時事オピニオン 2018/02/02
生活保護基準の引き下げは、一億総貧困の引き金になる!
改悪の狙いは社会保障費全体を削ること
藤田孝典 (NPO法人ほっとプラス代表理事)
(構成・文/寺田喜美子)
2017年12月、厚生労働省は生活保護基準の5%引き下げを発表しました。この決定に多くの社会保障の専門家や弁護士などが反対し、撤回を求めています。貧困問題に取り組んでいるソーシャルワーカーの藤田孝典氏に、今回の改定の問題点を聞きました。
なぜ生活保護基準の引き下げは問題なのか
生活保護基準とは、生きていく上での最低限必要な生活費の水準を指します。生活保護費のうち、食費や衣服費など日々の生活に必要な生活費を「生活扶助」といい、5年ごとに見直しがされています。2017年、その生活扶助の見直しが行われ、同年12月、最大5%の引き下げが決まりました。
生活保護世帯は、2017年10月時点で約164万世帯、延べ人数で約212万人になります。生活保護基準の引き下げは、この212万人だけの小さな問題だと思われがちですが、実は、生活保護を受けていなくても、所得が少なくなった場合に利用できる制度はたくさんあり、その多くの受給要件が生活保護基準をもとに決められています。
自治体によって異なりますが、例えば、小学校や中学校への就学援助を受けられる世帯は、所得水準が生活保護基準の1.3倍以下などと決められています。つまり、生活保護基準が引き下げられれば、就学援助が受けられる所得水準も引き下げられ、これまで受けていた就学援助を受けられなくなる世帯が出てくるのです。
また、住民税の非課税基準も同様に下がるため、今まで課税されなかった人が課税されることにもなります。加えて、保育料や医療費、介護保険料などの非課税世帯に対する優遇措置も対象から外れるので、さらに負担は増えることになります。
今回の生活保護基準の見直しで影響が出るとされる制度は国だけで30以上あり、各自治体の独自制度を含めると数はさらに増えます。
このように、生活保護基準の見直しは、生活保護世帯に対する影響はもちろんですが、関連制度利用者への影響の大きさに注意すべきです。これによって生活に影響が出る人は、生活保護受給者を含めて、約3000万人にも及ぶと言われています。生活保護基準を下げることは、支援の対象者を減らすことであり、生活が苦しくても法的には困窮者とは認められなくなることを意味します。
今回の改正によって、額面で160億円ほどの財源が浮くと試算されていますが、関連する制度の引き下げ分も加えると、さらにその10~20倍になるのではないかと言われています。まさに、政府の狙いは、対象者の少ない生活保護基準を引き下げることで関連制度の基準も引き下げ、社会保障費全体を削ることなのです。
影響は最低賃金にも
また、所得の高低に関係なく影響が出る制度があります。「最低賃金」です。生活保護基準は最低賃金とも連動しており、双方の整合性が常に問われています。近年、最低賃金は政策によって上がる傾向にありますが、生活保護基準が下がれば今後は上がりにくくなるかもしれません。また、最低賃金は時間給のパートやアルバイトだけではなく、月給をもらっている社員にも関係します。時間給に換算して月額給与に適用されるので、給与も上がりにくくなるでしょう。決して、生活保護世帯だけの問題ではないのです。
2012年以降、緩やかに景気は回復していると言われていますが、実感がない人の方が多いのではないでしょうか。実際、生活保護基準以下またはそれよりも少し上という低所得層の増加傾向は変わらず、さらに拡大を続けています。15年の1年の所得が200万円以下の世帯は19.6%、300万円以下の世帯は33.3%で、平均所得(545万8000円)を下回る世帯が全世帯の60%以上にのぼります(厚生労働省「平成28年度 国民生活基礎調査」より)。シングルマザーや高齢者世帯、非正規雇用の若者など、働いていても収入が生活保護レベルを超えない世帯は年々増加しており、かなり厚い低所得者層が形成されているのです。
12年に起きた生活保護バッシングを覚えているでしょうか。
長引く不況から、生活保護費より低い生活費で暮らしている人たちが多く存在することが明るみに出ました。政府はこれを改善することはせずに、逆にこれまでにない大幅な生活保護費の削減を実施し、15年までに生活扶助費が最大で10%削減されました。
それまで、一般世帯や収入下位20%の一般世帯、生活保護世帯のそれぞれの消費額と比較して決められていた生活扶助費の額の算定方法を、下位10%の低所得者層との比較に変更したのがこのときです。これによって出した数字を根拠に10%の削減が決められたのです。当時も、生活保護基準以下の低所得世帯の消費額と比較することの意味が大きく問われ、これを違法として国を訴える裁判が現在でも全国各地で行われています。
そして、今回、さらに追い打ちをかける生活扶助費5%の引き下げです。これがどのような結果をもたらすのかは明らかではないでしょうか。
はじめに、生活保護基準とは、生きていく上での最低限必要な生活費の水準だと言いました。それは、「ぎりぎり死なない程度に食事が取れればいい」という意味ではありません。憲法25条で保障しているのは、「健康で文化的な最低限度の生活」ができる水準です。誰かとたまには映画を観たり、外食したりできる暮らしです。「生活保護費は高いから下げろ。最低賃金を上げろ」という主張は矛盾しており、結果的に自分の首を絞めていくことになるのです。
本当に怖いのは東京オリンピック閉幕後だ
2020年8月開催の東京オリンピックを前に、日本は建設業を中心に好景気が続いています。また、12年に始まった景気拡大は、高度成長期の「いざなぎ景気」を超えたとも言われています。一方で、東京オリンピック閉幕後の雇用悪化や景気落ち込みが今から話題になっています。これはオリンピック特需が終わるからですが、さらに懸念されるのは、21年までに実施される各種財政維持のための引き締め対策です。
生活保護基準の引き下げを含めて、今後、次の4つが実施されます。
(1)年金改革法によるキャリーオーバー制の導入(2018年4月~)
16年12月に成立した年金改革法では、年金給付の水準を調整する「マクロ経済スライド」方式の見直しが決まりました。これまでは、賃金や物価の上昇が小さく、スライド調整率を適用すると前年度の年金額を下回ってしまう場合、下回った分のスライド調整率は適用されず、年金額が下がらないように調整されてきました。
しかし、18年4月以降は、前年度の年金額を下回る分のスライド調整率は、これまで通り適用はされませんが、持ち越されることになり、賃金や物価が大きく上昇したときに、その年のスライド調整率に加えて改定率を決めるキャリーオーバー制が導入されます。これによって、景気が大きく上昇しても年金支給額はこれまでのようには上がらず、低く抑えられることになります。
(2)生活保護基準を最大で5%引き下げ(2018年10月~)
今回の生活保護基準の引き下げは、すぐに実施されるわけではありません。18年10月から3年をかけて段階的に行われ、最終的に20年に最大で5%が引き下げられます。生活保護世帯の約67%が減額される想定ですが、オリンピックの年が最も厳しくなります。
(3)消費税率が10%に(2019年10月~)
19年10月に消費税率が10%に引き上げられます。
これによって約5兆円の増収が見込まれますが、このうち約2兆円は国の借金返済に使われ、2兆円は教育無償化などに、1兆円が社会保障費に使われるとされています。この増税に対して、自由民主党と公明党以外は反対または凍結を主張しており、また延期するのではないかとの声も聞こえてきます。
これまでは消費税率が上がるとき、消費に大きな影響が出ないように生活保護基準も引き上げるような対応もされてきましたが、今回は低所得者対策として食品などの軽減税率の導入も検討されています。しかし、消費税は低所得者ほど所得に占める生活必需品の割合が高くなるので税負担が重くなると言う、消費税の逆進性が指摘されています。
(4)年金改革法による「賃金・物価スライド」の新ルール(2021年4月~)
16年12月の年金改革法では、もう一つ、毎年行われる年金額の改定ルールが変更になりました。これまでは、物価が上がったのに賃金が下がった場合は年金額は据え置き、賃金と物価の両方が下がった場合は物価の下げ幅に合わせて年金額が下がりましたが、21年4月以降は、すべて賃金の下げ幅に合わせて引き下げられます。つまり物価が上がっても賃金が下がった場合は賃金の下げ幅に合わせて下がり、物価よりも賃金の下落が大きい場合も賃金の下げ幅に合わせて年金支給額は下がります。これによって現役世代の年金はある程度確保されますが、年金受給者にとっては支給額の減額になります。
このように、20年東京オリンピック景気の盛り上がりの影で実施されるのは、財政を維持しつつ、少子高齢化でかさむ社会保障費を抑制するための政策です。続く25年には、団塊の世代が75歳以上になり、35年には国民の3人に1人が65歳以上の高齢者になります。社会保障費は雪だるま式に増えていくとはいえ、どこまで削減を続けていくのでしょう。
講演で全国を回ってみてわかったことですが、すでに高齢化率30~40%という地域も少なくありません。こうしたところでは年金と生活保護支給が経済の資本になっています。その支給額を減らすということは、地方経済にとっても大きな打撃です。
17年にOECDが発表した調査結果では、日本の貧困率は12年の16.1%から15年には15.6%と少し下がりました。しかし、貧困ラインは122万円のまま変わらず、貧困率もOECD(経済協力開発機構)加盟国の平均11.4%よりも高いままです。貧困率は、その対策に予算をかけない限り、決して下がることはありません。具体的には、所得再分配政策、つまり税金を上げてその分を再分配しない限り、貧困率は下がらないのです。
しかし、政府は大きな反発を恐れて税金を上げられない。財政危機で配分する予算がないので、いまある予算のどこかを削るしかありません。どこを削るか、常に足の引っ張り合いです。今回の生活保護基準引き下げは貧困率を下げるどころか逆行しています。これがさらなる悪循環を生み、格差拡大を加速する契機になることが心配です。もはや「一億総貧困」が大げさなあおりではないところまできているのです。
とはいえ、以前に比べて、生活保護受給者に対するバッシングが減ってきているのは救いであり希望です。社会保障費がどんどん削られてきて、限界が近づいているからでしょう。政府は世論の方向性を見ています。今回も最初に厚生労働省が提示した13%引き下げが5%に下位修正されました。これをさらに4%や3%に下げていくことは不可能ではありません。
そのためには、声を上げていきましょう。たとえば、Twitterで生活保護費や社会保障費の削減に反対する意見をリツイートするだけでもいいのです。近いところから「まずいよね」と声を上げる人が増えていくことで世界は変わるのです。