今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
5月7日のNHK日曜討論「いま話し合おう 子ども・若者とお金」では、小倉こども政策担当大臣と、社会保障を専門とする大学教授や、子育てや若者の問題に取り組むNPOの関係者などが、少子化対策について議論を交わした。
放送後、論者の一人として番組に出演していたある大学院生の発言にSNS上で大きな注目が集まっている。中には、「大臣よりも現状を理解している」「忖度なしの意見が爽快だった」といった意見が多数見られた。彼女の発言を切り取った動画は、SNS上で1000万回以上再生されている。
注目を集めたのは、NPO法人POSSEで奨学金問題など若者の貧困問題に取り組む、一橋大学院生の岩本菜々さんだ。日々の相談活動から見えた現場の実態をもとに、小倉大臣を前に若者の貧困の現状を訴え、討論を挑んだ。
彼女が述べた意見とはどのようなもので、なぜ「一人の大学院生」の発言が、これほどまでに反響が寄せられたのか。日曜討論で彼女が本当に伝えたかったこととは何なのか。本人に話を聞いた。
番組内で交わされた「論戦」の中身
まずは、小倉大臣と岩本さんの論戦の内容を見ていこう。
【若者の貧困対策について】
小倉大臣は、「異次元の少子化対策」と銘打つ少子化対策のたたき台について「将来を考えると子供を持つこともできないという社会構造を変えて対応していく」と、自身の政策をアピールした。
それに対し、岩本さんは「全く『異次元』の少子化対策とは思えない。若者は貧困によってあらゆる機会を奪われているが、そこに対する対応が全くなされてない」と指摘。数千件の奨学金返済者の声を聞いてきた立場から、奨学金返済の過酷な実態を明快に指摘した。
まず、学生の3人に1人が平均およそ300万円の奨学金を背負い、3割の人が低収入による延滞を経験していると指摘。それに対し、今回の少子化対策では「月々の返済額を減額することで、債務の返済を先送りにする」措置の拡充など、その場しのぎの対策しか行われていないことを批判した。
これに対し、小倉大臣は給付型奨学金の拡充もプランに入っていると反論している。確かに、給付型奨学金の拡充は、奨学金問題を解決するうえで重要な対策だろう。
しかし、岩本さんはさらに畳みかけた。
このコメントは、「今現在」返済に苦しんでいる若者たちの心に大きく響いたようで、SNS上での反響がみられる。もし、岩本さんがこの発言をしなければ、「現在の返済者たち」は議論の置き去りにされていたのだろう。
【社会保障の財源について】
次に、番組では「少子化対策を実行するためには数兆円規模の財源が必要になる」との試算が紹介され、税・社会保険・国債のどこを増やして予算を確保するのかが議論となった。
これに対し岩本さんは、「今の予算の優先順位」の話が一切されていないことを痛烈に批判した。この点は、特にSNS上での反響が大きかった点だ。なぜ、五輪や防衛費では予算が議論されないのに、社会保障では予算の議論から始まるのか。たしかに、ここはメディアの姿勢も含め大いに疑問が募るところだ。
【高齢者と若者の対立について】
「予算」の問題と関連し、若者と高齢者の「給付と負担のバランス」についても話題となった。番組では、高齢者関係の給付が増え続けている一方で、児童・家族関係の給付は少ないというグラフが示された。
他の出演者が「高齢者にはこれだけ潤沢に予算が使われていることに驚いた」「高齢者の医療や介護では無駄なところにお金が使われているため効率化をすべき」などと論じる中、岩本さんは「予算を高齢者に振り向けるのか、若者に振り向けるのかという二者択一を迫ること自体が『罠』だと思う」と反対意見を述べている。
高齢者の介護や年金も全く十分でない」ことを史的(指摘?)し、番組の用意した「筋書き」そのものに疑問を呈した形だ。高齢ワーキングプアが増え、労働相談の現場でも生活できるだけの年金をもらえず80歳になっても働いている人から相談が寄せられている実態を訴え、若者と高齢者の対立を煽る論調に警鐘を鳴らした。
こうした論戦を受け、SNS上では岩本さんの発言に大きな反響が寄せられた。下記はその典型的な例だが、「本当のことをいってくれてありがとう」という言葉がSNS上にはあふれていた。
このように、放送後はSNS上で大きな反響が寄せられた。特に、大臣を前に堂々と「正論」を学生が貫いたことへの反応は大きかった。曰く、「大臣を学生が論破している」、「大臣、岩本さんが発言しているときは目が泳いでいる」といった具合だ。これに対しては、地方議員などを含む野党関係者たちからも喝采が送られていた。
