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雨宮処凛がゆく!「どこにいますか?」「なぜ沈黙を貫いているのですか?」〜母と親友を亡くしたガザの若者からのメッセージ。

2024年10月17日 | 社会・経済

マガジン9 2024年10月16日
  https://maga9.jp/241016-3/

    ジェノサイドが開始された10月7日から、丸一年経ちました。

    この一年で、私たちは前例のない規模の破壊を目撃し、愛する者たちを失い、かつて美しい思い出に溢れていた私たちの人生は悪夢へと一転しました。

    私たちはこの悲劇の中心を生きています。

    この虐殺はすべてのものを標的とし、子どもであろうと大人であろうと区別せず、家であろうと学校であろうと病院であろうと市場であろうとすべてが標的です。

 10月7日夜、観光客や若者でごった返す東京・渋谷の街に、痛切な言葉が響き渡った。

 この日はパレスチナの武装組織・ハマスによるイスラエルへの攻撃から一年という日。ハマスの突然の蛮行に世界が言葉を失い、以降、イスラエル側はパレスチナに猛烈な報復攻撃を続けているのはご存知の通りだ。この一年間、ガザでの死者は4万人以上と言われている。その3割ほどが、子ども。

 戦闘はレバノンにも拡大し、10月1日にはイランがイスラエルに約200発の弾道ミサイルを発射した。ヒズボラの最高指導者殺害への報復と見られている。

 そんな中で迎えた節目の日に開催されたのが、「パレスチナの抵抗と連帯するデモ」

 開始時間少し前に渋谷ハチ公前に到着すると、すでに多くの人が集まっていた。日本人もいれば、外国人も多くいる。ヒジャブをかぶった女性や、パレスチナのスカーフ「ケフィエ」をまとった人もいる。辺りに飛び交う日本語や英語、アラビア語。そうして渋谷駅前に翻る、赤と緑と黒の旗、旗、旗。

 午後7時過ぎ、ガザ出身の女性・ハニンさんが挨拶すると、その場にいる全員で死者に対する黙祷が捧げられる。

 その後に読み上げられたのが、冒頭のメッセージだ。

 書いたのは、今まさにガザにいる若者・サラマさん。

 2008年からの度重なる攻撃を生き抜いてきた彼は、今回、「私にとってすべて」だったという母親を亡くした。そうして、この虐殺を止められない私たちに以下のように問いかけた。

    私たちは世界に問いかけます。

    どこにいますか?

    これだけ毎日、ガザの人々が殺戮され続けている中、なぜ沈黙を貫いていられるのですか。

    画面を通して私たちが愛する人たち、家、安心して過ごせる時間をなくしているのを見ていますよね?

    私たちは一瞬にして、何年分もの生活と人生を失い、私たちが大切にしてきた思い出は、今、瓦礫の下に埋もれています。

    学びの場は止まり、学校は閉鎖され、一世代分の子供たちから教育が奪われています。

    病院は機能できず、電気は遮断され、水は汚染されているかそもそも手に入らない状態です。

    私たちの生活はごくごく基本的な必需品に欠けていて、残っているものは終わりのない痛みだけです。

    私たちはかつて、質素ではありましたが幸せな生活を送っていました。

    今は、そのすべてが粉々になり、残っているのは癒えない傷ばかりです。

    私、サラマはガザ北部に住むパレスチナの若者です。

    他の若者と同じように、私には将来の、そして卒業後の人生に夢と希望がありました。

    この虐殺は、私の夢を灰のように粉々にしました。

 

 そうしてメッセージは、最愛の母を亡くした衝撃へと続く。

 

    私はこのジェノサイドで母親を亡くしたことがいちばんの打撃でした。

    私たちは転々と逃げ惑う中、病院を破壊され、物資のない状況下、彼女を救えませんでした。

    私の目の前で彼女が苦しむのを見ながら何もできないことが耐えられないほどの痛みでした。

    そして彼女は亡くなり、私の心には一生癒えない傷ができました。

    でも母親だけではありません。私はもう6人の親友を亡くしています。

    おじさんも、いとこも、もう一人のおじさんとその奥さんも。

    この殺戮は私たちの人生を破壊し、私たちにとってもっとも大事なものを奪っています。

 多くの命が奪われる中、ガザでは食料や燃料など、あらゆるものに窮乏している。そんな日常についても綴られる。

    私たちには電気もなく、綺麗な水もなく、食料も足りていません。

    私たちは動物の餌を砕いてそれを食べ、野草を見つけて食いつなぐことを強いられています。

    生きることが耐えられない状況です。

    恐怖が常に私たちを蝕んでいます。

    毎日私は思います。今日が私の最後の1日になるのだろうか。

 「1日でもいいので、怯えることなく、爆撃されることなく、死に囲まれることなく生きたいのです」

 そんなささやかな願いが叶わない場所が今、地球上に存在するという事実に目の前が暗くなる。

 しかし、そんな状況でも、ガザの人たちは助け合って生きているという。

   こんな状況にもかかわらず、私たちは人間性を失っていません。

    この一年で私たちは自分たちの家族だけをケアしてきたわけではありません。

    私は貧困に陥った他の家族のために炊き出しをし、お金を集め、必要としている人たちを助けようとしてきました。

    誰もがこの虐殺は一年も続くとは想像していませんでした。

    しかし、今も私たちはなんとか生き抜こうとしています。

 が、これから厳しい冬がやってくる。物資も燃料も何もかも足りない中で、「恐怖は増す一方」だという。寒さから守ってくれる屋根や服、テントさえもないからだ。

 だけど、サラマさんは「良い明日があると信じている」と続けた。まるで自らに言い聞かせるかのように。

 そうしてメッセージは、「僕、サラマはこの大きな監獄から出ることができません。しかし、僕の言葉と声が世界に届きますように」で締めくくられた。

 いつも喧騒に満ちている渋谷が、サラマさんのメッセージが読み上げられる間だけ、静かになった気がした。その場にいる全員が、一言も聞き漏らすまいと身を乗り出していた。

 そんなハチ公前にはたくさんのプラカードとともに、犠牲になった人たちの写真も置かれていた。

 赤ちゃんの遺体の写真には花束とキャンドルが供えられ、何メートルにも及ぶ巻物のような長い紙は、人々のメッセージで埋め尽くされていた。

 「だれも殺すな!」「STOP KILLING NO WAR」「加油(中国語で「頑張れ」の意味)」「もうやめて」「FREE PALESTINE」「虐殺をやめろ」

 「あの日」から一年の日、世界各国で多く人たちがデモをし、「殺すな」の声を上げた。

 それから4日後の10月11日には、日本被団協(日本原水爆被害者団体協議会)がノーベル平和賞を受賞した。

 受賞の背景には、ウクライナや中東での戦闘が収束しない中、核の使用も辞さない姿勢を見せる世界の指導者たちの存在があるといわれている。

 日本被団協の箕牧智之さんは記者会見やインタビューで、「ガザで子どもが血をいっぱい出して抱かれている。80年前の日本と同じだ」「ガザでの紛争で傷ついた子どもたちと、原爆孤児の姿が重なる」「ガザで傷つけられた子どもたちを一生懸命救っている人たちがノーベル平和賞の候補かなと思っておりました」と語った。

 原爆投下から、79年。しかし、戦闘は続き、そして虐殺は今も続いている。

 「どこにいますか?」「なぜ沈黙を貫いているのですか?」

 サラマさんの言葉が、今も頭にこびりついて離れないでいる。


イスラエルは虐satu・みなgorosi・ジェノサイドを直ちにやめよ。
イスラエル支援国家は直ちに手を引け。
総選挙で「戦争勢力」自公政権を倒そう。

15日にアップした写真からこんなに色付きました。


咲けるかな?

 


年金削減 12年間で30兆円

2024年10月16日 | 生活

目でみる経済 2024総選挙

「しんぶん赤旗」2024年10月16日

 自民、公明両党は2012年12月の政権復帰以降、公的年金の支給水準を12年間で実質7・8%も削減しました。13~24年度の間に削減された年金支給額の合計は実に30兆円を超えます。

 政府は近年、賃上げの重要性を認めるようになりましたが、国民の収入源は賃金だけではありません。高齢者世帯の主な収入源は公的年金です。年金削減は、14年と19年の2度の消費税増税とともに国民から購買力を奪い、日本経済を冷え込ませる元凶になっています。

実質で目減り

 年金支給額は物価変動などに応じて毎年度改定されます。物価が上がっているときに年金支給額が据え置かれれば、年金は実質では目減りし、高齢者のくらしは貧しくなってしまいます。

 自公が政権復帰して以降の12回の年金改定のうち11回で年金支給額は物価変動率を下回り、残りの1回も物価下落に合わせて支給額(名目額)を引き下げています(表)。少子化や高齢化に合わせて支給水準を自動的に引き下げる「マクロ経済スライド」と呼ばれる仕組みなどを駆使し、ひたすら年金を減らしつづけてきたのです。

 国民年金(基礎年金)は40年間保険料を払い続けた満額でも月6万8000円にしかなりませんが、実質では12年前と比べ5千円以上も目減りしていることになります。目減りした年金の累計額は、直近では1年間だけで4兆円を超えます。

抜本転換こそ

 日本共産党の田村智子委員長は8日の参院本会議で、物価高騰が国民の生活を襲うなか、物価が上がっても年金が増えないのでは国民は安心して老後を過ごすことができないと批判。290兆円に膨れ上がった年金積立金を計画的に年金給付の維持・拡充にあてるとともに、年金制度を抜本的に見直し最低保障年金制度に踏み出すよう迫りました。

 しかし、石破茂首相は、年金積立金の活用を明確に否定するなど、これまで通りに年金削減路線を突き進む姿勢をあらわにしました。

 高齢期にまともな年金が保障されず、人権と尊厳が尊重されないのでは、若者は将来に希望を見いだせません。将来不安をなくし、日本経済を立て直すためにも、年金を引き上げる政治への転換が必要です。(佐久間亮)


昨日は年金支給日。
わたしの支給額は変わらないが、介護保険の天引きが増えた分、受取額は下がっている。
支給額が低いのに天引きされる介護保険が高すぎる。
軍事費よりも福祉に廻してほしいものだ。
今回の選挙で意思を示そうではないか!
自公政治を変えよう!


