風がヴギウギ

自由気ままな風の様に毎日を切り取っていく

雨の日にフォ-クソング・・・2

2020年10月09日 | FolkSongヴギ

今日も雨・・・昨日の続きで フォ-クの想い出とおもい

屋根裏に潜ってLP版を掘り出そうとしていたら

手前にあったEP版を見つけ整理しだしちゃいました

EPなんて言っても 今じゃ 死語かな?

値段も 370円 500円 でも この当時は高かったけど

今じゃ ワンコインだと笑われそうです

でも 500円になったときは え-----!130円もあがるの必死だったし

LPも上がった時は お小遣いに大分響いたなあ

EPも 沢山あるので 先ずは手に取った 外国と国内を数枚撮りました

ドノヴァン 懐かしいなあ・・・

 フォークロックの草創期からボブ・ディラン等と共に活動していた 

スコットランド出身シンガーソングライター 今も活動中

ブラザ-ス・フォア

モダンフォ-クベストというタイトルがついています

「花は何処へ行った」「パフ」「朝日のあたる家」「500マイル」の4曲を収録

みんな何も見なくても歌えますが パフは中学生の音楽会で歌った覚えがあり

今もメンバ-は違うが活動しているようです

名前が生きている限り 歌も絶えないってことでしょうね

特に覚えている 

1960年デビュ-曲「グリ-ンフィ-ルド」が大ヒット

ハ-モニ-も綺麗でしたが 曲と詞が泣きそうだった

ビ-トルズ 僕が15歳の時に解散 僕前の代

GSの人達が影響を受けたようです

僕たちは第何期のファンなんでしょう?

ハーマンズ・ハーミッツ

ビ-トルズと同じイギリスのバンド 「ミセス・ブラウンのお嬢さん」

ビ-トルズの後を追い アメリカに渡った

調べてみると 今でもメンバ-は違いますが活動をしています

 

ニュ-サデスティック・ピンク NSP

みちのく 高崎城近くに音楽を愛する三人の若者ありと紹介されてます

この当時は19歳 国立一関工業高等専門学校5年生

さよならは 僕たちもコピ-している

「さよなら」「遠野物語」「線香花火」「赤い糸の伝説」「シャツのほころび 涙のかけら」

「八月の空へ翔べ」「いなかっぺちゃん」等々

5人のフォ-ク仲間の内 3人は当時はハ-ドロックにはまってた

よくフォ-クに手を貸してくれたと思う

35年がたったころに録音した楽曲の多くに 僕がNSPをおしたことから

改めて全員が好きになってくれ

特に 天才君は全てのCDからDVDまで揃えるまではまり込んでしまった

 

NSPの天野さんは天才です・・・亡くなってから暫く活動してませんでしたが

天野さんと親交の深かった 元ふきのとうの 細坪さんとスリ-ハンサムズとして

テレビに出たのを見て感動しました

代表曲の「夕暮れ時はさびしそう」は東北新幹線「一ノ関」の発車音になってます

加藤登紀子・長谷川きよし

長谷川きよしとは 「別れのサンバ」で出会いました

目が不自由なのに どうしてこんなにギタ-が・・・と 衝撃的でした

黒の舟歌は 野坂昭如も歌ってヒットしましたが

僕は こっちのほうが好き

とんぼちゃんは 1年間活動して解散してしまいました

☆フィリップスレコ-ド もうないのかな?

GSがいたりフォークがあったり不思議な時代の転換期だったのかな?

 

17歳ごろの僕

白黒写真はフォ-ク仲間

左の比留は オカリナとギタ-

真ん中の 久保は 天才君 ギタ-全般 ドラム 電子関係でどんな楽器もこなす

僕 一応 ギタ-・メインボ-カル 洋服も時代を感じるな

後二人は 後ろで写ってない

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

合羽からげて台風対策・・・

2020年10月09日 | 日常ヴギ

台風が来るううううううう!

雨の事ばかり情報がありますが 風がどのくらいなのか解らない

携帯で見ると 4-6mであまり強くもなさそうですが

裏庭は風がまともに当たるので あやしい完全武装で整理を開始

昨日 釣りに行く予定で出しておいた 上下が今日・・・役立つなんて・・・むなしい・・・

合羽を着てるので雨が心地よい

七輪や園芸関係は倉庫の中へ・・・

倒れそうな鉢植えは下におろし 風裏へ・・・

テ-ブル周りは 傘をしまったり 椅子をねかせたり

以前 濡れ防止でシ-トをかけたのですが 是が 逆に風を下から受けて

テ-ブルが裏返って吹っ飛んだことがありました

風通しはどんな時も注意が必要だって反省しました・・・

メダカの家は この二日降った雨でパンパンになって

ハッポ-が横に膨らんでいたので

たまった雨水を3-4cm汲みだしてから 上蓋を・・・

後は明日の様子見です

 

2018年10月の台風の後

隠居部屋が無い時 畑はボロボロ

椅子・机は飛んで裏返し

この時は とにかう驚きました

 

そういえばと モスラ達を探してみました

今日は1匹とも違う離れた枝にひっそりと身をひそめています

土砂降りですが とにかく 頑張れ!

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

親父の自作本・・・ お風呂・・・2

2020年10月09日 | 自作本

わが子が生まれた頃には「宮本館」は廃業し

妻は子どもを抱いて

家で風呂を焚かない日には「宮の湯」の方へ出かけて行った

僕が子どもの頃

時折入浴に行ったのはこの「宮本館」の方である

時折というのは 家に内風呂があったので

常に銭湯へ行く必要がなかったからで

行くのは家で長く風呂を焚かない時期とか

角の床屋さんへ行くと気ではなかったかと思う

その頃はどんな風呂であったか全く覚えていない

むしろ佐藤さんという床屋さんの方は

戦後も通ったことがあるのでよく覚えている

脇道にそれるが この床屋さんは夫婦二人で

助手なども置いて営業されていた

村に一軒だけの床屋だったから結構賑わっていたと思う

ここの御夫婦は揃ってバイオリンをキ-キ-鳴らしているような

甲高くしかも何処かかすれた声で話す明るい感じの人だったが

子どもに恵まれず 後には養子を迎えられた

言うまでもないことだが 素晴らしい設備があるわけではなく

特に頭を洗う設備は 極めて原始的という他はなかった

隅の棚の上に水槽が置かれ

そこに真鍮の蛇口がついていて

石鹸だらけになった顔をその真下に突き出させ

コックを捻って水を出して洗うのだが

温度などという事は論外で 

冷たい水を首に掛けられると瞬間的に息が止まってしまう感じで

つい首を引っ込ませ頭を引きたくなる

是が一番こたえた!

-続-

☆僕は 20代後半くらいから床屋に行ったことがない

今も バアバのバ-バ-切ってもらっている

最近はもうベテランの域に達していて余裕もありそうです

田舎にいた時 床屋に行った覚えがないので

家で切ってもらってたのかも

東京に出てきてからは 団地の入り口にあった

友達の床屋さんに通っていた

就職して家を離れたが 髪を切るときはここまで通っていた

知り合いなので ジュ-スを貰ったり

奥の座敷で遊んだりした記憶がある

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする