2020.8.25 AERA 井上有紀子
水分補給以外にも、手軽にできる意外な熱中症対策がある。それは「手のひらなど体の末端を冷やす」ことだという。AERA 2020年8月31日号から。
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連日、熱中症による救急搬送や死亡が相次いでいる。8月に入り35度を超える猛暑が各地で報告され、40度を超えるケースまである。全国では10~16日の1週間、約1万3千人が搬送され、死者は30人に上る。
今年は新型コロナウイルス感染対策のため、例年より熱中症リスクが高い。マスク着用で汗が蒸発しにくい。外出を控えて室内で過ごす時間が増え、体が暑さに慣れていない。
熱中症での救急搬送は例年、屋内が最も多い。気づかぬうちに室温が上がっていたり、エアコンを止めて寝ている間に熱中症になったりするケースもある。
まめな水分補給が呼びかけられているが、現代の熱中症対策は水分補給だけでは不十分だという。神戸女子大学の平田耕造教授(被服環境生理学)は言う。
「暑いと皮膚から出た汗が蒸発し、体温を下げる働きをするため、水分補給の重要性が訴えられてきました。ですが、今の日本は湿度が高いまま気温が上昇し、昔より暑く感じるようになりました」
多湿のため汗をかいても蒸発せず、大粒の汗を顔からポトポト落とすことになる。
「熱を放散できないまま、汗と一緒にミネラルを失ってしまいます」
そこで活用したいのが、体を効率よく冷やす方法だ。暑いとき、脇や首筋、そけい部を冷やすと気持ちいい。だが、より速く体を冷やすとの研究結果があるのは、意外にも手のひらや足の裏、頬など体の末端だ。手のひらなど体の末端を走る「AVA(動静脈吻合・どうじょうみゃくふんごう)血管」が、体の内部を効率よく冷やすという。
AVA血管は、動脈と静脈をつなぐバイパスで、体温を調節する。手のひら、足の裏、指、頬、まぶた、鼻、唇に流れている。血流量は、毛細血管の1万倍もある。AVA血管は普段は閉じているが、体温が高くなると大量の血液を流して熱を放出する。そのため、体の末端を冷やすと、冷えた血液が大量に全身をめぐり、体温上昇を抑えることができるのだ。
「特に手のひらは容積の割に表面積が大きいため、AVA血管が多い。しかも服に覆われていないので、冷やしやすいというメリットがあります」(平田教授)
注意すべきなのは、冷やす温度だ。冷たすぎると血管が収縮して、かえって血流が悪くなる。
「体に当てて痛いのならば冷たすぎます。気持ちいいと感じるくらいが適温で、概ね15~20度くらいとされています」(同)
平田教授のおすすめは、暑いと感じたら流水に手をつけること。出勤時なら手洗いがてら水道水で涼をとるのでもいい。
冷やした水入りペットボトルを握る方法もある。昨夏の甲子園では、選手がベンチで手のひらで転がすなどして、体を冷やした。冷凍した保冷材をタオルで巻き、握るのもいいという。
ペットボトルや保冷材は、時間が経てばぬるくなるが、今年に入り続々と、炎天下でも数十分~数時間、冷えた温度を保つ「蓄冷材」が発売されている。
大阪市の松浦工業は今年、「アイスバッテリー」を発売。スポーツメーカー「デサント」とシャープも、「適温蓄冷材」を入れたグローブ型の「コアクーラー」を共同開発した。触れたり、握ったりして、体を冷やす。運動や散歩のとき、寝苦しい夜にも効果が期待できるという。
スーパーラグビーの日本チーム「サンウルブズ」のチームドクターとして、熱中症の予防に取り組んできた坂根正孝医師(筑波学園病院)は、「手のひら冷却は、米国ではプロフットボールNFLや大学バスケットボールチームが採用しています。適温で冷やすだけなら、一般の人も『ながら』で熱中症対策ができる」と歓迎する。
暑さを感じたら手のひらを冷やす。それが熱中症対策の新常識だ。(ライター・井上有紀子) ※AERA 2020年8月31日号