内田樹 自由の森学園創立40周年記念講演「教育と自由」

2024年10月14日 | 教育・学校

いやはや、またまた長い記事になってしまいました。
他のブロガーさんの長い記事、特に興味のない分野での記事はわたしも苦痛になります。
なるべく短くと思っているのですが、ご了承ください。
自分なりに記事を要約するようなことはしたくないのです。

2024-10-11 vendredi

 どうもこんにちは。ご紹介いただきました内田です。飯能というところ来るのは初めてです。先ほどご紹介いただいた通り、僕は神戸で「凱風館」という武道の道場と学塾をやっております。そこに9年前に入門された井手くんと岡野さんというご夫婦がいます。井手君は僕のIT秘書というのをやっていただいております。岡野さんはこの5月から書生として働いていただいています。凱風館には今書生が5人いるんですけども、その中で一番の新人です。そういうご縁のあるお二人がこの自由の森学園の卒業生ということで、このたび40周年の記念講演にお招きいただくことになりました。

 自由の森学園創建40周年おめでとうございます。卒業生、在校生がこれだけ集まってくれるということは、それだけ母校に対する愛情が深いからだと思います。二人の門人も遠く神戸から今日ここまで来てくれました。卒業した学校のためにここまで献身的になるというのは、なかなかできないことです。

 僕は自分の卒業した学校に関してほとんど愛着がありません。大学から寄付を求められたことがありましたけれど、そのままゴミ箱に投げ捨ました。1回だけ、母校の文学部から文学部に来る学生数が激減してしまい、なんとかテコ入れをしたいので「文学部に進学してください」という宣伝パンフレットを作るのでそこにご登場いただきたいというリクエストにお応えしたことがあります。でも、後にも先にも、母校のために何かしたというのは、それきりです。

 何人かよい友だちができたこと以外に「ああ、あの大学に行ってほんとうによかった」と思ったことがありません。学校に対しては何も感謝していない。そういう人間から見ると、卒業生たちが母校に対してこれだけ強い愛着、愛情が持てるということは、ここでなされたすばらしい教育の成果だと思います。

 僕は長く神戸女学院大学というところの教師をしておりました。神戸女学院は中学から大学まである女子校ですが、ここも卒業生たちの愛校心に驚かされました。ほんとうに小さい学校なのですが、歴史が長いので同窓会員が3万人ぐらいいます。この3万人の方たちが学校のあり方に大きな影響力を発揮している。

 僕は同窓生が母校の教学や経営に関して発言することは決して悪いことだとは思わないんです。むしろ好ましく思っていました。というのは、同窓生は「母校が変わらないこと」を願うからです。自分が卒業した学校がそのあとどんどん変わって、キャンパスが移転し、カリキュラムが変わり、卒業した学科や学部がなくなる...ということを同窓生は望まない。学校経営者はビジネスマン的なセンスに従って、そういうふうに「時流に合わせる」ことをしたがるんですけれど、同窓会の人たちは変化に抵抗するんです。そりゃそうですよね。自分が卒業した学部学科がなくなるということは、「あなたが受けた教育は意味がなかった。もう時代遅れなんだ」と卒業生に向かって宣告するに等しいわけですからね。卒業生に対して「あなた方が受けた教育はもう社会的有用性を失った」と告げることは、教育機関としては本来恥ずべきことだと思うんですよね。たしかに学科・学部を廃止したり新設したりということは避けられないことではあると思うんですけれど、それに対して学校側はある種の「疚しさ」を感ずべきだと思うんです。

 学校というのは宇沢弘文先生が言うところの「社会的共通資本」の一つです。「社会共通資本」というのは、集団が存続していくために絶対に必要なもので、これは専門家によって専門的知見に基づいて、安定的に管理・運営されなければならない。大気、土壌、海洋、河川、湖沼、森林とかいう自然環境。それから社会的インフラ。上下水道、交通網、通信網、電気ガス。これらも安定的に管理されなければいけない。そしてもう一つ、司法、行政、医療、教育といったシステムですね。これらもまた集団が存続していくためになくてはならないものです。社会的共通資本は急激に変化してはいけないんです。もちろん変化はするんですけれども、ゆっくりとしか変化しない。

 政治や経済は急激に変化するものです。政治や経済は「複雑系」ですから仕方がありません。「複雑系」というのは、わずかな入力変化によって劇的な出力変化が生じるシステムのことです。「北京で蝶が羽ばたくとカリフォルニアでハリケーンが起きる」という喩えがよく使われますけれど、わずかな入力変化が劇的な出力変化になる。だから政治や経済はおもしろいわけです。みんな夢中になる。個人のコミットメントによって、場合によっては状況や市場が一変することがあるんですから楽しくないはずはない。政治や経済は「そういうもの」なんです。それを楽しむ人たちは楽しめばいい。

 けれども、それ以外の人間の営みは必ずしも政治や経済と同じような複雑系ではないし、複雑系であってはならない。わずかな入力変化によって劇的にシステムが変わってしまっては困るものが僕たちの周りには多々あるわけですよね。行政とか司法とか医療とか教育はそういうものです。政権交代したから司法判断が変わるとか、株価が下がったので教育カリキュラムが変わるとか、そういうことがあっては困る。極端な話、革命が起きても、戦争が始まっても、水道からは水が出るし、地下鉄は時間通り来るということが望ましいんです。ほかのセクターではあってもいいことがあってはならないという分野があるんです。

 でも、いくらそう言っても、分かってくれない人は分かってくれないんですよね。彼らは社会の変化というのは均一的に、すべてのセクターに及ぶものだと信じている。政治過程や経済活動に変化が起きたら、それに合わせてほかのシステムも全部変わらないといけないと信じている。教育に関しては、こういう考え方をされることはほんとうにはた迷惑なんですね。「社会がこれだけ変化しているのになんで教育は変わらないんだ」と。そういうタイプの恫喝を教育現場はずっと受け続けてきました。「硬直的にすぎるんじゃないか。保守的にすぎるんじゃないか。なぜ社会の変化と同調しないで、古めかしい教育をしているんだ」、と。でも、教育は本来「惰性が強いシステム」なんです。ゆっくりとしか変化しない。

 それを教えてくれたのは、諏訪哲二さんという方です。昔『オレ様化する子どもたち』という本を書かれた方です。高校の社会科の先生だったと伺いましたが、諏訪先生と僕が若い頃に対談したことがありました。そのときに諏訪先生が「教育は、惰性の強い仕組みですから」とおっしゃったことが非常に印象に残っています。そのあとに宇沢先生の本を読んで、「ああ、そういうことなんだ」と腑に落ちました。そうなんです。教育は惰性の強い仕組みなんです。もちろん変化しますが、ゆっくりとしか変化しない。急激な変化は受け付けない。でも、学校の現場には、文科省とか産業界とかあるいはメディアとかから「変われ、変われ」という圧力がずっとかかっている。

 さっきも控え室で、菅間校長と話していましたけれども、今の社会は全部そうなんです。とにかくたいへんな勢いで変化している。その急激な変化に「キャッチアップしろ」という圧力がかかる。それを受け止める学校側も、とにかく社会の変化についていかなきゃいけないと思って、必死になっている。「何のために変化しなければいけないのか」という根本の問いを忘れて、とにかく時代がこう変わっているんだから、テクノロジーがこう進化しているんだから、政治過程や市場の仕組みがこう変わっているんだから、それに合わせて教育も変わらなければいけないと必死になっている。そういうオブセッションが教育現場にも強くかかっています。

 文科省に言わせると、それでも文科省が防波堤になって、産業界や政治からの「教育を変えろ」という圧力に抵抗しているんだそうです。たしかに防波堤にはなってくれているのかも知れませんが、現場には必ず「文科省経由」で指示が入ってくるわけですよね。新しいテクノロジーを教えなさい、新しい価値観を教えなさいと。学校で金融を教えろというような要請がありましたね。

 でも、そのときどきに産業界が要求している、いわゆる「人材」なるものとは何か、それを考えた方がいいと思うんです。「人材」を育成して送り出せと向こうは学校現場に要求してくるわけですけども、その「人材」の仕様がコロコロ変わるんです。ほとんど毎年のように変わる。そのたびにそれに合わせて学校の教育課程を変えるなんてあり得ないことですよね。

 僕は私立学校がシステムの設計について参照すべきものがあるとすれば、それは「建学の理念」だと思うんです。たいせつなのは「建学の理念」であって今の「社会のニーズ」なんかじゃない。だって、建学された時、学校には何にも「手持ち」がないんですから。そもそも在校生がまだいない。卒業生もまだ出していない。自分たちの学校がこの社会でどういうような役割を担うものであるかまだ検証ができていない。でも、理想だけはある。何より建学時には「社会のニーズ」なんかないんです。卒業生に対する社会のニーズが全くないという状況で建学者たちは教育を始めた。

 神戸女学院は、明治8年創建なので、もうすぐ150年になりますが、アメリカからやってきたタルカットとダッドレーという二人の女性宣教師が神戸で開校した小さい塾から始まります。この2人の宣教師はサンフランシスコから船に乗って太平洋を横断して日本に来るんですけれど、出航時点においては、まだ日本ではキリシタン禁制の高札が掲げられていたんです。「社会のニーズ」どころじゃない。「来るな」と言われているところに来たわけです。「社会的ニーズ」はゼロというよりマイナスだったわけですよね。でも、「来るな」と言われても行きたい。どうしても教えたいことがある、伝えたいことがある。そうやって神戸で小さい学塾を始めたら、そこに少しずつ引きつけられるようにして子どもたちが集まってきて、いつの間にか150年が経っていた。

 建学の時点において「社会的なニーズ」がゼロであったということはとても大きいと思うんです。ニーズはなかったけれど、代わりに「教えたいこと」があった。「伝えたいこと」があった。「こういうような教育をしてください」というニーズがあって、それに応じて「はい、分かりました」というので何か知識や技能を教えるというようなかたちで私立の学校教育は始まったわけじゃありません。日本の大学は75%が私学ですけども、この私学は本質的には全部がそうです。「教えたいこと」がまずあって学校教育が始まった。「どこもやっていない教育」をしたかったからですね。ほかのどこでもやっていないから、自分がやりたい教育のために身銭を切って学校をつくった。そこから日本の私学教育が始まったわけです。

 でも、「ニーズ」という言葉がある時期から、90年代の終わりころからでしょうか、教育現場でさかんに口にされるようになった。「マーケットのニーズ」がどうたらこうたらと教授会で言い出す人が出てきた。そういうマーケティング用語とか、「質保証」とか「工程管理」とかいう工学用語で教育を語る人が増えてきた。でも、僕はそれは違うんじゃないかと思っていました。もし社会のニーズを満たすために学校教育があるなら、日本の私学のほとんどは今存在していないはずだからです。

 慶應義塾は「私学の雄」ですけれども、福沢諭吉の『福翁自伝』を読んでいると、「社会的なニーズ」への配慮なんかないんです。彰義隊の戦争のさなかに、江戸中が火の海になるかというときに福沢諭吉は経済学の英書を読む講義をしているわけです。徳川時代の藩校はもう教育機関として機能していない。新政府にはまだ学校を作る余裕がない。いやしくも今の日本を見回して、まともな高等教育をしているのは慶應義塾ただ一つである、と。この反社会性を僕は非常に好ましく思うんですよね。今の日本でまともな教育をしているのはうちしかないんだと福沢諭吉は豪語するわけです。みんな戦争に夢中になっている。相場の上げ下げで右往左往している。その喧噪の中で、われわれは悠々と経済学を講じている。社会の目先のありようとまったく関係ないことをしている。それが学校教育の意義だ、と。

