暑さの前に人間は無力である。
碧巌録「心頭滅却すれば火も……」というのは、涼しげな山門の中だからこそ言える言葉であろう。小学生のとき私は、この言葉は、快川紹喜でもなく、武田信玄が言ったものだと思っていた。
子供部屋のスチール製の学習机に黒マジックで、「心頭滅却…」のような標語をいくつか書いてあった。…そうして真剣に勉強しています、という姿勢を表すと、父が喜んでいたような感じだったからだ。なにしろうちの父は、愛国少年で育ってしまった紆余曲折人生の昭和ひとケタ生まれの人だから、ヘンに硬派で変にナンパなのだ。
褒められた記憶なんてほとんどない。たいがい叱られていた。
いつだったか、学校の成績がよかったときに「勝って兜の緒を締めよ」とか言われた。…こんなこと小中学生の娘に言う親っているのか。
同年代のある女優さんが、父との想い出…とかいう芸談で、誕生日にいつも帽子をプレゼントしてくれた、という話を聞いて、非常に、うらやましかった。そういう親に育てられていたら私もねぇ…ちょっとは違っただろうにねぇ。
くだんの学習机は、のちに思い直して、恥ずかしいのでシールを張って隠し、妹のお下がりになっていった。…妹よ、ゴメンナサイ。
昭和の受験戦争ってなんだったんだろう。
話を戻す。凡人にとっては、「暑くて死ぬよりは寒くて死んだほうがいいね」「願わくは雪のもとにて冬死なむ、だね」「だね」「夢見るように眠りたい、だね」「だね」
暑いと思考せずに、延髄の反射で、応対するようになる。
…もはや救いがたし、なのである。
今年の土用の丑の日は来週の月曜日らしいのだが、それとは関係なく、ウナギを食べたい時がある。美味しいウナギは、本当においしい。
この季節になると、東西の蒲焼きの違いがやたらと話題になる。東京にもいくつも名店があり、やっぱり噂どおり、という名店と、評判ほどでもない老舗や新興勢力店など、食べてみないと分からない。
美味しいものは暖簾でなく、板場の職人さんの腕による。美味しかったお店も、板場責任者が替わっていたりすると、もう全然違う。
二十年ほど昔の旅の記憶になるが、伊勢の外宮の近くにあった鰻屋さんの、うな雑炊は美味しかった。十年ほど前、東海道は新居宿の蒲焼き。二店とも、見かけでは分からない、美味しい鰻料理を出してくれた。
やはり、もう十年以上前のことだが、日本橋は島屋の食堂で、蒲焼きと白焼きのハーフうな重、というようなメニューがあった。島屋というと、池波正太郎がご贔屓にしていた野田岩が有名だが、そこは特別でも何でもない別館のデパ食店街だったように記憶している。
その頃ちょっと、濃厚な蒲焼きのタレに飽きていた。あんみつの黒蜜に飽きていたのもちょうどその頃だったので、そういうお年頃だったのだろう。
そんなわけで、よっぽどの酒呑みが酒の肴に注文する、というようなイメージがあった白焼きを、初めて注文してみた。…これが、もう、何とも言えず、美味しかったのだ。
ほろほろと口のなかで融けるウナギの身と、ワサビの味わいが絶妙にマッチして、この上もなくオイシイ。
実は私はもう、この上もなくワサビが好きで好きで…お蕎麦屋さんでも、素のそば湯にワサビがあれば言うことなし。お刺身も、ワサビさえ美味しければ、たいがいのネタは許せる。白いご飯に、わさび。山葵漬けでもワサビ山椒でもなく、ただ、すりおろしただけのワサビが、おいしいのである。
わが愛しの山葵よ……。
それ以来しばらくの間、ウナギ屋さんに行くと、白焼きばかり注文していた。とにかく、ウナギの白焼きはごまかしが利かない。
三味線の音色にも似ている。
しかし、暑さと食欲の関係は、ほどが重要なのだった。白焼きは、食欲がいま一つない、夏バテ気味の体と心にじんわりと、滋養になるのだ。
…こう図抜けて暑いと、逆に、おなかが空く。やっぱり蒲焼きかなあ…。
碧巌録「心頭滅却すれば火も……」というのは、涼しげな山門の中だからこそ言える言葉であろう。小学生のとき私は、この言葉は、快川紹喜でもなく、武田信玄が言ったものだと思っていた。
子供部屋のスチール製の学習机に黒マジックで、「心頭滅却…」のような標語をいくつか書いてあった。…そうして真剣に勉強しています、という姿勢を表すと、父が喜んでいたような感じだったからだ。なにしろうちの父は、愛国少年で育ってしまった紆余曲折人生の昭和ひとケタ生まれの人だから、ヘンに硬派で変にナンパなのだ。
褒められた記憶なんてほとんどない。たいがい叱られていた。
いつだったか、学校の成績がよかったときに「勝って兜の緒を締めよ」とか言われた。…こんなこと小中学生の娘に言う親っているのか。
同年代のある女優さんが、父との想い出…とかいう芸談で、誕生日にいつも帽子をプレゼントしてくれた、という話を聞いて、非常に、うらやましかった。そういう親に育てられていたら私もねぇ…ちょっとは違っただろうにねぇ。
くだんの学習机は、のちに思い直して、恥ずかしいのでシールを張って隠し、妹のお下がりになっていった。…妹よ、ゴメンナサイ。
昭和の受験戦争ってなんだったんだろう。
