塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

論点は、様々な角度から眺めてみると意義がある

2016-11-26 16:44:04 | 日記
 2017年春に開催される、第4回ワールド・ベースボールクラシック。

 ワールドカップと比較して大きく異なる点は、前者がシーズン終了後に行い、その後選手が休暇に入る形なのに対し、後者が

 「シーズン開幕前に行うために、投手が疲弊しないように球数制限を設ける」
 「新しい契約先を見つけた選手が、大会か春季キャンプかで板挟み」

 という現象を起こすことです。

 自分が怪我や病気、肉親に何らかのアクシンデントが起きたというならば、サッカーだろうが野球だろうが選手は出場を断念します。

 もしワールド・ベースボールクラシックが、シーズン終了以後の開催ならば、これらの問題は解決されるのかもしれませんが

 大陸予選の兼ね合い
 寒さが増す11月の開催か

 という点も問題なのでしょうね。

 僕が面白いなと思うのは、コラムの多くで

 「この大リーガーは参戦するのか?」
 「小久保監督は、どの大リーガーを指名するのか」

 というように、大リーグという言葉キーワードである点です。

 確かに地球上でもっとも野球で優れた選手が米国に集うのは当然ですが、大事なのは大リーグでプレイすることではなく

 1・チームとしての調和と、選手が役割をしっかりと把握していること
 2・体調と精神面で問題がないかどうか

 という2点であると思うのですが。

 例えば欧州王者のポルトガルですが、レアルに何人在籍しているいるのか、バイエルン、バルサ、シティなどメガクラブでどれくらいの期間在籍しているかは、さほど問われません。

 問われるのは出場機会に恵まれ、体力と精神力が充実し、指揮官と問題なくやっていけるのか、という点です。

 同じ世界大会でも、論点が随分ことなることは、眺めているだけでも勉強になりますが。
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父親の背中を見ても、息子が追従しない理由

2016-11-26 16:26:29 | 日記
 我が家には畑と庭があります。

 僕は庭付きの持ち家に生まれた、という形になるわけですが、園芸と農作業には幼少時から無関心で、小学生時代、母と祖母に畑に連れていかれも、全く楽しくありませんでした。

 我が家に強盗や誘拐犯が現れるとも思えませんが、子供を目につくところで見張っていたい、という考えもあったのでしょうね。

 今でも関心がないことに変わりはなく、先ほど久々に農作業をしましたが、農業に従事する方の心意気にすごいと感じる一方

 「家で世界名作全集でも読む方がよいな」
 「堆肥や道具にお金をかけるコストはいかほどか」

 と感じただけでしたね。

 ミランがついに、中国企業に買収されます。

 以前から「ミスター・ビー」と名乗る人物から買収案を提示され、インテルがすでにモラッティの手を離れたように、買収となればミラノの両クラブは外資が経営権を握ります。

 僕はバルバラ・ベルルスコーニは、彼女なりによく動いたのではないか、と思います。

 パト・アレシャンドレとの交際報道は余計だったようには思いますが。

 ベルルスコーニと言えば、ミランのオーナーである前に

 「イタリア首相で多くの女性問題でも有名」
 「実際に彼はカソリックの国で離婚を経験」

 という形で知られています。

 ベルルスコーニは息子もいるのですが、不思議とカルチョとミランへの情熱を持っておらず、だからこそバルバラが登場した、というわけです。

 息子さんは、オーナーシップで赤字補てんという形を嫌悪していると聞きましたし、父親のやり方ではミランは単なる資産を食いつぶす厄介者、という形に見えたのでしょう。

 僕が畑と庭に関心が持てないのは、単純に僕が我が家の「厄介者」であるからでしょうが。
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僕が幼少時の洗濯はいかに

2016-11-26 01:04:29 | 日記
 花王のウルトラ・アタックネオ
 ライオンのハイジア

 他にも消臭や高性能を誇る洗剤が店頭に並ぶ昨今、サッカーのようにジャージの洗濯が大変な家庭は、すごく重宝していると思います。

 僕が小学校の時、家庭用洗剤はおなじみクレンザーや、洗濯石鹸は従来の粉タイプでして、今ほど選ぶ選択肢はなかったはずです。

 言い換えれば、我が家に限らず、子供を持つ母親というものは

 1・汚れがひどいものは揉み洗いをしていた
 2・漂白剤など、洗剤以外の物を使用

 という形で、すごく時間をかけていたと感じます。

 サッカーは今でこそ芝の上という認識ですが、小学生のサッカーは今も昔も土が基本です。

 長野のように雪が多い土地柄では、サッカー、雪合戦など、体育でもジャージが汚れることが多く、母親が選択に欠ける時間の頻度は、今よりもずぅと大変だったでしょうね。

 もし、僕がブランドの洗剤開発者ならば、

 子供を持つ母親、父親の意見

 は、すごく参考になると思います。

 また、各種プロリーグの用具係の存在も、今では見逃せないと思います。

 過去にが考えられない、病原菌の予防や白の追及など、洗剤の在り方は様々ですが、一方で環境に配慮したものも多く見かけます。

 僕の母親はどこかで

 「子どモは汚して帰宅するのが当然」

 と感じていたフシがあります。

 今は性別問わず、両親にも子供にもそれだけの時間のゆとりがなくなり、皮肉にもその点が洗剤の競争を促していますね。
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今でも思い出す小学校時代の思い出

2016-11-26 00:55:14 | 日記
 今はどの都市でも少子高齢化で、学校の統廃合や空き部屋をどう利用するべきか、悩んでいると思います。

 僕が小学生だった時代は全ての学年が3クラス編成で、確か5年生の時だったと思いますが、クラス別サッカー対抗戦が行われるようになりました。

 それまでは水泳大会、運動会、マラソン大会などが行われていたのですが、サッカーは男女ともに

 1・2年6学級で対戦
 3・4年6学級で対戦
 5・6年6学級で対戦

 というように、学年の枠を飛び越えてのクラス別対抗戦の形式で行われていました。

 僕の小学校はゴールの広さは違えど、ポストが4つありましたので、同時に2試合を一つのクラウンドで行うことができたのも、大きな利点でした。

 これが野球やソフトボールだと、時間の問題、用具の問題が出てきますし、何よりポジションによって運動時間がまるで異なります。

 僕は当時から臆病者で

 「ああ、エラーは嫌だ」
 「ボールよ、来るな!」

 と思っていたものです。

 でも不思議とサッカーではそんなマイナスのイメージを抱くことがなく

 「ようし、今日もやったるぜ!!」

 と意気揚々としていたものです。

 休み時間や放課後、みなでボールを蹴る楽しさは、今でも本当によく覚えています。

 サッカー対抗戦の結果は記憶にないのですが、ミスを気にすることなく動けたのではないか、と思います。

 1学年違えば体力も、ボールの威力も随分違いますが、それでもサッカー対抗戦ができたことは、当時は出生率が維持できた、嫌な言い方をすれば従来の価値観が生きていた、という意味でもあるのですが。
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