 福澤は若い時は大阪の適塾にいて、オランダ語の文献を読みました。哲学書を読み、工学や化学の書物を読み、医学や薬学の書物を読み。とにかくオランダ語で書かれている文献を片っ端から読んだ。もちろん、そんな知識や技能についての「ニーズ」なんか江戸時代の日本社会のどこにもないんです。だから、意地で読んでいる。なぜ意地で読んでいるのかというと「こんなにややこしいもの」を読んでいるのは日本広しといえども、われわれしかいないという自尊心からです。エリート意識というのとはちょっと違う。だって、エリート意識って、既存の支配階級の上の方にいる人間が持つものですからね。適塾の貧乏書生は階級の外にいる。時流にきっぱり背を向けて、金にもならないし、出世にも結び付かない学問している俺たちは「ただものではないぞ」という苦しまぎれのプライドだけを支えに貧しさや飢えに耐えていた。福澤はそう書いています。

 でも、学ぶ人間の気概っていうのは本来そういうものなんじゃないかなって気がするんですね。「いやしくも日本広しといえども、これな変なことを研究しているのは俺一人だ」というような態度の悪さが知的な緊張を持続するためには必要なんです。

 学校教育もそうだと思うんですね。世の中とうまくなじんで、社会のニーズにぴったりと対応した教育をしているような学校にはなりたくない、と腹を括って、世間から「一体あんたのところは何をやっているんだ」と白眼視されるような教育をする。そういう学校の側の気概は在校生・卒業生にはちゃんと伝わるわけです。だから、「今の日本であんな変な教育をしている学校はうちの母校しかない。だったら、守らなければ」という気持ちを持つようになる。そういう形で僕は学校を続けていけばいいと思うんです。だから、サイズが大きい必要は全くない。小さい学校で構わない。これから日本の人口はどんどん減っていくわけですから、小さいサイズでいいんです。


やっぱりここで切りましょう。
これで、まだ1/5くらいでしょうか?
以降、お読みいただける方は
内田樹の研究室 (tatsuru.com)
へ、どうぞ。


ノーベル平和賞 被爆者の声を抑止力に

2024年10月13日 | 社会・経済

「東京新聞」社説 2024年10月12日

 ノーベル平和賞の受賞者に、長年にわたり世界に向けて核廃絶を訴えてきた日本原水爆被害者団体協議会(被団協)が決まった。世界各地で軍事侵攻や紛争が続き、核使用の脅威がかつてないほど高まる中、「ヒバクシャ」の声こそが抑止力だという、期待と希望のメッセージと受け止めたい。

 広島、長崎の被爆者の全国組織である被団協は、1956年の結成。国連の軍縮総会などで一貫して「被爆の実相」を世界に発信し「核廃絶」を訴え続けてきた。核兵器の使用と開発を非合法化する「核兵器禁止条約」の採択の際には、300万の署名を提出するなどして強力に後押しした。

 北朝鮮の金正恩総書記や、ウクライナ侵攻を続けるロシアのプーチン大統領は核使用の威嚇を繰り返す。核保有国とされるイスラエルと核開発を続けるイランが対立する中東情勢も緊張が高まっている。

 「私たちが望んでいるのは、核抑止でも核共有でもなく核廃絶。これしかない」とは、生後間もなく広島で被爆した男性の言葉だ。こんな局面だからこそ、核兵器の怖さと悲惨さを身にまとうヒバクシャの言葉は、なお重い。

 米国の「核の傘」の下にある日本は唯一の戦争被爆国として「核のない世界」を訴えながら、核兵器禁止条約への署名・批准を拒み続けている。被団協が求めてきた、批准国のような義務のない「オブザーバー参加」さえ見送り続けている。

 石破茂首相は外遊先のラオスで受賞決定の知らせを受けて「極めて意義深い」と述べた。真に「意義深く」するためには、まず国としてその思いを受け止め、被団協が成立の原動力になった核兵器禁止条約への参加に踏み切るべきだ。さらに、国の指定区域の外で被爆した「被爆体験者」を被爆者と認めて、すべてのヒバクシャに補償の道をひらくべきである。

 20歳の時に広島で被爆、大やけどを負い、重い原爆症を負いながら証言活動を繰り返し、ヒバクシャの象徴と言われた元代表委員の坪井直(すなお)さんは晩年、「核兵器が廃絶されるのをこの目で見たい。でも見られなくても、後世の人に必ず成し遂げてもらいたい」と語っていた。その口癖は「ネバーギブアップ」。今回の受賞を機に、あらためて、その思いを世界と共有したい。

⁂     ⁂     ⁂

 

埋もれた「被爆者」救済を 訴訟闘う2世ら国に注文

共同通信10/13(日)

 国際社会に核廃絶を訴え続けてきた活動が評価され、ノーベル平和賞受賞が決まった日本原水爆被害者団体協議会(被団協)は、被爆者援護拡大に力を注いできた。しかし被爆2世「被爆体験者」は今も被爆者援護法の対象から外れたまま。「埋もれた被爆者が救われていない」。当事者たちは受賞決定を喜びつつ、国を相手に訴訟を闘っている。

 受賞決定前の11日昼ごろ、被団協の田中熙巳代表委員(92)は東京・永田町で厚生労働省幹部に被爆者援護の拡充を求める要望書を手渡していた。要望には2世への支援を被爆者並みに拡大することも含まれている。しかし厚労省側は「被爆者援護法が対象とする被爆者とは異なる」と慎重な対応に終始。その日の夕方、被団協にノーベル平和賞授与が発表された。

 国の援護区域外で長崎原爆に遭い、被爆者と認められなかった「被爆体験者」訴訟の原告団長岩永千代子さん(88)は、被団協の受賞決定を「平和に向けた一つのきっかけはつくった」と冷静に受け止めた。


被爆者の一生のみならず、子や孫にまでその影響は及ぶ。
このような非人道的な核兵器はこの地球上から永遠になくさなければならない。

「ヒバクシャ」の声こそが抑止力


日本被団協にノーベル平和賞   核なき世界へ実相広める

2024年10月12日 | 社会・経済

「しんぶん赤旗」2024年10月12日

被爆者の草の根運動を評価

 ノルウェー・ノーベル賞委員会は11日、今年のノーベル平和賞を日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)に授与すると発表しました。長年の地道な活動で、被爆の実相を世界に広げ、核兵器の非人道性を明らかにし、核兵器禁止条約へのうねりをつくり出してきた活動が認められたものです。(関連2・3・13面)

 ノーベル賞委員会は、授賞理由として「広島と長崎の原爆生存者によるこの草の根の運動は、核兵器のない世界を達成する努力、また目撃証言を通じて核兵器が二度と使われてはならないということを身をもって示してきた」と評価。また、「日本被団協と他の被爆者の代表たちによる並外れた努力は、核のタブーの確立に大きく寄与してきた」とのべ、「肉体的な苦痛と痛切な記憶にもかかわらず、大きな犠牲を伴う自らの体験を、平和のための希望と活動にささげることを選んだすべての生存者に栄誉を授けたい」としています。

 日本被団協は被爆者の唯一の全国組織として、広島・長崎への原爆投下から11年後の1956年8月10日、第2回原水爆禁止世界大会の2日目に長崎で結成されました。結成宣言=世界への挨拶(あいさつ)は「自らを救うとともに、私たちの体験をとおして人類の危機を救おう」とのべ、「ふたたび被爆者をつくるな」と叫び続けてきました。

 原爆が被爆者のいのち、からだ、くらし、こころに加えた被害を明らかにし、「核戦争起こすな、核兵器なくせ」「原爆被害に国家補償を」の二大要求をかかげ運動。悲惨な体験を国内はじめ世界で証言し、国連での原爆展も開催。被爆の実相を広め続けてきました。

 2016年には、被爆者が初めて世界に呼びかけた「ヒロシマ・ナガサキの被爆者が訴える核兵器廃絶国際署名」(ヒバクシャ国際署名)を開始し、20年までに1370万2345人分の署名を国連に提出しました。

 こうした国内外での被爆者の訴えが世界の人びとを動かし、17年、核兵器禁止条約の国連会議での採択に大きな役割を果たしました。

 17年には核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)が平和賞を受賞しています。

■日本被団協のあゆみ

1945年 広島、長崎に原爆投下。終戦
 54年 米の太平洋ビキニ環礁での水爆実験で第五福竜丸など被災
 55年 第1回原水爆禁止世界大会(広島)
 56年 日本被団協結成。第2回原水爆禁止世界大会(長崎)
 63年 東京地裁、「原爆裁判」で「原爆投下は国際法違反」の判断
 77年 NGO被爆者問題国際シンポジウム-原爆被害を全面的に解明
 78年 第1回国連軍縮特別総会に日本被団協代表38人が参加
 82年 第2回国連軍縮特別総会(SSDII)で、山口仙二日本被団協代表委員が演    説。ニューヨークで100万人大行進
 96年 国際司法裁判所が勧告的意見「核兵器の使用と威嚇は一般的には国際法違反」

2005年 日本被団協ニューヨーク行動
 10年 日本被団協ニューヨーク行動。国連本部で原爆展
 15年 日本被団協ニューヨーク行動。国連本部で原爆展
 16年 「ヒロシマ・ナガサキの被爆者が訴える核兵器廃絶国際署名」発表
 17年 核兵器禁止条約が国連会議で採択
 21年 核兵器禁止条約が発効

⁂     ⁂     ⁂  

受賞 本当にうれしい

日本被団協代表委員 田中熙巳さん

 日本被団協がノーベル平和賞を受賞できたことは本当にうれしいです。

 ロシアが核威嚇を繰り返し、世界でブロック対立が起きている中、核兵器が使用されるのではないかと本気で心配していました。

 被爆者は、「核兵器と人類は共存できない」とずっと訴えてきました。そのことが多くの人に通じたのではないかと思います。

 被爆者が国内や世界で被爆の実相を広げ、共同のなかで核兵器禁止条約をつくらせてきました。さらに、核廃絶を目指した条約の強化に努めなければなりません。

 そのためには、日本政府が禁止条約を批准するだけでなく、核兵器廃絶に向け、世界のリーダーになってほしい。

 多くの皆さんに呼びかけたい。日本の禁止条約の署名・批准と、核兵器廃絶に向けて、一緒に声をあげ、行動してほしい。

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今こそ核禁条約の批准を

田村委員長が談話発表

 日本共産党の田村智子委員長は11日、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)が今年のノーベル平和賞を受賞したことについて、次の談話を発表しました。

 日本被団協のノーベル平和賞受賞を心から喜びたい。

 被爆の実相、核兵器の非人道性を語り続け、核兵器全面禁止を求める国際的な大きなうねりを生み出してきた被爆者のみなさんに心からの敬意を表します。

 核脅威が強まるもとでの受賞は、とりわけ大きな意味があります。今こそ、核兵器禁止条約を日本政府も批准し、核兵器廃絶を世界に働きかけるべきです。


最初の報道を目にした時、「本当か?、フェィクじゃないのか?」そんな氣持ちでした。
本当におめでとうございます。
ICANに次ぐ受賞で、喜びもひとしおです。

 


