けふからは をらぬといひし 女郎花 夢詩香
*オミナエシなのですから、オミナエシの花の写真をつけたいところですが、今頃の季節には咲いていないし、ここらへんでも見かけたことはないので、これでがまんしてください。写真はいつも、深く考えることなく、その時その時で適当につけています。
まあ、女郎花という言葉に、女の人の存在を隠喩しているという感じの句ですが。
かのじょは子供のころ、母親を失いました。ある日突然、家から母親がいなくなっていたのです。どうしていなくなったのかは、大人になってから知りましたが、子供のころはただ、父親から、もう母親は帰って来ないと言われて、なんとなく納得してしまっただけでした。
子供心に、いつかはいなくなる人だと、わかっていたのです。
母親は出て行くとき、かのじょの弟には声をかけて行ったそうです。軽い感じで、もう帰って来ないよと言って、出て行ったそうです。そして本当に帰っては来なかったのです。その人の人生がどんなことになったかは、もうここでは語りますまい。
子供のころにそういう悲しみを味わった人でしたから、自分の子供には同じ思いを味わわせたくはないとかのじょは強く思っていました。ですから、どんなにつらくても、夫と別れずに、子供のために我慢をしていた。馬鹿にされても気にしないことにしていた。だが、色んなことをやりすぎて、あの人は力尽きた。
ある日かのじょはとうとう言ったのです。
もうこれ以上ここにいられなくなりましたと。
最後まで捨てたくなかった。だが、捨てなければいけないのと同様のことになった。
今日からはもういないよと言って、去っていったあの母親のように、自分も去らねばならなかった。
がんばってきたことの何もかもが、無駄だったのかという思いも、かすんでいくほど、疲れ果てていた。自分が何をすることもできなくなっていたことに気付いたのは、彼に人生を譲ってしばらくたった時でした。
もう帰っては来ないよ。
決してそんなことをしたくなかったのに、せざるを得なかった自分が、どんなにつらいかということに気付く前に、あの人が倒れて、何もかもを忘れてしまったのは、神の愛でしょう。