だーばぁの流儀

児童文学作家・岡田なおこブログです。
全身マヒ+オストメイト・作家・アラ還ならではの日々を気ままにつづっています。

読書 あのねのね 📚「じゅげむの夏」

2024年06月17日 | クリエーター・モード
読書バリアフリーについて

前回少し触れましたが、ワタクシメはもともとは床に本などを置き、足でページをめくることがほとんどでした。(手が不自由なので)
病気をし長く寝たきりで全身の筋力が低下しまして、だんだん回復してきましたが、手先に関しては「厳しい」です⤵⤵⤵
文字の大きい児童書や絵本は足元に置いて読めますが、老眼だもんで👀、手元で読むようなモノは介助が必要です✋

以前ご紹介した障害者サービスで「朗読データ@デイジー図書」というものがあり、ワタクシメはこれを利用しています。
デイジー図書は「サピエ」が管理し「障害者登録」すれば地元の図書館を通してCDを借りられますし、サピエから直接ダウンロードもできます。
以前は「視覚障害者」に限られていたようですが、現在は身体不自由者や、もろもろのケースに対応ていると思います。

「サピエ」は、視覚障害者を始め、 目で文字を読むことが困難な方々に対して、さまざまな情報を点字、 音声データなどで提供するネットワークです。
「サピエ」は日本点字図書館 がシステムを管理し、 全国視覚障害者情報提供施設協会 が「運営」を行っています。


デイジー図書は持ち込みで「これを朗読して下さい」とリクエストすると、絵や図など挿入してあるモノの解説も入れてくれます。
問題は、児童書でも長編だと作成するのに半年くらいかかること。
絵や図の説明は全盲の方には伝わらないかなーっと。
それからAIによる朗読は「誤読」が多いこと💧
「テキストデイジー」というものもあり、それは文字を見ながら音を聞ける仕組みなので全盲や知的障害者でなければ「誤読だー」と笑えますが、時々「意味不明の言葉」が出てきます。

最近は有料のオーディオブックも増えていますが、「図書館」にしかない書籍や児童書もありますから、まずは図書館に相談することをお勧めします。
前置きが長くなりましたが💦
これから何回かは恩着せがましく(笑)「ワタクシメがわざわざリクエストしてデイジー図書にしていただいた作品」をご紹介します。
先輩や友人の作品ばかりですが(。-_-。) 「よい作品」をピックアップしますかすら、「夏休みの宿題」のお役に立てれば嬉しいです。


「じゅげむの夏」 最上一平・作 マメイケダ・絵 佼成出版社





最上一平さんは、このブログにたびたび登場されますね!
作家としても人間としても素敵な方です😊
一年くらい前に「オンライン講演会」を伺っていたら、のろけ話と近刊予定の「じゅげむの夏」の宣伝をされていました。(ちなみに奥様も児童文学作家のばんひろこさんです)

デイジー図書が完成が遅くなり、ワタクシメが読み終えた頃に「課題図書」にもなり「産経児童出版文化賞」などなどに輝きました✨✨✨
だから、今更ワタクシメが下手な紹介文を書くのは恥ずかしいですが●~*

ただ、ワタクシメも一読して「これは課題図書になる!」と確信しました。
「夏休みの宿題」で仕方なく読む子どももいるでしょう。
「筋ジストロフィーま悲しい物語かなー」と敬遠する方もいるかもしれません。
しかし「じゅげむの夏」はわくわくする冒険物語で、「スタンドバイミー」のような世界観を楽しめます。
子どもが「あの夏に読んだよなー」と一生忘れない一冊になります!
親御さんも先生も、ちゃんと読んで「じゅげむの夏」を味わって下さい。
すでに「点訳本」もあるそうですから、しょうがいのある子もない子も読めますよ(^_-)

【あらすし】  ネットから
山ちゃん、シューちゃん、かっちゃん、ぼくの仲よし4人組は、天神集落で同じ小学校に通う4年生。
かっちゃんは筋ジストロフィーという病気だけれど、小さい頃から一緒にいるぼくらにとって、かっちゃんは特別な存在ではない。
親友のひとりだ。そのかっちゃんが、4年生の夏休みに、川へダイブしたいと言い始めた。
天神集落の子どもにとって、川へのダイブは、大人への階段を一歩上がるような、そんなならわしだった。
「だいじょうぶ、どぼんて落ちるだけだからさ。来年になったらとべなくなるかもしんねえし」。
人なつっこい笑顔でそう言うかっちゃんの願いをきいてあげたくて、ぼくらは綿密に計画を練ったのだけれど……。
夏の匂いが濃く立ちこめる山あいの村で、死という確かで曖昧なものを共有しながら、めいっぱいいのちを謳歌する少年たちの夏の日をみずみずしく描いたさわやかな作品。


少しだけ感想📝
「筋ジストロフィー」は悲しい病気です。
ワタクシメも子どもの頃から何人も友達をなくしました。
筋ジストロフィーの子と友だちになると、誰に言われるともなく間近に迫る「さよなら」を感じていました。
でも、その子を特別あつかいせず、たんたんと過ごしました。
「じゅげむの夏」の登場人物と同じように、「この子には来年がないかもしれない」と知ってはいても、毎日ごく普通に接していました。
それが身近にいる者の「命との向き合い方」でした。
かっちゃんが「将来の夢」を書くシーンは切ないですが、カラリとした読書感です。

コメント
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