ヘイトの犬笛吹きをGoogleトレンドで突き止める 菅野完さん シン池田香代子の世界を変える100人の働き人12人目

2024年10月11日 | 社会・経済

今日の1本。
ながいです。(1時間20分)

ヘイトの犬笛吹きをGoogleトレンドで突き止める 菅野完さん シン池田香代子の世界を変える100人の働き人12人目

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被団協にノーベル平和賞

共同通信 2024.10.11

 【オスロ共同】ノルウェーのノーベル賞委員会は11日、今年のノーベル平和賞を、日本全国の被爆者らでつくる日本原水爆被害者団体協議会(被団協)に授与すると発表した。


内田樹  虚無の政治力学

2024年10月10日 | 社会・経済

内田樹の研究室 2024-10-08

 総裁選中は現行の「健康保険証」と「マイナ保険証」について問われて、「併用も選択肢として当然ある」と答えていた石破茂氏だったが、政権が発足すると同時に、健康保険証を12月2日に廃止して、マイナンバーカードに原則一本化する政府方針を「堅持する」とアジェンダを覆した。

 多くの人がこの食言を咎めている。

 でも、よく考えると、間尺に合わない話である。自民党総裁選は「内輪のパーティ」の話であって、総裁になるためには別に「国民に受けるアジェンダ」を掲げる必要はなかったのである。ではなぜ一瞬だけ期待させておいて、また失望させるような「余計なこと」をしたのか。

 健康保険証の廃止に対しては医療現場も利用者も反対している。早期導入を求めているのは霞が関と財界だけで、これを争点化すれば総選挙で票を減らすことはあっても増やすことはない。ご祝儀で支持率が高いうちに総選挙という知恵が働くなら、「健康保険証廃止は延期」にした方が得票は増えるくらいのことはわかるはずである。あえて国民の気分を逆なでするのはなぜか。

 これは安倍政権以来三代の「成功体験」をふまえての政治判断だと私は思う。

 安倍・菅・岸田三代の政治の特徴は「国民の要望には一切応じない」という点にあった。国民が無力感に蝕まれ、政治参加の意欲を失し、選挙で棄権し、結果的にコアな集票組織を持つ政権与党が選挙に勝ち続けるという「必勝パターン」を自民党は発見した。民意に応じると有権者はつけあがる。それよりも「お前たちは無力だ」と思い知らせる方が政権は安定する。

 現行健康保険証の延長は国民の切なる願いである。それを踏みにじることで自民党は有権者の「期待」を失うが、代わりに有権者に「無力感」を与えることはできる。おそらく後者の方が政権延命には資する。そういう判断があったのだと思う。

 私が知る限り、政治がここまで虚無的になったことはかつてない。


「無力」ではないってことを総選挙で示さなければならない。
「自公」はカルトの組織票が多い。
われわれは「無党派」層の力を借りなければ勝てない選挙だ。

園のようす。

また更新。
氷張る一歩手前でした。
明日からは少し上がっていくようです。


古賀茂明  次の総選挙で迫られる「究極の選択」 石破大敗なら「高市首相・立憲野田」コンビで“右翼政治”の恐怖も…

2024年10月09日 | 社会・経済

AERAdot2024/10/08

 今、リベラル系の有識者の間で共通の悩みが語られている。今月27日に投開票が行われる予定の衆議院選挙で石破茂首相攻撃をして自民の大幅議席減少を狙うのか、それとも少し手加減して、自民の大敗を避ける方向に動くべきなのかという、今までになかった悩みである。

 今回はその「悩み」について解説したい。

 自民党の総裁は所詮自民議員なのだから、誰がなっても同じ。だから関心を持っても仕方ないという考え方がある。それはそれで真実ではあるのだが、今回の総裁選ばかりは、そんなことを言っていられる状況ではなかった。なぜなら、石破茂元自民党幹事長と高市早苗前経済安全保障相の接戦が予想され、高市氏が自民党総裁になる可能性がかなりあったからだ。

 高市氏が総裁選に勝ち、日本の首相になることの恐ろしさについては、9月21日配信の本コラム「高市早苗氏の恐るべき“居直り体質”と“軍拡主義” もし首相になったら『日本は終わる』」で解説したとおりだが、一言で言えば、安倍晋三元首相の地に落ちた倫理観を受け継ぎ金権嘘つき政治が蔓延するとともに、戦争を前提とした超右翼的軍拡政治が無限定に推進されるリスクがあったのだ。

 したがって、リベラル系の人のみならずまともな人々は、高市氏だけは避けて欲しいという切実な気持ちになった。

 総裁選では、2回目の投票で、石破氏の大逆転勝利となったので、アンチ高市氏の人たちは、心の底から「良かった!」と安堵した。

 そもそも、石破氏が選ばれた最大の理由は、国民人気が高く単に自民支持層や無党派の保守層だけでなく、無党派の反自民・リベラル層や立憲民主党や共産党の支持者にまで支持する人がいるということだった。裏金問題などで地に落ちた国民の信頼を保守層からリベラル層まで幅広く回復するための切り札になるのではという期待があったからこそ、石破嫌いの議員まで、ここは選挙のために石破氏に投票しようということになったのだ。

 しかし、その期待は、あっという間に裏切られることになった。

 石破氏が新首相になってみると、­党役員や閣僚人事において、防衛相経験者の重用が目立ち、また、アジア版NATO構想など、「立憲支持層から見れば」驚くほど「危険な」政策構想を持つことが明らかになった。

 さらに、衆参の予算委員会の審議を経て国民に判断材料を提供してから衆議院を解散すると言っていたはずの石破氏は、首相就任前に、解散を予算委員会開催をせずに行うと表明した。立憲支持層などに「この人はとんでもない嘘つきなのではないか」という疑念が広まり、「人柄が信頼できる」という石破人気の基礎が音を立てて崩れかねない事態となっている。

石破氏への「嘘つき」「敵前逃亡」という批判

 こうした事態を見れば、立憲支持者を含め反自民層は、アンチ安倍晋三のシンボルだった石破氏といえども、所詮は自民党議員だから、高市氏が首相にならなかったのは良かったが、ここから先は、反自民で戦い、政権交代を実現するのが最も重要な課題だということになりそうである。その意味では、立憲にとっては、陣営をまとめる良い材料を石破氏が提供してくれたと言えるかもしれない。

 一方、立憲では、9月23日に野田佳彦元首相が泉健太前代表や枝野幸男元官房長官などを破って新代表に就任した。世論調査などでも野田氏に期待するという回答が比較的高い数字で出ている。裏金問題などで自民に強い逆風が吹く中で、立憲は何もしなくても支持率が上がるという期待をする向きもある。

 仮に総裁選での20人の推薦人のうち13人が裏金議員という「高市首相」が相手の総選挙になっていれば、当然、高市氏の極右的言動とともに格好の攻撃材料となり、立憲への追い風になるはずだった。

 ところが、石破氏が首相になって、早期解散総選挙に持ち込まれれば、石破氏の国民人気により、無党派層やリベラル層まで支持が広がり、当初期待していたほど簡単に立憲の議席増につなげられないかもしれない恐れがあるという見立てもあった。

 結果的には、そうした心配が杞憂に終わり、裏金や旧統一教会問題の追及に加え、石破氏のおかげで、解散総選挙時期に関する「嘘つき」「敵前逃亡」という攻撃材料が増えたという状況だ。

 一方、立憲支持者の中には、野田新代表が、石破氏以上に「危険な右翼」であり、また石破氏とは比較にならない「厚顔無恥な嘘つき」であると考えている人たちが多数いる。

 どういうことか。

 野田氏は、代表選の議論やその後の記者会見などで、集団的自衛権の行使を認めるいわゆる安保法制には違憲部分があるという立憲の公式の立場を踏襲すると述べた。しかし、その一方で、アメリカとの関係もあるので、直ちにその廃止をすることはしないという立場を明らかにしている。

 もちろん、法律の改廃には、それなりの時間はかかるが、それは、日本の国会との関係であって、アメリカとの関係ではない。仮に、アメリカが怒るから違憲の法律を変えられないということになれば、憲法よりもアメリカの意向が優先されるという由々しき事態になる。これは立憲主義の否定だから、そんな党の代表がいること自体が「立憲」民主党の自己矛盾であり、どう考えても許されない「厚顔無恥な嘘つき」そのものではないかと驚くかもしれない。

立憲・野田代表は「集団的自衛権」行使容認派

 しかし、私から見れば、驚きでもなんでもない。

 なぜなら、多くの人は知らないかもしれないが、集団的自衛権行使容認に道を開いたのは、他の誰でもない、野田氏だからだ。

 そもそも、集団的自衛権については、自民党政権も一貫して「憲法違反」であるという立場を堅持していた。憲法学会でも違憲説は絶対的通説であり、私なども含めて、霞が関の官僚の間でも、これに異論を唱える人はいなかった。

 したがって、集団的自衛権について解釈を変えることによって合憲とすることについては、およそ議論の余地などなかったのである。

 日本国憲法では、首相はもちろん、すべての公務員は憲法を擁護する義務がある(憲法第99条)。従って、憲法上認められないとされていた集団的自衛権を認めるように解釈を変更しようと企図すること自体が憲法違反である。

 ところが、閣議決定で設置された「国家戦略会議」の下におかれた「フロンティア分科会」は、2012年夏の報告書で、「集団的自衛権に関する解釈など旧来の制度慣行を見直すことも検討されるべきである」と提言した。このようなことは、その時の首相の意向に反して行われることはないというのが、永田町・霞が関の常識だ。つまり、解釈改憲の提言は、野田首相(当時)の意思を表したものであった

 野田氏は、このようにして、解釈改憲による集団的自衛権の行使容認に日本で初めて道を開いた首相として名を残したわけだ。

 こうした思想を持った野田氏だから、集団的自衛権は違憲だという立憲の党としての立場を心の底では馬鹿にして嘲笑っているだろう。アメリカの意向かどうかを問わず、彼が、安保法制を修正して、集団的自衛権の行使を否定することなどあり得ないと考えるべきである。

 野田氏が代表である限り、共産党が選挙協力に否定的な態度を取るのは極めて正しい。なぜなら、仮に立憲民主党が中心の政権が成立しても、戦争に向かい、アメリカの意向に沿って、集団的自衛権の行使容認は継続し、戦争に向かった軍拡もさらに強化されると考えるのが自然だからだ。

 仮に政権交代しても、「野田首相」の下では、自民党政治と軍事政策が変わることはあり得ないのだ。

 野田氏が「嘘つき」だという話は、裏金問題をめぐる、政治資金改革の議論にも明確に表れている。

 この点は、9月10日配信の本コラム「立憲民主党代表選で見るべきは『政治資金改革』の中身 仮に枝野氏、野田氏になれば『後退』は確実だ」を読んでいただければわかる。

 一言で言えば、野田氏は立憲の公式な政治資金改革で提案された、個人向けを含めた政治資金パーティーの全面禁止を反故にすることを企図している。ただし、非常に巧みな騙しのテクニックを使っているので、ほとんどの人は気づいていないだけだ。

総選挙後には「石破おろし」が始まる?

