会社スリーペンズ/花谷光礼)
(1)服装は軽い運動ができる程度のもので、靴は底が軟らかく曲がりやすく、かかとにクッ ション性のあるものを選びます。
(2)数分間の下半身を中心とした軽いストレッチをした後、視線は25mほど前方に向け、背筋を伸ばした姿勢を保ちます。
(3)足の踏み出しはできるだけ大股になるようにし、かかとから着地します。
(4)慣れないうちは、1、2、3とカウントして、3歩目を大きく踏み出すようにします。
(5)腕を直角に曲げ前後に大きく振ると大股になりやすいです。
速歩のスピードは個人が「ややきつい」と感じる運動です。すなわち、5分間歩いていると息が弾んで動悸(どうき)がし、10分間歩いていると少し汗ばむ程度です。軽い会話ができる程度、15分間歩いているとすねに軽い痛みを感じる程度を目安とします。速歩時間は3分間を基準としますが、これは大部分の人が「これ以上歩き続けるのは難しい」と感じるからです。3分間の速歩の後に3分間のゆっくり歩きを挟むと、また「速歩をしよう」という気分になります。このセットを1日5回以上、週4日以上繰り返すことを目標としますが、この基準量を、1日の通勤、買い物の行き帰りに分けてもよいです。週末にまとめても構いません。要するに週の速歩時間の合計が60分以上になればよいのです。
10歳若返り、生活習慣病の改善…検証された効果
では、効果を短くまとめて紹介しましょう。私たちは、これまで6000人以上の中高年を対象に、5カ月間のインターバル速歩の効果について検証してきました。その結果、以下が明らかになりました。
(1)体力が最大で20%増加し、10歳ほど若返った気分になります。
(2)生活習慣病指標(高血圧症、高血糖、肥満)が20%改善します。
(3)うつ傾向のある人、慢性関節痛の方の50%で症状が改善します。
(4)暑さ、寒さにも強くなります。
(5)5カ月間の運動継続率が90%以上と、ジムに通って行うマシントレーニングより断然 高いです。
(6)医療費が20% 節約できます。
よいことずくめで驚かれたでしょうか。これから連載の中で順に、詳しく紹介していきたいと思います。はや暑くなってきて熱中症が心配ですが、次回は本格的な夏の到来を前に「暑さに強い体づくり」をテーマに述べます。お楽しみに。
のせ・ひろし 1952年生まれ。京都府立医科大学医学部卒業。京都府立医科大学助手、米国イエール大学医学部博士研究員、京都府立医科大学助教授などを経て現在、信州大学学術院医学系教授(疾患予防医科学系専攻・スポーツ医科学講座)。画期的な効果で、これまでのウオーキングの常識を変えたと言われる「インターバル速歩」を提唱。信州大学、松本市、市民が協力する中高年の健康づくり事業「熟年体育大学」などにおいて、約10年間で約6000人以上に運動指導してきた。趣味は登山。長野県の常念岳診療所長などを歴任し、81年には中国・天山山脈の未踏峰・ボゴダ・オーラ峰に医師として同行、自らも登頂した。著書に「いくつになっても自分で歩ける!『筋トレ』ウォーキング」(青春出版社)、「山に登る前に読む本」(講談社)など。