分子生物学者 河田昌東さんに聞く
「しんぶん赤旗」2021年6月5日
生態系に影響 厳密な科学的検証を
昨年12月、日本で初めて「ゲノム編集」技術で開発された作物の届け出が受理されました。高ギャバトマトです。今年5月には開発企業が5千人の希望者に苗を無償配布しました。安全性に問題はないのか、分子生物学者の河田昌東(まさはる)さん(遺伝子組換え食品を考える中部の会)に聞きました。(徳間絵里子)
―高ギャバトマトとはどんな作物ですか。
血圧の上昇を抑える働きがあるという物質「ギャバ」の含有量を増やすように、ゲノム編集したトマトです。開発したのは筑波大学の江面(えづら)浩教授です。同教授が取締役を務めるベンチャー企業・サナテックシード社が農林水産省と厚生労働省への届け出を行い、市場流通が受理されました。
特定の遺伝子破壊する技術
―ゲノム編集とはどんな技術ですか。
遺伝子組み換えに代わる新たな品種改良技術として、ここ10年で世界的に注目を集めています。特定の遺伝子を破壊したり置き換えたりすることが可能で、効率のいい技術といわれています。たとえば、家畜や魚の筋肉増加を抑制する遺伝子を壊すことで、筋肉隆々の豚や肉厚のマダイなどの開発が日本でも進んでいます。
しかし、標的外の遺伝子まで切断してしまう「オフターゲット」と呼ばれる副作用が起きることがあり、現在の技術では防げません。江面教授は高ギャバトマトについて自身の論文で「55カ所にオフターゲットの可能性がある」と認めていますが、ゲノム全体の検証がどこまで行われているかはわかりません。
また、ゲノム編集の過程では必ず「抗生物質耐性遺伝子」が使われます。抗生物質に対する耐性(抗生物質が効かなくなる性質)をもつ遺伝子のことで、安全審査では耐性遺伝子が取り除かれているかのチェックが必要です。高ギャバトマトではこの遺伝子を除去したと主張していますが、根拠は非公開です。
―高度な技術ですが、問題点も多いのですね。
オフターゲットや抗生物質耐性遺伝子の有無を判断するには、厳密な科学的チェックが欠かせません。
今後、遺伝子操作されたトマトの栽培が全国5千カ所で始まります。在来種トマトと花粉による交雑が起きても区別はできず、ゲノム編集作物の自生により、生態系のかく乱が懸念されます。
審査も表示も政府は不要と
―国による規制はまったくないのですか。
政府や推進派の学者は「ゲノム編集は従来の突然変異と変わらない」と主張し、安全審査も表示も不要としました。開発企業は国と非公開の事前協議をもち、ここで許認可の合意形成ができれば、商品化が認められてしまいます。
動物実験もなく、企業の利益優先、スピード優先になっていると思います。アレルギーなど安全上の問題が起きたら誰が責任をとるのでしょうか。安全性について未解決の問題を抱えたまま商品化が進めば、事実上の人体実験となり、取り返しのつかない禍根を残すでしょう。
事前協議で出されたすべてのデータを公開し、第三者による検証の機会をもつべきです。
苗の無償配布に抗議行動
サナテックシード社前
4月22日、サナテックシード社(東京都港区)前で市民による抗議行動がありました。日本消費者連盟(日消連)と「遺伝子組み換え食品いらない!キャンペーン」が呼びかけたものです。
日消連事務局長の纐纈(こうけつ)美千世さんは「ギャバを摂取するのにゲノム編集トマトを食べる必要はなく、野菜や果物から十分に摂取できます。必要ない需要をつくり出しているだけ。ゲノム編集食品が広がることは絶対に許せない」と話します。
農民運動全国連合会の事務局次長・藤原麻子さんは「もし近くに無償配布の苗が植えられたら、意に反して交雑が起きる可能性がある。風評被害も心配だ」と有機栽培農家の声を紹介。「安全性が確認されない作物は作りたくない」という生産者の思いを訴えました。
「食べもの変えたいママプロジェクト」の廣内かおりさんは「自然環境を壊す恐れがあるのに、苗をばらまくのは無責任。子どもたちに食べさせたくない」と声をあげました。
遺伝子組み換え食品いらない!キャンペーンの天笠啓祐(けいすけ)さんは訴えます。「ゲノム編集食品に安全性や環境への評価が必要ないのは問題です。規制がないまま流通させるのは危険だと、抗議の声を広げていきましょう」
ベニバナイチャクソウ。
園内に群生していました。