 このような野田代表の下にある立憲に、反自民の追い風が強まれば、一気に政権交代まで行かなくても、自民の議席大幅減となる可能性は十分にある。日本維新の会や国民民主党の出方によっては、政権交代が実現する可能性も皆無とは言えない。

 しかし、それは本当に日本にとって望ましいことなのかというと極めて疑問である。

 なぜなら、自民が政権から転落すれば、選挙後に「高市新総裁」になる可能性が高く、その場合、「野田首相の立憲」と「野党第1党の自民」とがともに右翼的政党になる。両者が共鳴しあって、とんでもない戦争内閣になっていくリスクは高い。とりわけ、立憲が政権を取る場合、維新と国民の協力が必要だから、両党の右翼的性格もあって、さらに右翼化は加速する。

 また、自公過半数割れになっても、自公が維新と国民を取り込んで超右翼政権を作ってしまう可能性は十分にある。野田立憲が野党第一党になるので、これもまた恐怖の右翼政治に突入するだろう。

 与党過半数割れまでは行かない場合でも、自民の議席減少は避けられず、それを受けて、自民内では、石破おろしの動きが強まる。遅くとも来年夏の参院選前までには石破おろしになり、「高市首相」の下で来夏の参院選となる可能性が高い。その場合も、高市自民と野田立憲、維新、国民が共同で右翼戦争政策が推し進められることになる。

 高市氏が首相や自民総裁にならないようにするためには、立憲が選挙でほどほどの躍進にとどまり、結果として石破氏の首相の座を守ることが必要だが、石破首相でこれまでの自民党政治よりはマシになるとしても、直近の石破氏の言動を見ていると限界がありそうで、結局は自民党政治は変わらないのではないか。もう石破氏を完全に見限るべきではないのか。

 そう思っていたら、6日になって、裏金議員の公認問題について、比例重複立候補は認めずなどという予想よりも厳しい方針が示された。やはり、石破氏は信頼できるのかもしれない……。

 以上が立憲支持層の中で、かなり有力な人々の間の悩みである。

 ある友人と話しているうちに、高市氏が自民総裁になるのを止めたのは良かったが、野田氏が立憲代表になるのを止めなかったのが致命傷だという話になった。

 そうであれば、野田代表を交代させれば良いのではという話も出たが、総選挙で野田氏が落選でもしない限りそれは起こらない。選挙区情勢を見ると、現状では野田氏が優勢なようだ。

「高市首相」になったときの歯止め

 そんな話をしていると、7日に新しいニュースが入ってきた。野田氏の選挙区でれいわ新選組が首都圏反原発連合の生みの親であるミサオ・レッドウルフ氏を公認候補として立てるというのだ。野田氏に勝てる可能性は現時点では低いが、選挙は何が起きるかわからない。仮に、れいわと共産が協力できれば、野田批判票を集めてかなり健闘するかもしれない。

 ここに限らず、立憲をまともな政党に戻らせるために、野田代表と現執行部の問題議員だけ落選させて、その他の立憲、共産、れいわなどの平和勢力を伸ばすことができれば、仮に「高市首相」になった時の歯止めになるかもしれない。

 その上で、来夏の参院選で、まともな野党による参院過半数を実現して衆参のねじれ状況になれば、戦争に進むことを止めるさらなる「抑止力」になる。

……というような頭の体操が延々と続くのだが、野田新代表が就任したことによって、本当の意味での望ましい政権交代を実現するには、次の次の衆院選でということになってしまったということのようだ。今回の立憲代表選の失敗がかえすがえすも悔やまれる。


ながい記事だが、面白く読ませていただいた。
あり得る話で恐ろしい。

園のようす。
初霜。

被害はなかった。

野葡萄がきれいに色付いた。

ジュンサイ。


「日本で雪が降らなくなるのを待つだけでいいのか」スノーボーダーたちの切実な問いかけ。気候変動の影響を目撃する私たちにできること

2024年10月08日 | 自然・農業・環境問題

「日本で雪が降らなくなるのを待つだけでいいのか」スノーボーダーたちの切実な問いかけ。気候変動の影響を目撃する私たちにできること

雪山で、気候変動の影響を肌で感じるスキーヤーやスノーボーダーたちが、気候変動対策とエネルギー政策をめぐり声を上げています。
 

気候変動が進み、日本でも雪が降らなくなったり、降雪量が大幅に減少したりする未来が刻一刻と近づいてきている。

危機を伝えるため、スキーヤーやスノーボーダーがつくるグループが、気候変動対策とエネルギー政策をめぐり、声をあげた。

北海道新聞信濃毎日新聞の朝刊に10月8日、気候危機を訴える広告が掲載され、都内のアウトドアブランドのショーウィンドウでもメッセージが掲げられた。

信濃毎日新聞に掲載されたPOWの広告 Sumireko Tomita / HuffPost Japan

日本のスキー場に影響も。スキーヤーが肌で感じる「変化」

日本各地のスキー場では近年、真冬でも気温が高すぎるために雪が降らず、シーズンになってもオープンできないという状況が実際に起きている。

2022年末〜2023年のスノーシーズンでは、北海道関西圏のスキー場が雪不足で打撃を受け、オープンの遅延や営業の断念が相次いだ。十分な雪が降らず、山肌が剥き出しになっているゲレンデの写真も報じられた。

今回、広告を掲出して声を上げたのは、一般社団法人「Protect Our Winters Japan」(POW)だ。雪山で気温上昇の影響を肌で感じているスキーヤーやスノーボーダーがつくる団体で、スキー場関係者や学生向けの講演のほか、スキー場に対する再生可能エネルギー切り替えの働きかけなど様々な活動を行っている。

気候変動から「冬を守る」活動をする、スキーヤーやスノーボーダーの団体「POW」。写真は白馬でのグローバル気候マーチ POW

「愛する冬を守るために、私たちが今できること」

広告では、スキーヤーやスノーボーダーだけでなく、スキー場や温泉宿、雪まつり、アウトドアブランド、雪解け水を必要とする農家、積雪地帯の自治体も全て「雪がなくなったら、全員負け。」とストレートに伝えている。

アウトドアブランドのPatagonia、THE NORTH FACE、スノーボードブランドのBurtonなども名前を連ねた。

POW事務局長の髙田翔太郎さんはハフポストの取材に、「気候変動の進行を間近で感じている私たちだからこそ、声を上げなければと感じました」と話す。

POWはそのタイミングで、スキー場などが多く位置する北海道と長野県の新聞に広告を打ち、「私たちは、このまま雪が降らなくなるのを、待つだけでいいのか」と問いかけた。

その上で、「愛する冬を守るために、私たちが今できること」として、3つの行動を挙げた。

・気候危機により雪が年々減っている事実を伝えること

・「1.5℃目標」に整合した気候変動政策を求めること

・気候変動対策に積極的に取り組む企業や議員を応援すること

POWによる新聞広告 POW

2015年にパリで開かれたCOP26では、産業革命前からの気温上昇を1.5℃に抑えるという目標に合意した。

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によると、気温上昇を約1.5℃に抑えるためには、2030年までに2010年比で世界全体のCO2排出量を約45%削減することが必要だ。

そのためには、各国のエネルギー政策が非常に重要となってくる。髙田さんはその点に関して、以下のように話す。

「これまでPOWは、気候変動の啓発の活動やスキー場の再エネ化、スキー場がある自治体の脱炭素化などの取り組みを後押ししてきました。でも、気候変動は科学者が予測している以上のスピードで進んでいます。本気で解決するためにはエネルギー政策が大切なので、今回アクションを起こしました」

広告と共に特設サイトも公開され、サイトではより詳細な情報がチェックできる。

広告は、渋谷区内のBurtonやPatagonia、THE NORTH FACE、KEENなどでも、ショーウィンドウや店内に掲げられた。

原宿にあるBurton旗艦店のショーウィンドウに掲げられた広告
Sumireko Tomita / HuffPost Japan

「1.5℃目標」に向け、エネルギー政策で今なにが必要か

POWは広告掲載のほかに、アウトドアコミュニティと共に、「1.5℃目標」に沿った気候変動政策を求める政策提言も行う。

提言では、審議中の第7エネルギー基本計画を踏まえ、大きく分けて以下の2点を求める。

提言1 主要な気候変動政策が「1.5℃目標」に整合すること。

提言2 気候変動の影響を受ける人々の声も政策に反映できるようにするなど、気候変動政策の「決め方」の見直し

提言1では、NDCやエネルギー基本計画、GX2040ビジョンに「1.5℃目標」を明記した上で、それらがどう目標に整合しているかの説明を要求。

提言2では、審議会や研究会のメンバーの所属やジェンダーなどに偏りが見受けられるため、人選方法を変更し、気候変動の影響を現に受けている当事者の声を気候変動政策に反映させる仕組みづくりを求めている。

「1.5℃の約束 いますぐ動こう、気温上昇を止めるために」HuffPost Japan

猛暑や豪雨などが発生する背景には様々な要因がありますが、近年頻発化・激甚化している異常気象の背景の一つには、気候変動の影響があります。

気候変動の主な原因が、大量の温室効果ガス排出などの人間活動であるということは、科学的に「疑う余地がない」と言われています。熱中症や災害への警戒や対策を行うと同時に、気候変動を止める行動が必要不可欠です。

そのためには、国や企業の脱炭素化を急速に進めることが重要です。政策や企業行動に注目し、声を上げることも大切なアクションの一つです。個人でできることもあります。


 いよいよ明日国会が解散されるようです。
いい機会です。
「気候変動」に消極的な候補者を落選させることです。
「再生可能エネルギー」導入に消極的で、いつまでも火力発電や「原発」にしがみついている政党、候補者を見極めましょう。

園のようす。

ツツジが


ガザと世界 1年 占領やめよ 強まる世論

2024年10月07日 | 社会・経済

「しんぶん赤旗」2024年10月7日

 

イスラエルの犯罪に国際社会、毅然と対峙

 イスラム組織ハマスの越境攻撃を機にイスラエルがパレスチナ自治区ガザへの侵攻を開始して1年。国際法をも無視して強行される無差別攻撃に国際社会はどう対応してきたのでしょうか。

 国際社会は、イスラエルによる国際人道法違反の攻撃や、パレスチナ人に対するジェノサイド(集団殺害)の防止へ、国際司法裁判所(ICJ)や国連総会での決議などを通じて毅然(きぜん)と対峙(たいじ)してきました。

 同時に、事態の根源にはイスラエルによるパレスチナ領土の占領があるとの認識がかつてなく強まったことも、大きな変化でした。イスラエルが公然と「2国家解決」を否定し続けるなかで、パレスチナ独立国家を樹立する「2国家解決」でしか永続的な平和はない、という認識が強まり、今年に入って、パレスチナを国家承認する国が中南米や欧州で9カ国も生まれました。

