長唄三味線/杵屋徳桜の「お稽古のツボ」

三味線の音色にのせて、
主に東経140度北緯36度付近での
来たりし空、去り行く風…etc.を紡ぎます。

庵梅(いおり の うめ)

2020年03月09日 23時30分31秒 | お稽古
 横浜能楽堂で、大蔵流の狂言「庵梅(いおりのうめ)」を観たのは、もう先々月の1月13日のことである。
 この狂言には太郎冠者は出てこない。全編、女性を表すビナンカヅラというお約束の、白い布を頭から巻いて、端をツインテール様に両サイドに垂らした、登場人物すべてが女性という、珍しい狂言である(もちろん狂言方の男性が演じているわけであるけれども)。



 老境に達した尼僧が一人、結んだ庵に住まいしている。ところへ、かつて彼女に歌の道を学んだ教え子たちが訪い、昔のようにそれぞれが和歌を詠み、梅が枝に短冊を下げていく。やがて酒宴となり、往時を懐かしみ謡い舞う春の一日。



   しきしまのみちを すてさせたもうな おとめごたちよ…

 別れ際に老尼は、若き日に学んだ歌の道を忘れず人生を送ってほしい…と謡い、教え子たちを見送るのである。



 山種美術館所蔵の川端龍子「梅(紫昏図)」がとても好きで、見掛けるとついつい絵葉書を求めてしまうのだが、私の脳内の庵の梅舞台図は、まさに、その絵なのである。



 梅が咲き、新しい春がめぐりきたるときは、別れの季節でもある。
 皆が新年度からの新しい身の置きどころへ去っていく。



 長唄、三味線をお伝えするようになって早や二十年余り、私の未熟さゆえ、長唄の魅力を伝えきれず道半ばにして去っていったお弟子さんの顔が浮かび、申し訳ない気持ちになる一方、結婚し子供が生まれてお休みしていた稽古を、再開して通って下さる方もいらして、本当に有難く、日々気持ちを新たにして進まなければとも思う。


 
 山本東次郎家の庵梅を、私は長らく待ち焦がれていた。
 臥龍梅のごとき枝ぶりの作り物も嬉しかった。
 演者が去ってゆく舞台から、暮れかかってほのぼのと清やかな梅の香が匂ったように感じて、私はしみじみと様々なことに思いを馳せ、掃部山を後にした。



コメント
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