共産党の機関紙「しんぶん赤旗」(2023年5月12日)では、「(岩本菜々さんは)閣原をゲストにして岸田政権の政策を補足説明し、宜伝しようとした番組の意図に反して、政府が若者の実態を見ていないことを浮き彫りにしました」と同党の非関係者に対し、異例の賛辞をおくっている。
岩本さんは、こうした反響をどのように受け止めているのだろうか。以下は、放送後の反響を受けて、筆者が岩本さん本人に聞き取った内容である。
ー「日曜討論」での発言が話題です。なぜこれだけ反響が広がっていると思いますか。
これだけ貧困が広範に広がる中で、今の政府がその場凌ぎの対策しか取っていないことは明白です。それにも関わらず、その対策の不十分さを正面から指摘する人はほとんどいません。番組でも、登壇者の発言の多くは政策に対する同調、あるいはやんわりとした提言にとどまっていました。そんな中で、私が現場の実態を踏まえて今の対策の不十分さについて率直に意見を述べたことで、それに共感してくれる人が多かったのではないでしょうか。
この番組を見ていた、奨学金を抱えていたり、ブラック企業で働いていたりする学生や若者が、「おかしいことは"おかしい”と言っていいんだ」「ただの学生でも声を上げられるんだ」と気が付いてくれるきっかけになったのなら嬉しいです。
ー討論全体を振り返って、どうでしたか。
誰も真剣に若者の貧困問題に向き合っていない、と感じました。
私の問題提起にきちんと応答せず、論点をずらしてはぐらかし続ける大臣の様子や、「今起きている問題をどうするのか」という問いから入るのでなく「財源があるのかないのか」「若者と老人の対立があるかどうか」などという、まるで言葉遊びのようなテーマの中で空中戦が繰り広げられる様子には、正直憤りを覚えましたね。
現場に立っている者として強調したいのは、貧困問題は「ディベートのお題」ではなく、現実の問題だということです。いま現実に貧困によって人生を奪われている人がいるのです。今この瞬間も苦しい思いをしている人がいるのです。そこを蔑ろにした議論には何の価値もありません。そこに切り込みたくて、現場で出会った一つ一つの相談を頭に思い浮かべながら問題提起をしました。
ー忖度まみれの政治を変えてくれる「新しい政治家」として期待を寄せる声もあります。
自分の代わりに不満を「代弁」してくれる人、政治家として社会を変えてくれる人、として期待され、「応援」されることには違和感もあります。私一人がいくら「正しいこと」を言ったからといって、それで社会が変わるわけではないからです。
一人一人が自分の学校や職場で声をあげ、社会運動のうねりを広げていくことでしか、状況は良くなりません。私は討論の最後に「労働組合に入って職場で声を上げるなど、身近なところで立ち上がる人を増やしたい」とコメントしました。
私が日曜討論で最も伝えたかったのは、この最後の一言でした。私たち皆が、自分たち自身で不当な状況と対決し、変えていく。そういう実践が今の社会にはあまりにも欠如しており、それが閉塞感につながっていると思います。
ー自分自身で声をあげるとは、具体的にはどういうことですか。
例えば、職場で賃上げを求めて声を上げるといったことです。今年の2月、ABCマートでパートで働く一人の40代女性が時給を20円「賃下げ」されたことをきっかけに、ユニオンに加入して立ち上がり、会社に賃下げの撤回と、インフレの中で生活できない状況を鑑みた賃上げを求めて交渉を申し入れました。
会社は当初賃上げを拒否し、同僚の多くも「どうせ変わらない」と女性を冷めた目線で見ていましたが、女性は他の会社で闘うユニオンの仲間たちの支援を受けながらストライキを決行しました。こうした闘いの結果、彼女はABCマートで働く5000人の非正規労働者全員の、6%賃上げを勝ち取りました。たった一人のストライキが、5000人の労働者の労働条件を変えたのです。
こうした直接的な行動により、私たちは政治が変えてくれるのを待つまでもなく、自分たちの貧困に対して声を上げることができるし、実際に変化を勝ち取ることができます。
参考:ABCマートでパート5千人の時給を6%「賃上げ」 「たった一人」のストライキから
ーとはいえ、自分で声をあげるのは大変です。選挙に行くのも社会を変える一つの方法ではありませんか。
私は選挙自体を否定するつもりはありませんが、これだけ社会保障の充実などを主張する、いわゆる左派政党がプレゼンスを失う中で、なお「選挙だけ」に希望を託し、政治家や選挙だけに期待するのは一種の「思考停止」だと思います。
労働運動や反貧困運動などの社会運動が停滞する中で、変化を望む人々は、足元で組織を作り、一歩ずつ社会を良くしていくという取り組みから離れ、ますます「選挙」「政権交代」に希望を託すようになりました。しかし、選挙中心の運動をこの10数年続けてきて、何か大きな成果はあったでしょうか?