 ICJは7月、イスラエルによるパレスチナ領土の占領・入植・併合が国際法違反だとする画期的な勧告的意見を出しました。同意見は、イスラエルの占領がパレスチナ人の民族自決権行使の障害となっているとして、「できる限り早期の終結」を求めました。これを受けて、国連総会は7月、イスラエルが1年以内にパレスチナ占領を終結させることを求める決議を採択しました。

 総会は5月、パレスチナの国連加盟を支持する決議も採択しています。

 パレスチナの民族自決権の実現への機運の高まりは、9月24~30日の国連総会一般討論でも示されました。「パレスチナ国家を不必要に妨害していることが現在の紛争の根本原因だ」(カリブ海の島国セントルシア)、「パレスチナ領土のイスラエルによる不法な占領を終わらせることで、紛争の根本原因に対処する必要がある」(オマーン)との発言が相次ぎました。

 イスラエルの攻撃を受けているさなかのレバノンは「根本原因は占領だ。占領が続く限り、不安定と戦争は続く」と訴えました。

 国連総会中に、サウジアラビア、欧州連合(EU)、ノルウェーの呼びかけで、「2国家解決のためのグローバル同盟」の会議が開かれ、100カ国近くが出席。ノルウェーは国連総会討論でこの会議を紹介しながら、ガザやレバノンの停戦は緊急に必要だが「戦闘の終結と永続的解決を混同してはならない」として「2国家解決以外に永続的平和の代案はない」と強調しました。

二重基準への批判噴出

 また、米国などがロシアのウクライナ侵略を非難する一方で、イスラエルを擁護する「二重基準」への批判が噴出。インドネシアは「国連憲章と国際法を二重基準のがれきの下に埋没させてはならない」と述べ、トリニダード・トバゴは「二重基準(とイスラエルへの武器援助)は、グローバルサウスに身の毛のよだつメッセージを送っている。パレスチナの子どもは、他の子どもより、命の価値が低いというメッセージだ」と非難しました。

 こうした国連や各国政府の動きに呼応して、国際法違反の蛮行、ジェノサイドをやめよとの世論と行動を広げ、イスラエルをさらに追い詰める闘いが求められています。 (伊藤寿庸)


ちょっと風邪気味。
あまり体調は良くない。

園のようす。
のぶどう

3m越えの菊芋

 


カザフスタンの核被害 「黒い雨」取材続ける29歳が現地で見たもの

2024年10月06日 | 自然・農業・環境問題

朝日新聞デジタル10/1(火)

 旧ソ連が核実験を繰り返したカザフスタンを、ジャーナリストの小山美砂さん(29)らが9月に訪れた。原爆投下直後の広島で降った「黒い雨」の取材を続ける小山さんが現地で目にした、いまなお続く核の被害とは。

 「現在進行形の核の被害について本当に間近に感じた」。9月29日、小山さんは現地に同行した中国新聞の写真記者、山田尚弘さん(40)と広島市内で報告会に臨んだ。

 小山さんは元毎日新聞記者。広島支局に2017年から5年勤務し、23年にフリーになった。現在は広島を拠点に活動する。

 旧ソ連は1949年、構成国の一つだったカザフスタンのセミパラチンスク核実験場で初めての核実験を行った。以来、89年まで450回を超える核実験を続けた。今回、小山さんらは9月1~11日の日程で、実験場跡や周辺の村などを訪れた。

 村の住民は貧血や骨の痛み、頭痛などの体の不調を訴えた。がんで亡くなる人も目立ったという。一方で政府からの支援は不十分といい、「カザフスタン政府は国際的に核被害をアピールするが、国内の被害者は放置している」という訴えを多く聞いたという。リハビリ施設にトレーニング器具がないなど不十分な医療体制も説明した。

 小山さんは「前進はしているが、本当に良いケアというものはすごく遠いと感じた」と話した。

 また、被害者援助に向けた新たな法律の制定を求めるNGO「ポリゴン21」の設立など新しい動きがあることを紹介。小山さんは「核実験場での作業に従事した元軍人は、証明資料をロシアから取得しないといけない。それはものすごくハードルが高い」と話し、既存の法律が実情に合っていないことを説明した。

■「日本の被爆者と連携したい」

 1970年にセミパラチンスク市(現・セメイ市)で生まれた女性、ドクジャン・ムンバイエワさんのインタビュー映像も流された。ドクジャンさんは「実験の時はランプや窓が揺れていつも地震のような感じだった。小さい頃から皮膚病を患っていた」と話した。

 子どもの頃には、2歳のときに広島で被爆し、10年後に白血病で亡くなった佐々木禎子さんの話を知ったという。

 「広島や長崎の人はかわいそうだと思っていたが、実は自分たちも核の被害を受けていた。秘密にされていたので知らなかった」と涙を流し、こう続けた。「原爆を生み出した戦争は恐ろしい。人類が原爆で絶滅しないよう、日本の被爆者と連携して頑張らないといけない」

 報告会では、山田さんは、自身の撮った写真をスクリーンに映しながら、「取材を通して広島という都市がいかに世界から注目されているかと感じた。広島の平和に対する姿勢が非常に問われていると思った」と語った。

 カザフスタンでの取材や報告会は「核禁条約をすすめるヒロシマ・カザフスタン実行委員会」が企画した。

 カザフスタンは、来年3月に米・ニューヨークで開かれる核兵器禁止条約第3回締約国会議で議長国を務める。この会議へ向けて核廃絶や核被害者への支援の機運を高めようと、市民団体「ヒロシマ・セミパラチンスク・プロジェクト」、「核政策を知りたい広島若者有権者の会」(カクワカ広島)と小山さんの3者で、8月に実行委が設立された。

 報告会は10月5日にも東京で開き、今後も各地で開く予定だ。(柳川迅)


核兵器は使ってはならない兵器、持ってはいけない兵器だ。
被爆者はその一生を病魔に侵される。
「核兵器禁止条約」を前に!

園のようす。
進む秋。


JALが合成生物学チョコレートを国際線で提供開始

2024年10月05日 | 食・レシピ

印鑰智哉ブログ 2024.10.05

 究極の遺伝子組み換えと言われる合成生物学を使って作られた食品を流通させることは日本ではまだ議論さえできていないが、日本航空(JAL)は国際線で提供を9月から始めたという¹。
 従来の遺伝子組み換え食品とは、大豆とか大腸菌とか既存の生物の遺伝子の切り貼りで実現したもの。だけど合成生物学は人間が設計した合成生物を利用する。だけど従来のような遺伝子操作と違うということで米国ではほとんど規制されずに、表示もされずに流通してしまっている。SFのような話に思うかもしれないけど、すでに合成生物が作り出すタンパクなどを利用して、アイスクリームや乳製品、化粧品、洗剤など作られている。
 JALのサンフランシスコ発東京行きの機内でオプションメニューとして提供されるのが米国企業OobliのMilk Chocolate Crisp ‘n Riceというチョコレート。宣伝にはいいことばかりが書いてある。
 「ステビアやアスパルテームなどのような人工甘味料を一切使わず、西アフリカなど限られたところだけで育つ植物が作るプラザインという天然のタンパク質由来の甘みを使ったチョコレート…。カロリーは低く、気候にも、腸内環境にも、ケトン体ダイエットにもいい…(本当?)³
 この植物の量産は困難なので、同様の物質を作り出すように設計した合成生物を使って作るようにした。でも合成生物を使ったとはチョコレートのパッケージのどこにも書かれていない。
 宣伝文句としては「精密発酵」という言葉が使われる。発酵食品なら体によさそうと思うだろう。それに「精密」という言葉を加えたこの言葉はとてもひどいセールス造語だが、この言葉が使われる場合はほぼ合成生物学が使われていると考えていいだろう。
 ブラザイン自体は自然なタンパクだが、このOobliが作ったbrazzein-53は合成タンパクであり、自然界にあるものではない。90日の毒性試験をくぐったから安全だ²ということなのだが、もっと長期の試験ならどうなのか、果たしてその毒性試験がどこまで信用できるものか、わからない。そのような人為的な自然界に存在しないタンパクを使っているのに、表示には一切、そのことが書かれていないというのは大問題ではないか?

 なぜJALはこのチョコレートの提供をするのか? これは国内線でやったら許されない。現に、東京−サンフランシスコ路線であってもサンフランシスコ発東京着の便だけで提供され、逆の東京発では提供されないという。日本でこのチョコレートを積み込めないからだろう。そんなものをわざわざ乗客に提供するというのは許される行為だろうか? 国際線の機内であれば日本の領土でないからできるとしたら、これってJALは日本企業であって、日本企業でないということになる。
 
 JALの良識を疑わざるをえない。結局、こんなところで、米国の合成生物学の製品を日本にすりこみ、日本への進出の足がかりを作らせるだけだろう。JALには提供即時中止を求めたい。


なにを食べさせられているのかわからない。
そんな時代になってきました。
自分で作る野菜が一番だ!
結局、「農業」などいらないということか?

園のようす。
栗拾い。

 


石破茂首相「デモはテロ」と断言した「タカ派」の地金がジワジワ 「民意に寄り添う」は総理のイスに座るまで?

2024年10月04日 | 社会・経済

「東京新聞」こちら特報部  2024年10月4日

 石破茂新首相は9日に衆院を解散するという。「すぐに解散と言わず」と語ったのに、野党も解散前の論戦を求めたのに、だ。にじむのが「支持率が高いうちに」という思惑。ここで立ち止まって考えたい。石破氏の政治姿勢を。脳裏に残るのが過去の言動。「デモはテロ」とつづり、「平成の琉球処分」にも動いた。軌道修正などもあったが、「手段を選ばず」は変わらないのか。(山田祐一郎、木原育子)

◆「抑圧したいという本音に危機感」

 「単なる絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらない」。特定秘密保護法案が強行採決される直前の2013年11月、自民党の幹事長だった石破氏はブログにそう記した。

特定秘密保護法案を巡り、国会議事堂前で「採決撤回」と声を上げる人たち=2013年12月、東京・永田町で

 法案に反対するデモ活動をテロと同一視することに批判の声が上がった。NPO法人情報公開市民センター理事長の新海聡弁護士は当時、本紙に「ここまで本音が出るとは」と語った。

 その後、「(大音量のデモは)本来あるべき民主主義の手法とは異なる」と修正した石破氏。新首相就任をどう感じるか。改めて新海氏に尋ねると「安倍晋三元首相や高市早苗氏らの陰に隠れてきたが、表現の自由に対し、建前とデモを抑圧したいという本音が全く違うのは変わっていないだろう」と危機感を緩めずにいた。「総裁選までは人気を得るためにリベラル路線を強調してきたが今後、本性が見えてくるのでは」

