長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『蜘蛛の巣を払う女』

2020-06-07 | 映画レビュー(く)

 今さらハリウッドの心無い続編商法に目くじらを立てる事もないだろう。2011年にデヴィッド・フィンチャー監督が手掛けた『ドラゴン・タトゥーの女』の続編だが、監督は『ドント・ブリーズ』を大ヒットさせたフェデ・アルバレス、主演はルーニー・マーラからTVドラマ『ザ・クラウン』クレア・フォイへと交代したリブート作だ。

 闇の必殺仕置き人として世にはびこるDV男どもを成敗し続けていたリスベットがアメリカのミサイルシステムを手にしてしまった事から陰謀に巻き込まれる。フィンチャー版も『八つ墓村』のような定番プロットを超一級の映画術でゾクゾクするようなスリラーへとアップデートしていただけに、物語のつまらなさをいちいち指摘するのは野暮というものだ。アルバレスもフィンチャー版のルックに準じようとしているが敵うはずはなく、トレードマークとも言えるサディスティックな演出が時折、顔を覗かせる程度に留まっている。

むしろ映画化にあたって注力すべきだったのは女性への暴力に対する糾弾だろう。今回の敵、リスベットの双子の妹カミラは父親の虐待によって分裂したリスベットの片割れであり、シルヴィア・フークスが『ブレードランナー2049』に続いて怪演する彼女との対決にもっと力を入れるべきだった。フォイは『ザ・クラウン』のエリザベス女王から巧みな転身だが、燃え上がるような怒りを秘めた初代ノオミ・ラパスや、繊細な2代目ルーニー・マーラに比べるとインパクトに乏しい。新たにTVシリーズの製作が発表されたが、こちらの方がより原作のスピリットを生かせるのではないだろうか。


『蜘蛛の巣を払う女』18・米
監督 フェデ・アルバレス
出演 クレア・フォイ、スベリル・グドナソン、ラキース・スタンフィールド、シルヴィア・フークス
 
 
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『グレート・ビューティー 追憶のローマ』

2020-05-27 | 映画レビュー(く)

 淫らな饗宴、退廃と美の歴史を語り継ぐローマの街並み…アメリカ人のイタリアンコンプレックス、もしくはフェリーニコンプレックスは今なお色濃いのか。往年のイタリア映画の軽々しいパスティーシュにアカデミーは外国語映画賞を与えてしまった。本命不在だったとはいえ、構成力も同時代性もデンマークの『偽らざる者』が断然、上だろう。

 とはいえ、ローマの圧倒的な“美”が画面を占拠し、強烈なヴィジュアルインパクトを放つ様には圧倒される。夜ごと繰り広げられる群舞を照らしたライティングはとろけるほど美しく、絶品なのだ。とうの昔に筆を折った作家の壮年の危機は『81/2』を彷彿とさせ、夢見のような不連続性と蠱惑が観る者を酩酊に誘う。

 だが、身を任せるには演出の魔力が足りな過ぎる。『きっとここが帰る場所』のショーン・ペンに施された厚化粧のようにベタ塗りなソレンティーノのディレクションはフェリーニのパスティーシュとしても軽過ぎる。前作同様、感じが良いだけでセンスのない選曲、無為に拡がり続けるサブプロット…終幕、聖母が登場してからのコントみたいな展開にはとっとと夢が醒めてくれないものかと気が削がれてしまった。映画館の闇が明けた時には何の夢を見ていたのかすら思い出せなかった。


『グレート・ビューティー 追憶のローマ』13・伊、仏
監督 パオロ・ソレンティーノ
出演 トニー・セルヴィッロ
 
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『グッド・タイム』

2020-03-12 | 映画レビュー(く)

 またまた新しい兄弟クリエイターの登場だ。ジョシュア&ベニーのサフディ兄弟は2014年の『神様なんかくそくらえ』で長編デビュー(まさかの東京国際映画祭がグランプリと監督賞を与えている)。続く本作『グッド・タイム』は早くもカンヌ映画祭コンペティション部門に選出され、そして2019年にアダム・サンドラー主演『アンカット・ダイヤモンド』が批評家賞を席巻するという躍進ぶりだ。

 逮捕された弟を救うべく奔走する兄を描いた本作はそんな気鋭2人ならではの血気盛んな1本だ。強盗を決行する冒頭部から映画はアクセル全開。今や怪優として頼もしいキャリアを形成する兄役ロバート・パティンソンは熱量たっぷりに映画を牽引する。ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーによるサウンドトラックはまるで『ヒート』におけるマイケル・マンとエリオット・ゴールデンサルのようなケミカルでこのクライムドラマにヒリヒリするようなテンションを与えている。

 多少の寄り道はあれど、映画はこの勢いで100分間を突っ走り、そこには愛する弟を助け出すという以外に一切の情緒も存在しない。行き当たりばったりで向こう見ずな兄をバッサリと断罪する無常な幕切れのドライさには70年代ニューシネマも彷彿とした。これは見逃せない作家の登場だ!