政治的には自民党一強の時代が続き、左派政党は「野党共闘」を掲げて集合離散を繰り返しては選挙戦でも後退し続けています。
そうしている間にも、社会はどんどん壊れています。雇用は劣悪化し、普通に働いても生きていけない人が増えています。社会保障は拡充されるどころか削られており、民間のフードバンクには学生から会社員のワーキングプアまで、食料を受け取りに訪れる危機的な状況が広がっています。
ある日突然、左派政党の強力なリーダーが誕生して政権交代を成し遂げてくれ、奨学金が帳消しになり、経済が好転し、暮らしやすい社会がやってくる。そんな「偽りの希望」に縋っている時間はもうありません。私たち自身が行動を始め、自分たちが生きていける社会を作るための様々な社会運動を作り上げていくほかないと思います。
ー政治家でも専門家でもない、普通の人々が社会を変えるというのは、なかなか想像がつかない人も多いのではないでしょうか。
日本では社会運動が少ないため想像しにくいと思いますが、いま世界では、政治に頼るのでなく、直接行動によって社会を変えていこうという若者たちの動きが広がっています。
例えば、エネルギー価格の高騰でライフラインの値上げが続くイギリスでは、「Don’t Pay」という運動が広がっています。これは、光熱費の記録的な高騰に抗議して、光熱費を支払わないという誓いを立てる人を集め、目標人数に達したら一斉に皆で「光熱費の支払いストライキ」を行うという運動です。こうした直接行動により、イギリスでは社会運動が国の光熱費に対する対策を引き出し、エネルギー価格の上昇が抑えられています。
また、アメリカでも「The Debt Collective」という団体が中心となり、高すぎる学費が生活を圧迫し、有色人種や女性などのマイノリティの機会不平等を助長しているという不正義に抗議するために、学生ローンの支払いをストライキする「債務ストライキ」を繰り広げています。そのような直接行動の結果、バイデン政権は「学生ローンを一人当たり1万ドル帳消しする」と発表しました。
世界では、「ヒーロー」のような政治家や頭の良い専門家が変化を牽引しているのではなく、むしろ最も弱い立場にあると思われていた人々ーー電気代すら払えない困窮者たちや、学生ローンという多額の債務に苦しむ若者たちーーの直接行動が、政治の変化や社会の変化を引き出しているのです。
私はこうした世界の状況をただ傍観しているだけではなく、日本でも世界の動きに学びながら、「奨学金帳消しプロジェクト」や「ブラックバイトユニオン」などに加わる若者を増やし、自分たちで立ち上がって不公正な状況を変えていくという動きを広げて行きたいと思っています。
ー最後に、この記事を読んでいる同世代の若者に一言お願いします。
世界では生存が脅かされたり、格差に苦しんでいる人々が、不公正なシステムに対抗するために集団となって行動を起こし、より公正な社会を少しずつ実現しています。
誰か偉い人にお願いするとか、誰かに投票するとか、それだけのことに自分の力を切り縮めないでほしいと思います。自分たちでストライキをしたり、街に出て仲間を集めたり、記者会見で問題提起をしたりと、直接的に行動する方法はいくらでもあります。これらはすべて日本国憲法にも認められた立派な「権利」です。
そういう能動的な行動に一歩踏み出す人が一人でも多く増えることが、今の日本の閉塞した状況を変えていくことに繋がるはずです。
おわりに
岩本さんの「日曜討論」出演後、NPO法人POSSEだけではなく、各種の若者のボランティア・政治団体への若者のアクセスが急増しているという。
今回岩本さんの話を聞く中で、私は日本国憲法12条の「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」という条文を改めて思い出した。
私たちに認められた社会参加の「権利」は、狭い意味での「参政権」だけではない。表現の自由、結社の自由、労働権(団体交渉権やスト権)などさまざまな権利を私たちは保障されている。そうした権利を私たちが「能動的」にフル活用して、はじめて社会は守られる。