◆沖縄を怒らせた「平成の琉球処分」

 同時期に物議を醸したのが、自民の沖縄関係議員への対応だ。米軍普天間飛行場の辺野古移設に慎重だった議員もいたのに、石破氏が13年11月に「辺野古移設を妨げれば基地は普天間に固定化することになる」と迫って翻意させたほか、自らの会見に議員たちを同席させた。その様子は「平成の琉球処分」と呼ばれた。

 「今でも強い印象が残る」と話すのは元県知事公室長で元県議の親川盛一氏。翁長雄志前知事を支えた「オール沖縄」の元共同代表でもある。

 「もともと翁長さんは自民の政治家。14年に革新勢力と連携した『オール沖縄』のスローガンを掲げて知事選に出たのは自民政治への危機感から。あの会見も大きく影響した」

◆命令に背けば「死刑」「懲役300年」

 今回の総裁選で石破氏は沖縄の基地負担について「深くおわびする」と述べ、辺野古への移設計画は「十分に沖縄の理解を得ていない」と口にしている。親川氏は「首相となってからはどうなるのか。日米地位協定の改定に言及しており、政治姿勢を見極めたい」と複雑な思いを明かした。

 自民の野党時代の12年には月刊誌で「国そのものが揺らいだら、『知る権利』などと言っていられなくなるのだ。そういう意味で、『知らせない義務』は『知る権利』に優先する」とつづった。13年4月のテレビ番組では、憲法9条を変更して自衛隊を「国防軍」とすることを掲げたほか、軍事法廷のような機能をつくり、出動命令に背けば「死刑」「懲役300年」もあり得ると持論を展開した。

◆反発受ければ「すぐトーンダウン」

 14年1月の特報面で「国民の声に耳を傾けようという姿勢がない」とただしたのが法政大の五十嵐仁名誉教授(政治学)。石破氏はどう映ってきたのか。「根っからのタカ派であるということは明らかで、根底にあるのは国のために国民がどう尽くすか。軍事的に自立して日本の国際的地位を変えたいという思い。12年9月の総裁選で争った安倍氏と比べても、憲法に対する配慮や遠慮がない」

 さらに「世論を意識して主張しても、反発を受ければすぐにトーンダウンするのが特徴だ」と続ける。

 物議を醸す言動があった後、石破氏はどんな道をたどったか。

◆逆風の選挙ほど自民の苦言を聞いた

 安倍政権下の2014年に地方創生相に就任したが、16年に閣外に去り、18年の総裁選で再び安倍氏と対峙(たいじ)。だが、またしても敗れた。20年の総裁選で安倍路線継承の菅義偉氏に退けられると、21年の総裁選には出馬せず、河野太郎氏の支持に回った。

「桜を見る会」問題で安倍前首相が不起訴処分と伝える大型モニター=2020年、名古屋市内で

 この間、安倍路線の批判を強めていく。強引に成立させた特定秘密保護法、野党から「政治の私物化」と追及された森友・加計学園や「桜を見る会」の問題で苦言を呈し続けてきた。

 批判の真意はどこにあったのか。石破氏に関する著書があるジャーナリストの鈴木哲夫氏は「12年ごろから安倍さんをライバル視していたことは間違いない」と語るが、それだけではないようだ。

 「石破氏への選挙応援の要請は党内で圧倒的1位。特に逆風が吹く苦しい選挙ほど呼ばれた。全国を回って自民への苦言を最も聞き、自民の足りないところを最も肌で感じてきたのが石破さんだ」。そうして聞いた世論を東京に持ち帰ってぶつけたという。

◆「高市さんよりまし」という感覚だった?

 「これが党内で嫌われる要因になったし、『与党内野党』の立場を確立することになった」

 一方で「石破さんの言動は実はほぼ変わっていない」と説く。「石破さん以上にタカ派の安倍さんが出てきて、かつ石破さんは反主流派なので、リベラルな印象を与えている」

 今回の総裁選では「まっとう」と目された。労働問題に詳しく、かねて自公政権に厳しい目を向けてきた渡辺輝人弁護士は「結局のところ、『高市さんよりはましだ』という感覚が大きかったのでは」とみる。

 ただ、9月27日に新総裁に選ばれて以降、数日で不信を買うことになった。

◆やると言ってやらない…「うそつき」

 総裁選中、石破氏は早期の衆院解散に否定的だったが、今月9日に解散すると表明した。自民の裏金問題などがある中、野党からは「論戦から逃げた」と相次いで批判が上がった。

 「やらない理由が分からない」としていた選択的夫婦別姓の導入は、自公連立政権の合意文書で記載が見送られた。導入を求めてきた渡辺氏は「やろうと思えばすぐにでもできる話。労働市場でも大半の人が夫婦別姓を認めてほしいと考えている中で、やると言っておいてやらないのは、ただのうそつきだ」と訴える。肝いりの地位協定の改定を巡っても、今月2日のバイデン大統領との初の電話会談では触れなかった。

 またもや石破氏の言動に注目が集まる中、防衛問題に詳しいジャーナリストの布施祐仁氏は「党内基盤が弱いため、長く政権を維持しようとすればよりバランスを取らざるを得ない。トーンダウンはある種必然の流れだ」とし「自民の権力の源泉はあくまで大企業優遇と、米国追随の政治。そういった背景や支持基盤も含めて見ていくべきだ」とも求める。

◆民意を裏切った時の失望は倍加する

 思想家の内田樹氏は石破氏の振る舞いについて「安倍・菅・岸田政権が貫いてきた自民党の成功体験がなせるわざだ」と述べる。

 「民意に耳を傾けず、ゼロ回答を続ければ、国民は政治に絶望し、投票の意欲を失う。それが結果的には組織票を持つ自民党を利する。国民に無力感を与えることが、政権安定につながるという安倍政権以来の成功体験が忘れられないのだろう」

 前出の鈴木氏は石破氏にくぎを刺す。

 「首相になれなかった時代に言ってきたことが本当に実行できるのか。組織をまとめるためにさまざまな意見を聞き、『永田町的組織論』で動く場面は増える。増えるほど民意から遠のく。民意に近かった分、裏切った際の失望は普通の自民議員の2倍以上に跳ね上がる」

◆デスクメモ

 過去の言動の修正、謝罪などは間々ある。だがそうしたから済む話か。例えば平成の琉球処分。強権的な辺野古移設を方向付けた石破氏の振る舞い。後々にしおらしい姿を見せても、と感じる。改めて信を得るには行動で示すしかない。方針転換できる立場だからこそより強く問われる。(榊)


さらに「裏金議員」を「公認」するそうだ。
こんな状況下で立民野田は自民党を助けている。
立民・共産で議員になった人たちの声が聞きたい。

園のようす。


「森の効能」 ストレス解消や腸活に「森遊び」がまさかの好影響

2024年10月03日 | 自然・農業・環境問題

 最新技術でわかったを森林ライターが解説

森が引き出す子どもの可能性『水はどこからやってくる? 水を育てる菌と土と森』浜田久美子1/3

コクリコ 2024.08.10

作家:浜田 久美子

森林療法の研究者、上原巌さんといっしょに森散歩するこどもたち。木の肌触りを感じてみよう。樹種によって触り心地が違うよ。(すべて写真は上原巌さん提供)

子どもの身体、心と脳に「森」がたくさんの「恩恵」を与えていることを知っていますか。目に見えない森に生きる微生物が、実は心にだけなく、「腸」にも効いていたことがわかってきているのです。何となくそうかな、と皆さんが感じていたことを森林ライターの浜田久美子さんがわかりやすく教えてくれる3回シリーズの1回目のお話です。

人工物に囲まれた都市生活が主流の日本では、森の恩恵を日々ストレートに感じづらいものです。でも、意識するしないにかかわらず、森は私たちの命に直結しています。森は水を貯め、空気をきれいにしたり、災害予防の力を人知れず発揮してくれています。この3回シリーズでは、未来を生きる子どもたちにとっては、心と身体、そして脳にとっても森に触れる恩恵を少しでも知ってほしい。

遠くの森に出かけるのは、確かに簡単ではありませんが、がんばらなければ行けない「森」でなくていいのです。身近な小さな自然を「森」の替わりにする鍵は「感じる」こと。未来の社会を生きる子どもたちと、今、社会の真っ只中にいる親御さんたちと共に、森との接点の有無はwell‐beingを大きく左右します。

  • 浜田久美子さん プロフィール●
    東京生まれ。早稲田大学第一文学部心理学専修卒業。横浜国立大学大学院中退。精神科カウンセラーを経て、木と森の幅広い力と魅力に出合い作家に転身。森との接点が失われた時代に、もう一度森と人がより良い関係をつくるために挑む人々を取材している。

腸内環境にも森が大事!?

オーストラリア産のミツロウの商いをしている友人が、コロナ後数年ぶりにオーストラリアに出かけたら「森を歩くとマイクロバイオームが身体にいいから」と言っては知人たちが森に出かけている、という話をしてくれました。マイクロバイオームは微生物コミュニティのことで、土壌を筆頭に、私たちの身体表面、そして「第二の脳」(第一とする人もいる)と言われる腸に多く存在しています。腸内環境、すなわち腸内のマイクロバイオームの良し悪しが、私たちを健やかにも病気にも至らしめることは広く知られるようになっています。

一方、森にさまざまな癒やし効果があることはどれぐらい知られているでしょうか? この20年ほどの研究で、たとえば血圧を中庸に導く効果だとか(血圧が高い人は低めに、低い人は高めに)、ナチュラルキラー細胞と呼ばれるガン細胞を抑える免疫機能が高まることや、心身のリラックス効果などがあるのはご存知でしょうか?

