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「赤旗」でのインタビューで紹介された「ザ・タイガース 花の首飾り物語」瞳みのる著小学館・1500円、12万の応募作品から選ばれた、原詩の作者を求めてという内容紹介に惹かれて、一気に読んでしまいました。
作者は、タイガースを離れたあと、慶應義塾高校教師として教壇に立ち、退職後、タイガース再結成で再びドラムを担当している方です。
ずば抜けた集中力と行動力の持ち続けていると感じましたし、インタビューは、率直・ストレートに踏み込む、マスコミ人のような姿勢で性急すぎる気もします。
瞳氏は、原詩者探しをきっかけに、当時のポピュラー音楽界さらには、明治以後の日本の音楽、日本文化・地域興しに至まで書かれています。
原詩者探しは、どうなるのだろうとどきどきしながら読み、菅原房子さんの「あれは、自分の作品ではなくなかにし礼さんのつくったもの」と冷静に見つめていること、なかにし礼氏は「あの人のつづりがなかったら、これまた生まれなかったことも事実です。・・・・最後のゴールを決めたのは僕なんだけど」ときちっと位置づけています。
さらに、「自分の作品が詩として完璧であったんじゃだめなんだな。作曲家にある仕事をさせる不純なものとか、余分なもの、それを残しておくことがプロの仕事なんですね。・・・・・われわれの後には文学のにおいなんか全くなくなって、井上陽水当たりで代替終わるわけだから」との指摘は、今の私の疑問に答える一つになっています。
ただ、「花の首飾り」が日本音楽史の残る作品となったかどうかは、疑問の残るところで、彼の思い入れがあまりに強すぎる気がしました。
彼の一番言いたいことは、明治以後の日本の音楽であり、日本文化ということだとおもいます。それは「余韻」など随所に現れています。
ただ、この段階では十分に納得できる、深い分析とは思えず、今後の研究成果の公表に期待したいと思います。