時間も方法も限られた「選挙」に限らず、さまざまなチャンネルから社会参加の道を模索していくことが、今、求められているのではないか。そしてそれが、ひいては「政治」の再生につながる道でもあるのではないだろうか。
相談・ボランティアを受け付けている団体
岩本さんが代表を務める「奨学金帳消しプロジェクト」
Mail:shougakukinsoudan@gmail.com
ボランティア・協力の連絡は、ホームページにある応募フォームまたはメールアドレスまで。
外国人労働問題や難民問題に取り組む「POSSE外国人労働サポートセンター」
Mail:supportcenter@npoposse.jp
*技能実習生や難民の方からの相談を受けつけ、日本で働く「外国人」に対する人権侵害をなくす活動に取り組んでいます。高校生や大学生の若者が中心となり、相談者からの聞き取りやアウトリーチ活動、調査や報告書の作成などを行って問題を明らかにしています。
ABCマートで5000人の賃上げを勝ち取った労働組合「総合サポートユニオン」
Mail:info@sougou-u.jp
*私立高校の教員、保育園の先生、スーパーで働く主婦パート、映像業界で働く人など、さまざまな雇用形態・職種の労働者が助け合い、労働環境の改善を求めています。常時相談を受け付けているほか、メンバーも募集しています。
03-6699-9359(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)
メール:soudan@npoposse.jp
Instagram:@npo_posse
*貧困・労働に関する相談を受け付けています。社会福祉士を中心としたスタッフが福祉制度の活用を支援します。また、訓練を受けたスタッフが労働法・労働契約法など各種の法律や、労働組合・行政等の専門機関の「使い方」をサポートします。貧困・労働問題に取り組むボランティアを募集しています。
活動日 (月)・(木)・(金) 10:00~16:00
食糧支援申込・生活相談用 070-8366-3362(活動日のみ)
*食料や活動資金の寄付も受け付けています。学生等のボランティアも常時募集しています。
ボランティア希望者連絡先
foodbanksendai@gmail.com
NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。
大きな労働組合は闘ってくれません。
自分自身が戦わなければ「権利」は保証されません。
「選挙」で変えるのではなく、今を変えましょう。
若者の力大いに期待できそうです。
日中は25度の夏日、でも朝の最低気温は3℃でした。
この討論を観たときに、大変恥ずかしく思いました。
こんなに若い方が、このようにしっかりとモノ申しているのに、私ときたら・・。
若い人もそうですが、今の大人たちもしっかりと声を上げていかないといけない・・。
これ以上、この国がダメになる前に、みんなでしっかりと声を上げていきましょう!
これが今の若者?
素晴らしいではないですか。
みんな助け合って生きていきましょう。
この討論は見ていませんでした。
こんな若者がいてくれることは、大きな希望ですね!
選挙戦の間、電話かけをしていてモヤモヤが拭いきれませんでした。
こんなふうに直接的に訴えることが大事なんだなと思います!
私たち大人も、直接的にできることをがんばっていきたいです。
選挙だけに頼って社会を変えようというのは、思考停止...まさにその通りです。私も昔からそう思って来ました。自ら行動しなければいけないのですよね。
でも私たちが育った環境といえば...小学校時代から、目立ったらだめ、みんなと同じにしないとイジメにあう、という中で育ちました。さらに「起立!礼!」「前へならえ!」方式で、周りに合わせるよう訓練されてきた。そういう人間に、大人になってから「自分一人で何かを始めなさい」と言ってもなかなか勇気が出ません。まずは「同志」がどこにいるのかを探って、見つけたら「一緒に」始めるやり方しかないのだと思います。
幸い今はインターネットがあります。仲間は昔より見つけやすいです。
ただいかんせん、もう時間がない!
もう時間がないからこそ楽しく生きたい。
連帯の中で。
社会が変われば、選挙も変るだろう。