そういう効果をもたらす森の力は研究が続いていますが、わかっていることの一つに、樹木から発する「香り」(フィトンチッド)成分によるものがあります。でも、友人のオーストラリアみやげ話から、「マイクロバイオームの存在」ににわかに反応してしまいました。森は、まさに菌の世界だからです。

森の菌が水を育てている

私は、2023年に初めて子ども向けに出版された『水はどこからやってくる? 水を育てる菌と土と森』(浜田久美子著 講談社)という本のために、この数年間「菌」について学びました。発酵文化に欠かせない酵母菌や、腸内環境を良くするビフィズス菌など有用な菌があることは知っていても、それこそ「バイ菌」と呼ばれて──それが何を指すのかわからなくとも──病気の元になるのは菌、というイメージが当初私にもありました。

でも、思い切りざっくりまとめてしまえば、私たちの命に欠かせない水を育めるのが森であり、その森をつくるのは膨大な菌の存在が大きな役割をもっていたのです。菌が木々とさまざまなやりとりをして木を育て(菌も木から恩恵をもらっている)共生していること、木の根の菌が周囲の木々と栄養の補給などをしていることもわかっています。菌の膨大な力はまだ研究が始まったばかりでした。菌は土壌にだけいるのではありませんが、土壌中の菌がすべての生きものを分解し、水を蓄え、ゆっくりと水を浸透させる土にする立て役者であることを書いたその本は、私にとっても未知の扉をあけてくれるものでした。

その森の多様な菌が、私たちの健康に直接影響するとしてすでにオーストラリアでは実践している人たちがいる、というのはとても興味深くワクワクする話だったのです。

『水はどこからやってくる? 水を育てる菌と土と森』(浜田久美子著 講談社)

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無意識にマイクロバイオームを直接取り込んでいる

森の中を歩くとマイクロバイオームを呼吸で吸収して腸内環境を良くしてくれる可能性、について森林療法の研究者、上原巌(うえはらいわお)さん(東京農大森林科学科教授)に尋ねてみたところ、そのような研究がまだ日本にはないと前置きしながら、「呼吸して取り込むということもあるかと思いますが、子どもの場合は直接口にするほうが考えられますね」と言いながら、そう言えば、と大学生たちの話をしてくれました。

「授業で森に入って過ごすとき、樹木や土やいろいろな森のものに触りますが、彼らはその手を洗ったりしないで昼のおにぎりとか食べるんですね。そのせいか、インドとか衛生状況が心配な海外での実習にも、お腹をこわす学生がいないんですよ」と笑うのです。

口から直接。なるほど、と思いました。「食べる」だけでなく、いろいろなものを触った手で口に鼻に目などの粘膜に触れば、体内に直接取り込むことになります。まさに、コロナで誰もがさんざん注意された行為なので、ピンときやすくなりました。怖い感染予防には、取り込まないために手洗いうがいが大事であることは世の中に広く浸透しています。

もちろん、手を洗わないでそのままおにぎりを食べることは今ではお勧めできませんが、行きすぎた清潔志向、無菌を目指すような過剰な防衛は、逆に感染や病気になりやすくなることが指摘されてもいます。抗生物質の多用がマイナスなのは、腸内の菌を大きく減少させて、逆に病気になりやすくするからです。

生まれたばかりの赤ちゃんは、ある時期まで何でもかんでも触ったものを片端から口に入れるのが「仕事」ですが、それによって外界の実にさまざまな菌を体内に取り込んでいると言われます。決して、菌がないほうがいいわけではないのです。

今度は葉っぱ。葉っぱもみんな違う形、違う感触。このカヤノキは尖ってるけどへっちゃらさ。

多様な腸内環境をつくってくれる「菌」

「でも、いい菌がたくさんあったほうがいいに決まっている」と思うのは大人の常。良いと言われる菌のサプリメント、食材のお勧めコマーシャルを見聞きしない日はありませんし、腸活を実践する人は多いことはまちがいありません。

無菌を目指すのとはベクトルが違いますが、こちらも熱心になりすぎると「良い」と言われるものをせっせと取り込んでしまいがちです。でも、現在わかっているのは、腸内環境は一人一人個性があってすべて違うこと、どれか一つの菌が良いというよりは、相性のように菌同士の組み合わせによってプラスマイナスが変わること、など単純な話ではないのでした。

そんな中、唯一はっきりしていることがありました。それは、「超」健康と言われる人たちの腸内環境を調べることでわかったことですが、超健康な人たちの腸内環境は実に多様な菌がいる、ということが共通だったのです。これらは医師の桐村里紗さんがその著書『腸と森の「土」を育てる 微生物が健康にする人と環境』(光文社新書)の中で紹介している話です。

「あー、だめ触っちゃ!! 汚い!」とついつい子どもたちに言いたくなる場面が山ほどありますが、これからの長い人生を歩く子どもたちには、免疫力と回復力の高い腸内環境を育ててあげることが大切です。そのためには、滅菌やいい菌だけを取り込むのではなく、「多様な腸内環境」を目指したほうがいい、というわけです。

森は多様さの象徴です!

桐村さんは著書の中で、農薬と化学肥料を大量に使う今の農法で作られる食材には土からの栄養を取り込むことがもはやできていないこと、その食材を食べる私たちが健康にはなりづらいことを指摘し、環境と人間の両方を連動して再生する必要を説いています。そこにどうして森が出てくるのかと言えば、森はいわば健康で多様な土のモデルとなるからです。

木々があるところでは、必ず草や鳥、動物に虫などさまざまな生命が寄ってきます。生きていたこれらの生物たちが枯れたり死んだりすれば、それらを分解する小動物と菌の出番です。死んだものは分解されて土となり、また次なる生物たちを育むのです。それが途絶えることなくめぐり循環することに、森の生態系としての真骨頂があります。死は終わりではなく、次の生につながる場所、それが森です。

といっても、森にもさまざまな状態があり、よく知られるスギやヒノキなどの人工林では、多様な生き物の循環とはなりえません。人工林が悪いという意味ではなく、単一さを追求するとどうしても失われるのが多様さである、ということです。そう、私たちの腸内環境のありようもまさに同じでした。潔癖なまでに滅菌しようとしたり、逆にいいと言われるものだけを摂ろうとしたりして偏ることがマイナスで、多様さ、これが鍵でした。

こどもたちに「次はどの森に行く?」とたずねると、広々している場所と木々がある場所の境を目指していく!

気持ちいい、を目安に

腸はストレスの影響を強く受ける臓器であることが知られていますが、森にはストレスを緩めて、リフレッシュする癒やし効果があることは冒頭に書きました。前述の森林療法の研究者、上原さんがそこで強調しているのは、自分の感覚、自分の気持ち良さが最重要になることです。

「森に行くとこういう効果がある、と頭で思い込む人が多いのですが、虫が嫌だ、ボウボウと茂っていて怖い、など行った森を本当に気持ちよく思うかどうかは人それぞれなんです。手入れがされていないと多くの人は気持ちよく感じません。どんな森でも行けば癒やされる、というのではなく、自分が気持ちいい、いたいというところでいいんですが、なぜか日本人は認証されているとか、お墨付きがないといけないように思い込んでしまいがちですねぇ」と短絡的な効果効能を掲げることと、それを鵜吞みにして自分の感覚に従わないこと、の両方を心配します。

「コロナが激しかったときに大学の近くの砧公園をよく観察していたのですが、かつてないほどの人が来ていて、そして、圧倒的に多くの人が、森と芝生がちょうど境になっているようなところにいようとするんです。公園には森のような樹林帯があるのですが、その中にはあまり人は入っていないんですよね。開けているところが本能的に安心なのでしょうね。でも、木がそばにある、そんなような場所がとても人気だとよくわかりました」と言いました。

何を気持ちよいと感じるかは、本当に千差万別で人それぞれです。親子であっても子どもの痛みを代わってあげられないのと同じく、感覚は、どうしたって一人一人固有であることを私たちは忘れがちかもしれません。だからなおさら、自分が気持ちよく感じる森、森に近い場所──公園でも、校庭でも、庭でも──を持っておくことをお勧めしたいのです。お子さんがリラックスしたり、のびのびしていたり、キラキラした表情の場所、そこにいたがるかどうか、がヒントになるはずです。

なんか不調、のときこそ

博報堂生活研究所がさまざまな分野の未来予測を出していますが、2030年には世界の疾病のトップにうつ病がなると予測しています。引用元:博報堂未来年表

誰もが一生のうちにはなんらかの事情でうつ状態になりうる可能性が高い中、自分の気持ちのいい場所、癒やされる場所、を持っておくことは命に関わるほど大きな意味を持ってきます。

うつ病になってしまってから治療を受けて回復するのは、残念ながら大変時間がかかることを専門家は指摘しています。発症が赤信号だとすれば、そうなる前の黄色信号のときに、私たちの身体は自然の力に感応しやすい、という指摘を静岡県は伊豆高原で「やすらぎの里」という断食とリトリート施設を経営している整体師の大沢剛先生の取材で聞いたとき、なるほどとうなずいたことがあります。

うつ病はある日突然なるのではなく、不調感、気分の沈みなどが続いてなりますが、そのときに心身が「気持ちいい」と思える場所に出かけることは本格的なうつ病になることを防いでくれます。

だから「あそこに行くと気持ちが良くなる、なんだかいい」この感覚の記憶を子どもたちに持たせてあげることは、これからの長い人生を歩く子どもたちに大人がしてあげられる贈り物の一つだと私は考えているのです。

そしてもし今、お父さんお母さんが「なんだか気分がすぐれない」状態にいるとしたら、ご自分のためにも、「気持ちのいい、自分の好きな自然」に出かけてみてください。思い浮かぶ場所がなければ、まずは身近な公園や木々のあるところへ。緑の色や風を感じたり、木の幹や葉に触れたり。自分がどんな感じになるのか、「感じ」に少し焦点を当てるだけで、私たちの内側には違いが出てきます。

「感じる」ことこそ大切!

「知ることは、感じることの半分も重要ではありません」。

そう言ったのは、『沈黙の春』(新潮社)の著者、レーチェル・カーソンです。農薬の使用が自然に及ぼす危機を告発したこの本は、今に至る環境保護運動の始まりとなったとも言われますが、カーソンはまた、子ども時代の自然体験がどれほど重要であるかを伝えた人としても有名です。

「知ることは……」は『センス・オブ・ワンダー』(新潮社)の中に出てくる一節ですが、60年以上前に書かれたものではありますが、AI時代となるこれからの社会を生きる子どもたちにとって、これほど大切なメッセージはありません。「感じる」は徹底的に自分ごとです。誰かの代わりがききません。そして「感じる」力はAIにはありません。情報を駆使して「感じる」を表現することは可能ですが、AIそのものが「感じる」ことはできません。

そんな人間を人間たらしめる「感じる」ですが、さまざまなストレスがかかる現代では、無意識のうちに私たちは自分の「感じる」を遮断してやり過ごすことに長けていきます。音、臭い、見たくないもの、聞きたくないもの……さまざまな不快・辛さを感じないようにするのは、自己防衛です。意識的、無意識的に私たちはそれをして日々過ごしているのです。
知らないうちに感覚遮断を続けるうちに、いつのまにか「感じない・感じにくい」が当たり前になってしまう危険がある今の時代、ときに意識的に「感じる」を解放することはとても重要です。特に、子ども時代は、自分の気持ちいい、心地よさをしっかり身体で体得させてあげたい時期です。それは自分の安心・安全をはかるバロメーターとなるからです。
安心でなければ、思い切り学ぶことも遊ぶこともできません。どんなに能力を持っていても、発揮できないことになりかねません。安心して「感じる」ことができる場所、それは遠くの森や海や川でなくてもいいのです。まず、身近な庭や校庭や、公園などを手掛かりにして、ときに本物の大自然に浸りに行く──そんな習慣が子どもたちの「感じる」を育みます。子どもと一緒に、大人も「感じる」ことにフォーカスしてこの夏を体験してみるのはいかがでしょう。

2回目を読む。
3回目を読む。 


「菌」との「共存」、「感受性」の重要さ。
わたしも日ごろ想うところでしたので紹介させていただきました。
わたしの「職場・園」こそまさにそのようなものです。

少し紹介しておきましょう。
ここは「コモン」です。
だれでも自由に利用することができます。

園のようす。

桜の落葉。

この園を縁ある方と創っていきたい。
そんな熟練高齢者になった日の想いです。