長唄三味線/杵屋徳桜の「お稽古のツボ」

三味線の音色にのせて、
主に東経140度北緯36度付近での
来たりし空、去り行く風…etc.を紡ぎます。

待っていたお嬢~青空のソーシャルディスタンス

2022年04月11日 22時57分37秒 | 折々の情景
 三月の月ずえに突然暖かい日和が訪れ、慌しく前年度中に卒業していった揚羽蝶のゆくえを案じていた、春疾風に凍える新年度早々も、四月馬鹿、旧暦上巳、花まつり、ことごとくが朧夜のうちに過ぎ…

 ベランダの先に初夏が立っていた。
 しきりと囀る鶯が闇夜を押し開き、早朝六時にそっと居残り組を覗きみると…

 

 真っすぐな光線が陽気の烈しさを呼び、三時間後の九時。



 急激に羽化の支度が進むサナギに心を残して、日曜日の朝。私は稽古に出掛けた。


 かのものは今シーズン、我が家で一番最初の越冬サナギであった。



 ある九月の朝、棲み慣れたレモンの樹に別れを告げ、彼は旅立った。
 ゼブラ模様の弟妹を残し、まだ青かった檸檬の実が彼を見送った。







 いったいこの子はサナギになる気があるのかしら…
 想定外の場所でサンダルの下敷きにするを恐れた庵主は、彼の行方を見守った。
 しかし彼は旅を愉しみ、なかなか腰(?)を落ち着けなかった。





 彼の道行は三日に及んだ。



 白露も過ぎた九月十八日の朝、雨に濡れて前蛹化した彼を見つけた。
 翌十九日、彼は楚々としたサナギに変貌していた。







 月と星々は天を廻り、空を風が走った。










 
 生者必滅、会者定離。
 人間界でさえ、ここ二年ほどのコロナ禍で切実であったが、小さきもの共の日常、気紛れな気候に体温を左右される彼らの運命は、更に酷薄なものであった。
 であるから、外出中にさらぬ別れのあるもの…と覚悟していたのだが、倖かな四月十日。
 彼は私を待っていた。







 帰宅してベランダに直進したいつもの場所で、彼女は静かに翅を拡げていた。

 見つめると間もなく、網の上部へ伝い始めたが、手摺りのスチールで脚のツメが滑り、もがくように落ちた…しかし餅は餅屋、墜ちずにハタハタと羽ばたくと浮上して、そのまま私の目の先、前庭の中空で、三たび漂うように旋回すると、ふいと屋根の上に消えた。

 伝書バトかいなぁ…戻ってくるのかしら……



 正午過ぎの光の中で、抜け殻は静かにほほ笑む。


【追記】
翌11日午前中、彼女は確かに戻ってきました。
お隣のビルの蔭へ、ひらひらと飛んで行く彼女の黒い影が見えました。
国家推奨のソーシャルディスタンスを遵守してか、四、五間先の彼方ではありましたが…

コメント
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