2022年7月1日 6:45
ベランダの片隅で無事に羽化し、大空へ飛び立つものがあれば、また、支障ありて一隅を仮りの寓とするものあり。
酷暑はただ自然のままでありたいとするものから多くのものを奪う。
炎熱の床に彼の体から剥がれた翅の一部が残り、本体を恋しがるのか、しきりと蠢くを恐る恐る眺めてみると…
彼もまたこの世界の片隅でいのちをつなぐものであった。
2022年7月2日 7:22
半夏生。早朝から既に熱い。暑いのではなく熱い。
青虫も物憂げに枝上で吐息をもらす。
レモンの真白き花は香華。
右手ベランダ床に目をやり、愕然とする。
昨日とまったく同じところに、羽化直後と思われるアゲハチョウが居る。
しかし彼もまた、太功記十段目の登場人物のように、既に満身創痍の態である。
翅全体が白茶けて、右後翅の尾翼が既に欠落していた。
こは如何なることか…
我がベランダは呪われているのだろうか。
それとも時空のはざまで、激闘の末のランボーが地獄の脱出口が、我がベランダ床上なのか……
昨日からの賓客のお隣に一先ず避難させて、西瓜を補給する。
苛烈な日差しの下で育ちゆく幼虫たちもまだあるというに…
猛暑よ、彼らを如何にせん…
そして、我がベランダよ、汝は如何なるものなるぞ…
蝶が出現した床をしけじけと眺め、考えを廻らせる。
そこで、ふと脳裏に浮かんだのが、同じ床材の裏で蛹化して巣立っていった月暦六月朔日の先達のことである。
この暑さで、彼らは思いも寄らないところで蛹化しているのであった。
我がベランダは高床式の二重構造になっていて、奈落の上に簀の子、そのまた上にウレタンフォームが敷いてある。
……!!
ひょっとして、このウレタンフォームの下で蛹になって羽化してしまったのかも…
怖すぎる憶測であったが、次なる悲劇を避けるためにも、真実を知らなくてはならない。
ペリペリペリ…と捲ってみたが、何もついておらず、ホッとした。
嫌な予感は的中しなかったが、簀の子の木枠についていたのかもしれない…しかし、それは檸檬の植木鉢台下まで支える板材なので、幼虫やサナギが未だ棲息している現在、すべてを取り除けて真相を追究するわけにもいかなかった。
同7月2日 10:25
ここ数年、アゲハチョウたちの生長を愉しく観ていたが、生まれ育った木立でサナギにならんとしている様子は初めて見た。
さなぎ生活の安寧なることを期して幼虫たちの徘徊する様や、想像を絶する移動範囲であるのに、この酷熱地獄ではさもあろう。
同日午後 16:24
解決しない謎は新たなる事象を呼び、隣接する植木鉢と植木鉢の間に、前蛹化するものを見つける。
同じく 18:04
その場所に蛹ありて。
こちらでも前蛹から脱皮するもよう。
2022年7月3日 8:41
2022年7月4日 6:10
ここ三日ばかり、朝起きると植木鉢から零れてベランダの側溝や空の植木鉢の中で、面目なさそうにバタバタしている第一の賓客が行方知れずになった。
側溝除けに伏せておいた植木鉢をひょいと上げると、意外なところに…
彼もまた酷暑からの避難虫。
ゼロ・グラビティの如く、視界から消えたものは諦めるしかないのだろうか。
同じく7月4日 13:52
用事から戻り、再び諦めきれず捜索隊を…と、眺めたベランダの簀の子の端から、行方知れずだった賓客№1が顔を出していて驚く。
これぞ正しく奇跡の生還、あなたはもしや別名をシルベスター…いや、ジャッキーとおっしゃる御方では。
背中の翅がぼろぼろの母衣のようになって、あちこちにぶつかり、反動で思い掛けないところに落っこちる賓客を掬い上げるために開発した小道具、レモンの小枝を挟んだピンチの輪っかに摑まらせて檸檬の根方へ。
当家ベランダの床下はリュブリャナの洞窟なのかもしれなかった。
賓客はさらに翅を細くし骨骼ばかりが尖り、ガーゴイルにも似てきた。
彼らは蝶なのである。飛ぶことを本能として生まれた。
ふと、そよそよとした風に吹かれさせたくなって、檸檬の枝にいざなった。
すると、翅の浮力に助けられて上方へ登っていく。
彼は翔び上がることは出来ないのだが、ひらひらとグライダーのように下降して飛べるのだ。
翼の損傷が激しい第一の賓客は、それでも目を輝かせて風に吹かれているような…
水分補給中の瀕死のショットより、男っぷりは格段。
後刻、彼らの様子を覗くと、遅れてきた賓客は緑の叢たる檸檬の葉陰に紛れ込んで、夕風に翅を広げるうしろ姿が宵闇のなかにあった。
新暦7月4日は今年、旧暦六月六日にあたっていて夜21時、皓々たる月を西の空に見た。
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