『グッド・タイム』17・米
監督 ジョシュア&ベニー・サフディ
出演 ロバート・パティンソン

 
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『クロース』

2020-03-11 | 映画レビュー(く)

 常勝ピクサーによる『トイ・ストーリー4』のオスカー獲得によって幕を閉じた2019年の長編アニメ賞レースだが、印象に残ったのは新興勢力の台頭だった。ゴールデングローブ賞を獲ったのはストップモーションアニメの名門LIKAによる『Missing Link』。ディズニーによる大ヒット作続編『アナと雪の女王2』は野心的ストーリーながらオスカー候補から落選し、代わってノミネートされたのはカンヌ映画祭で絶賛されたフランス産『失くした体』、そしてアニー賞を席巻したスペイン産『クロース』とNetflix配給による2作品だった。

 主人公ジェスパーは親の七光りでぐうたら暮らすポストマン見習い。将来を危惧した親によって北方の寒村へ唯一の郵便局員として派遣される。そこは2つの部族が争いを繰り広げる無法地帯だった。一通も受託できない郵便事情に肩を落とすジェスパーだったが、町外れに住む孤独なおもちゃ職人クロースと出会いによって事態は大きく変わっていく。

 セルジオ・パブロス監督は現代的な視座でサンタクロースの物語を再構築しており、それはサンタを信じる子供を描く事でもある。既に憎しみの理由すらわかっていない大人たちを尻目に、プレゼントが欲しい子供たちはまず壁を取り払って隣人へ親切を働き、サンタへ手紙を書くため自ら学校に通い、奪われた教育を取り戻す。やがてその無邪気さは社会に健全さを取り戻すのだ。危機に際して子供の権利から制限するような社会に生きる僕たち大人がこの映画から得るものは大きい。子供を大切にできない社会に未来があるだろうか。

 近年、珍しくなった手書きアニメーションの優しいタッチはユーモラスでいて時にスリリング、そして神秘的な瞬間を描出することに成功しており、本作を忘れ難いクリスマスストーリーとしている。今後、アニメスタジオとしてもNetflixは躍進していく事だろう。


『クロース』19・スペイン
監督 セルジオ・パブロス
出演 ジェイソン・シュワルツマン、J・K・シモンズ、ラシダ・ジョーンズ
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『グリーンブック』

2019-04-01 | 映画レビュー(く)

 

今年のアカデミー作品賞受賞作。

賞レース中からも本作への批判は尽きなかったが、授賞式をきっかけについに爆発した感がある。"白人が上から目線で語った人種差別映画”等、その製作スタンスが槍玉に上げられ、挙句の果てには"『クラッシュ』以来最低のアカデミー作品賞”とまで言われている始末だ。

映画を見ればそんな批判、と言うより彼らの”落胆”もある程度は理解ができる。2018年はハリウッドにとって大きな変革の1年だった。『ブラックパンサー』『クレイジー・リッチ!』ら白人以外の人種が主演するスタジオ作品が大ヒットし、オスカーではメキシコを舞台にした外国語映画『ROMA』が最多ノミネートを獲得。変容の年の締めくくりとして例年にない大きな期待がかけられたアカデミー賞だったのだ。

 

『グリーンブック』は新しくないし、このジャンルの映画として傑出しているとも思えないが、多くの人から愛される何とも人好きのする映画だ。脚本を務めたニック・ヴァレロンガが幼少期に父から聞いた話を基にしたという極私的な映画であり、そういう意味で『ROMA』と通ずるものもある。これをポリコレ棒で叩くのは筋違いだろう。

舞台は未だ黒人差別が根深い1962年。主人公トニー・ヴァレロンガは黒人ピアニスト、ドクター・シャーリーの運転手兼用心棒として雇われ、南部巡業の旅に同行する。当時の世間一般の白人男性と同じように根拠のない差別意識で凝り固まったトニーと、カーネギーホールの上に住み、まるで王侯貴族のような暮らしをするドクター・シャーリーという水と油ほども違う2人が珍道中を繰り広げながら、やがて強い絆で結ばれていく。

アメリカ映画はこれまで何度も人種差別という負の歴史と健やかに向き合ってきたが、『グリーンブック』もこの系譜に連なる作品だ。主演2人の素晴らしいケミストリー、豊かなユーモアセンス、おまけに『素晴らしき哉、人生!』よろしくクリスマス映画でもある。無教養なヤクザ者は哲人ノマド俳優ヴィゴ・モーテンセンに正直ミスマッチな感も否めないが(もちろんヴィゴは何の造作もなく演じている)、マハーシャラ・アリはエレガントでカリスマチックにシャーリーを好演。『ムーンライト』に続き、アカデミー助演男優賞に輝いた。ソ連育ちの天才ピアニストでアメリカの黒人差別を知らない黒人、という複雑な出自はアリの演技力の御陰でもっと掘り下げて描いて欲しいと思わずにはいられなかった。

トニーのシャーリーに対する差別だけではなく、劇中のあらゆる人物が互いにレイシャル・プロファイリング(人種による決めつけ)をしているのが本作の特徴だ。トニーはシャーリーとトリオを組むミュージシャンに対してすら”ドイツ人はこすからい”と因縁をつけるが、所変われば彼もイタリア野郎と蔑まされる。そんな彼らが互いを知る事で人間の本質に気付いていく“人は見た目とは違う”というテーマこそ監督ピーター・ファレリーが何度も手掛けてきた主題であり、本作は彼の集大成と言っていいだろう。

南部ツアー中の一行は「(黒人の)好物でしょうから」とフライドチキンを振る舞われる。かつて黒人奴隷達がわずかに残った鳥の足から作り出したこの料理が、そんなルーツを満足に知らないトニーとシャーリーを結びつける。歴史的背景にビクつく必要なんてない。それを知った上で、僕らが同じメシを食べて美味しいと言い合える仲になれば、世界はもっと良くなるのではないか。やっぱり好きだな、と思えてしまう映画である。

 

『グリーンブック』18・米

監督 ピーター・ファレリー

出演 ヴィゴ・モーテンセン、マハーシャラ・アリ、リンダ・カーデリーニ

 
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