Imidas連載コラム 2022/05/03
あなたは相手から次のようなことを言われたことはありませんか?
「あなたのしていることはDV(モラハラ)だ」
「あなたが怖い」
「なぜそんなにすぐ怒るの?」
「私のせいにしないで!」
「あなたは家事や子どものことを何もやってくれない」
これらを何度か言われたことがあったら、あなたはDVをしているかもしれません。
この言葉は、DV被害女性をサポートする一般社団法人「エープラス」のサイトに書かれたものである。
2006年から活動する「エープラス」は、多くの女性たちに寄り添ってきた。そんな「エープラス」代表理事は、本連載の「なぜ、セクキャバに行った彼はDV加害者プログラムへ通うのか」(21年12月)にご登場頂いた吉祥眞佐緒(よしざきまさお)さん。
彼女は私にとって、最も尊敬する支援者の一人だ。コロナ禍の女性不況、「女性による女性のための相談会」でご一緒し、間近で彼女の女性支援を見てきた。
常に女性に寄り添い、しかし、行政に対して主張することは主張する。そんな吉祥さんは私にとって「強い女性」「NOと言える女性」の代表格のようなものである。
だからこそ、「なぜDV支援を?」という問いへの答えに驚いた。「自分が被害に遭って大変だったから」と言うではないか。今、こんなに強く見える彼女がDV被害者だったなんて。
ちなみに、「エープラス」で支援活動をする女性たちは、全員DV経験者。
「DVなんて無関係」と思っているすべての男性、そしてパートナーといい関係でありたいすべての女性たちに読んでほしい。
01年、この国ではDV防止法が施行された。04年に成立した改正DV防止法(配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律)では、殴る蹴るの身体的暴力だけでなく、「罵る」「バカにする」「大声で怒鳴る」などの精神的暴力もDVに含まれることが明記された。
現在52歳の吉祥さんがDVに悩んでいたのは2000年代前半、30代の頃。夫から直接的な暴力はなく、精神的暴力だった。子ども5人を抱える専業主婦だった彼女は役所などに相談するものの、「あなたのはDVじゃない」と言われ続けたという。
「役所も警察も、『殴られてないからね』って。『気にしすぎ』『あなたが夫をうまく操縦すればいい』『でもあなたの場合はDVじゃないからシェルターに入れない』って言われて……。その頃は行政にも女性への偏見があって、『生意気なことばっかり言ってるから夫さんそりゃ怒るよね』って感じで、本当に悔しかったです」
精神的DVだけでなく、夫は家にろくにお金を入れなかった。経済的DVだ。しかし、世帯収入が高いので、公的支援は何一つ受けられない。離婚を考え、保育園に子どもを入れて働こうと思っても、夫の収入が高いので保育料も跳ね上がる。
困り果てていたある日、離婚のきっかけとなることが起きる。深夜に酔って帰った夫が家で暴れたのだ。たまらず110番通報した彼女は、警察署で事情聴取を受け、「このまま実家に行きなさい」と説得される。家で寝ていた子どもたちを迎えに行きたかったものの、警察は「次の日でいい」。夫に頭を冷やしてもらおうと実家で一泊し、翌日、子どもを迎えに行こうと警察に連絡したところ、返ってきたのは「子どものことはもう忘れろ」という信じがたい言葉。
「騙された! と思いました。上の子2人は小・中学生で携帯持ってたんで合流できたけど、すぐに夫が家の鍵を替えて、下の子3人とそのまま会えなくなっちゃったんです」
この時点で、下の3人は0歳、1歳、2歳。これまで子どもの世話をしてこなかった夫のもとに乳幼児3人が残されてしまったのだ。
慌てて役所に相談するものの、「警察の対応が正しい」の一点張り。それだけでなく、「一瞬でも子どもと離れたあなたが悪い」と悪者にされてしまう始末。
とにかく、一刻も早く子どもを取り返さないと。離婚調停と同時に監護権者(子どもと一緒に住んで養育を行う人)の指定と子の引き渡し審判申し立てを始め、また、今後の生活のために住む場所も探した。
が、夫から逃げている上、今は2人の子連れだけどゆくゆくは子どもと6人で暮らしたいという「訳あり」な女性に部屋を貸してくれるところはなかなかない。