話を戻す。凡人にとっては、「暑くて死ぬよりは寒くて死んだほうがいいね」「願わくは雪のもとにて冬死なむ、だね」「だね」「夢見るように眠りたい、だね」「だね」
暑いと思考せずに、延髄の反射で、応対するようになる。
…もはや救いがたし、なのである。
今年の土用の丑の日は来週の月曜日らしいのだが、それとは関係なく、ウナギを食べたい時がある。美味しいウナギは、本当においしい。
この季節になると、東西の蒲焼きの違いがやたらと話題になる。東京にもいくつも名店があり、やっぱり噂どおり、という名店と、評判ほどでもない老舗や新興勢力店など、食べてみないと分からない。
美味しいものは暖簾でなく、板場の職人さんの腕による。美味しかったお店も、板場責任者が替わっていたりすると、もう全然違う。
二十年ほど昔の旅の記憶になるが、伊勢の外宮の近くにあった鰻屋さんの、うな雑炊は美味しかった。十年ほど前、東海道は新居宿の蒲焼き。二店とも、見かけでは分からない、美味しい鰻料理を出してくれた。
やはり、もう十年以上前のことだが、日本橋は島屋の食堂で、蒲焼きと白焼きのハーフうな重、というようなメニューがあった。島屋というと、池波正太郎がご贔屓にしていた野田岩が有名だが、そこは特別でも何でもない別館のデパ食店街だったように記憶している。
その頃ちょっと、濃厚な蒲焼きのタレに飽きていた。あんみつの黒蜜に飽きていたのもちょうどその頃だったので、そういうお年頃だったのだろう。
そんなわけで、よっぽどの酒呑みが酒の肴に注文する、というようなイメージがあった白焼きを、初めて注文してみた。…これが、もう、何とも言えず、美味しかったのだ。
ほろほろと口のなかで融けるウナギの身と、ワサビの味わいが絶妙にマッチして、この上もなくオイシイ。
実は私はもう、この上もなくワサビが好きで好きで…お蕎麦屋さんでも、素のそば湯にワサビがあれば言うことなし。お刺身も、ワサビさえ美味しければ、たいがいのネタは許せる。白いご飯に、わさび。山葵漬けでもワサビ山椒でもなく、ただ、すりおろしただけのワサビが、おいしいのである。
わが愛しの山葵よ……。
それ以来しばらくの間、ウナギ屋さんに行くと、白焼きばかり注文していた。とにかく、ウナギの白焼きはごまかしが利かない。
三味線の音色にも似ている。
しかし、暑さと食欲の関係は、ほどが重要なのだった。白焼きは、食欲がいま一つない、夏バテ気味の体と心にじんわりと、滋養になるのだ。
…こう図抜けて暑いと、逆に、おなかが空く。やっぱり蒲焼きかなあ…。
悶絶しそうでありますw
こちらの和食屋に鰻丼もあるにはあるのですが、
真空パックの輸入品。
名店・老舗のお重もヨイですが、
国立うなちゃんや新宿ションベン横丁や
新橋の何とかって店のように
串で提供される店で冷酒にて迎え撃ちたいです。
あ、先週ハノイで鰻喰ったんだった。
丸をぶつ切りにして唐揚げみたいにしたのと
同じくぶつ切りをタマリンド味で炒めたもの。
旨い不味いでなく、故国の鰻を想起し遣る瀬無くなり...
異国の空の下の海はどんな色でありましょうや。
この春、佐世保を通りがかりました折、ご当地の鰻屋さんに入って蒲焼きを戴きました。
(なぜにバーガーでなく蒲焼きだったのかは長くなりますので、また後日)
美味しかったのですが、その味付け、甘かったな~。
蒲焼きというよりも……。
東坡ロウのタレに漬け込んで焼いたような、お菓子のような味わいでした。
南方では、ああいう甘辛いものを食べて、
暑さに太刀打ちしているのでしょうか。
まさに、旅情。
大坂の蒲焼き、食べたことがないのですが、鉄串に刺してボウボウと焼いて食べるのも、美味しそうですね!
ウナギは新橋に限る、みたいな。
とか言ってるうちに、とせうけ…泥鰌もイイナァ…ダナンは、泥鰌はどんなお料理食??
海辺だからいないのかなぁ?
唐揚げと甘辛酸っぱい鍋。
ダナンで食したのは土鍋で甘辛く煮付けたものでした。
ワタクシ、今はどぜう自体よりも、
深川高橋とかの店の佇まいの方に惹かれております。
…って、なぜか長谷川伸口調になってしまいます。
十数年前の平成ひとケタ時代、友人が嫁に行くので、実家のある大阪方面へ帰ることになり、戻る前に東京のあちこちを観ておきたいということで、都内を何方面かに分けて、数回、一緒に歴史散策をしました。
あるとき、深川一帯、門前仲町からお不動さんに富岡八幡、木場、清澄庭園。
小名木川を渡り、芭蕉資料館などを回り、どせう屋さん、さらに本所松坂町、回向院方面へ。
あのお店の生晒しの潔い暖簾のいろ、いいですねぇ。
軒が広くて、街道に向かって張り出していて…。
『一本刀土俵入り』の描割のようですよね。
建て替える前の飯田屋は、学生時代から、よく行きました。
二十年以上前に食べた、鯰鍋は絶品でした~。
あれ以来、あのように美味しかったナマズは食べたことがありません。幻の味です。
若い時分ほど遠出しなくなったここ十年ほどは、渋谷の駒形どせうによく行きましたが、軒先に柳が靡いてたりして、渋谷センター街奥には稀な、素敵な風情のあったお店も、ビル内に移転してしまいました。
どぜう鍋の、笹がきゴボウとお醤油の煮詰まった匂いが…ううむ、何とも言えませんなぁ…。