一方、DVシェルターに入るという選択肢もあった。DVシェルターとは、DV被害者を保護する施設で2週間ほど滞在できる。その間に住まいを見つけて出ていくという流れだ。が、中学生の息子がいる吉祥さんは入れなかった。小さな子どもだったら一緒に入れるが、中学生男子ともなると他の入所者が怖がる可能性があるからだ。役所から言われたのは、「子どもは児童相談所が預かるか、友達の家を渡り歩いてもらって2週間過ごして」というありえない選択肢。「無理です」と言うと、「あなたにできることはありません」で終わり。
「中学生の娘」であればシェルターに一緒に入れただろうに、息子という理由で入れない。これはDV支援における大きな落とし穴ではないだろうか。
ここまでで、彼女を助けてくれた行政や制度、支援団体は何ひとつ、なかった。そんな中、彼女は痛切に思ったという。
「役所は役に立たないし利用できる制度もない。この時、自分の問題が解決したら、自分がしてほしかった支援を実現してやるって思いました」
その後、紆余曲折を経て、彼女は5カ月ぶりに下の3人の子どもも取り戻す。両親に子の世話を任せきりだった夫が、離婚調停で子どもを渡すことに合意したのだ。離婚も成立、部屋も借りることができ、母子6人でやっと新しい生活が始まった。
が、それで終わりではなかった。ある日、彼女がつとめる会社に夫が怒鳴り込んできたのだ。彼女が週刊誌で取材を受けたDV被害についての記事が目に入り、激怒したらしい。数日後、そのことを知った彼女は「穴があったら入りたいくらい恥ずかしくて」会社に行けなくなる。もう辞めるしかないと思っていたら、意外なことが起きた。
「社内の人から励ましの社内メールがたくさん来たんです。私もDV受けてますとか、週刊誌読みました、同じ経験ありますとか」
それがきっかけで、メールをくれた女性たちと集まるようになった。その集まりがのちの「エープラス」になっていったのだという。
「そこで、お互い大変だったよねって話したり、こういう制度が使える、こういういい弁護士がいる、夫にこう言われたらこう返せとか情報交換をしたんです。それが本当に心強くて。今まで酷い目に遭ったけど、私が受けたかったサポートはこういうものなんだなって」
そのうちに、社内外からも相談が入るようになる。公民館を借りて相談を受けるようになり、団体名が必要だということで「エープラス」と名乗るようになったのが06年。また、新たな知識を得るためにみんなで手分けして勉強会に参加するようになり、そこで吉祥さんが運命的な出会いを果たしたのが「加害者プログラム」だった。
「その勉強会に行った時、頭をガーンと殴られた気がしました。DV加害者だった男性たちがプログラムを受けて変わりつつあり、また夫婦で暮らしているという話をしていて『これだ!』って思いました。私は、当時は夫が変わってくれたら離婚したくなかったんです。でも、役所の人には『そういう考えは甘い』って言われて。DV防止法にのっとった支援では、相談→保護→離婚というのが王道で、別れない選択肢はないんですね。でも私は、DV被害に遭っても別れないって選択肢も必要だと思ってたんです」
そうして吉祥さんは加害者プログラムを学び、自らが「実施者」となる。ちなみにこのプログラムは30~40年前、アメリカやカナダ、北欧で始まったもの。日本では02年に導入された。
参加するのは加害男性だが、自ら来る人はほとんどいない。「これを受けるか、離婚するか」を妻に突きつけられ、最初は嫌々参加する。3回の面談で本気度を確認し、心理教育もする。どのような言動がパートナーを怖がらせるかを認めて理解し、また、イラッとした時にはその場を離れるという「タイムアウト」などの訓練にも取り組む。男性の本気を確認すると、週1回、最低52回のプログラムが始まる。加害男性数人でグループとなり、「どうやってDVを身につけたか」「暴力で人を支配できると知ったのはいつか」などを振り返り、教材を使いながら「パートナーのダメージを理解」し、「暴力のない関係性を作るにはどうするか」学んでいく。52回が終わっても卒業とは限らない。卒業の条件は、暴力や支配ではない対等の関係が築けて、かつ妻のOKが出ること。現在、最長で12年通っている人もいるという。
「見ていると、加害者は作られていくということがよくわかります。人によって何歳頃、どういう影響を受けたかも違うんですが、みんなトラウマに近いような体験を持っている」
この言葉に同意する男性は多いのではないだろうか。例えば私の中学時代はヤンキー全盛期で、男子生徒の間では血で血を洗うような暴力やリンチが横行していた。その中で深く傷つきながら暴力を刷り込まれた人も少なくないだろう。そんな男性が一度も暴力を否定されることなく大人になることは、この国ではよくある光景でもある。
さて、そんな加害者プログラムを受けると、離婚以外の選択肢ができる。別居から同居に戻ったり、離婚になったとしても、「子育てでは協力しあおうね」と対等な関係が築けることも多いという。
加害者プログラムと同時に吉祥さんが大切にしているのが、被害女性の支援だ。「わかちあいの会」という名前で定期的にサポートグループが開催されている。
「自分の被害を語ってそれを俯瞰して見たり、励ましあったり、“DV あるある”みたいな話をしてお互いの信頼関係を築く。また、どんな理由があっても、暴力は振るった人に責任があることを知る。それができると、女性にすごく力が戻ってくるんですね」
別の効果もあるという。
「DV被害者は、その後、職場でパワハラ被害に遭うことが多いんです。人間関係で下に入り込むことに慣れているので、不機嫌オーラを出す人の機嫌をとったりしてしまう」
相手を刺激させない作法が染み付いてしまっているのだ。だからこそ、サポートグループで本来の自分を取り戻していく。
「あと、新しく好きな人ができた時に絶対被害に遭わないようにするのも大切です」
それは聞き捨てならない情報だ。どうしたら、DV被害を避けられるのだろう?
「やっぱり、嫌なことはちゃんと嫌と言う。こんなこと言ったら嫌われるかも、と思っても大事なことは伝える。それが通じない人は加害者になる可能性があるから早めに縁を切る」
シンプルで、当たり前のことだけど、恋愛の場面になるとなかなかできないことでもある。加害者も被害者も、「若い頃にこういうことを知っていれば加害しなかった、被害を受けなかった」と口をそろえるという。このようなことを、中学校や高校などに出向いて講演することもある。
被害者支援を続ける中で、吉祥さんは様々な知識を身につけた。離婚した後の生活の基盤を整えるための各種制度。シングルマザーが使える貸付金や職業訓練。今はそんな知識を活かして都内某区で相談員もやっている。「エープラス」の活動はボランティアというから、フリーランスの女性支援活動家と言っていいだろう。こういう活動をする女性が安定した収入を得られ、もっともっと増えていけば、DVだけでなく、ゆくゆくは母子心中や女性の自殺、子どもの虐待死なども減らせるのではないだろうか。
今、コロナ禍でDVは増加の一途を辿り、相談件数は1.6倍と言われている。
「今までお互い見ないふりができたのが、在宅になって顕在化したんだと思います。話を聞くと、こんなに夫婦で大事な話をしてない人が多いんだって思います。自分もそうだったからわかるんですけど、大事な話ほど怖くて言えない。お金の話とか子どもの教育方針とか。この話をすると機嫌悪くなるってわかってるから余計できないんですよね」
この言葉に頷く女性は多いはずだ。だけど頷いたとしたら、関係の中で見直すべき点があるのかもしれない。
さて、夫から逃げた日、0歳だった子どもはもう17歳。この十数年、彼女は1日2升の米を炊き、毎日6回洗濯しながら子育てと家事をし、仕事と支援活動を続けてきた。子どもが多かったからこそできたという。子ども同士の家庭内コミュニティができていて、それぞれが助け合っていたのだ。
女性支援を「ライフワーク」と語る彼女に、今後の目標を聞くと、彼女は即答した。
「二次被害をなくす。『あなたも悪かったよね』って言う支援者をなくす。暴力はどんな理由があってもやった人に責任があるってことを、誰もが口にできるようにしたい」
彼女の言葉を、深く深く、胸に刻んだ。
不安定な天気が続く。明日から晴れマークが並んでいる。明日からトマトの定植作業を始めようか・・・・
フキが伸びてきた。
今晩のおかずに。今季初もの。