長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

第94回アカデミー賞予想

2022-03-28 | 賞レース
 例年、オスカーノミネート発表前から本番に向けて段階的に予想を書いていたが、今年はバタバタしていたら既にオスカー本番直前。下馬評もほぼ固まり、あまり面白みがなくなってしまったが、とりあえず記録しておこう。

【助演男優賞】
コディ・スミット=マクフィー『パワー・オブ・ザ・ドッグ』
トロイ・コッツァー『コーダ あいのうた』
ジェシー・プレモンス『パワー・オブ・ザ・ドッグ』
シアラン・ハインズ『ベルファスト』

 ノミネート段階で多くの有力俳優が落選した今年の激戦区の1つ。前哨戦前半は子役出身、25歳の若手コディ・スミット=マクフィーの独走状態だった。映画を見ればわかるが、実質上の主役であり、大スターのカンバーバッチ相手に全く引けを取らない存在感。久々に若手俳優がこの部門を制するかと思われた。

 ところが後半戦の重要前哨戦から流れが変わり始める。クリティック・チョイス・アワード、英国アカデミー賞、そして俳優組合賞と相次いでトロイ・コッツァーが受賞する猛追。今や完全に逆転した格好だ。『コーダ』で主人公の聾唖の父親を演じた彼もまた実際の障害者であり、笑わせて泣かせる美味しい役どころ。近年、ハリウッドのメインストリームで聾唖俳優の活躍の場が増えていることも大いに後押しになるだろう。

 ジェシー・プレモンスは今年のサプライズ候補の1人。傑作TVシリーズ『ブレイキング・バッド』ファイナルシーズンに登場するやその怪演で場をさらい、以後クセモノ俳優として名を成してきた。満を持してのオスカーノミネートだが、マクフィーとの票割れが痛い。
 J・K・シモンズは鬼教師を演じた『セッション』で既に助演男優賞のタイトルは獲得済み。以後、顔を名前が一致した映画ファンも多いのでは。『愛すべき夫妻の秘密』では安定のサポーティングアクトぶりである。
 『ベルファスト』のシアラン・ハインズはこれが初ノミネートというのが意外な大ベテラン。本来なら受賞してもおかしくないキャリアだが、今回は3番手というポジションで受賞は難しいだろう。

 本命トロイ・コッツァー、対抗コディ・スミット=マクフィーと読む。

【助演女優賞】
キルステン・ダンスト『パワー・オブ・ザ・ドッグ』
アーンジャニュー・エリス『ドリームプラン』
ジェシー・バックリー『ロスト・ドーター』
ジュディ・デンチ『ベルファスト』

 こちらも前哨戦前半から多くの名前が挙がっていた混戦部門だが、重要な前哨戦は全て『ウエスト・サイド・ストーリー』のアリアナ・デボーズが制し、勝敗は決した感がある。デボーズ演じるアニータは61年に『ウエスト・サイド物語』でリタ・モレノが演じ、プエルトリコ系俳優として初めてアカデミー助演女優賞に輝いたいわば“儲け役”。今回もその伝統に倣いそうだ。

 個人的には対抗馬に『パワー・オブ・ザ・ドッグ』のキルステン・ダンストの名前を挙げておきたい。かつて『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』で注目された子役も今や芸歴30年の大ベテラン。これがオスカー初ノミネートというのは遅すぎた感すらある。神経衰弱に陥る母親役の凄味に目を見張らされた。

 大穴はサプライズ候補となった『ロスト・ドーター』のジェシー・バックリーだろう。近年『ジュディ虹の彼方に』『チェルノブイリ』『ワイルド・ローズ』『ファーゴ カンザス・シティ』と話題作に立て続けに出演。いずれもその特徴的な口角はそのままに、あらゆる役柄を演じ分ける個性派女優だ。我が子に愛情を抱けず、苦悩しながらも自分の人生を歩もうとする演技が素晴らしかった。

 2020年のTVシリーズ『ラヴクラフトカントリー』で“時をかける主婦”ヒポリタを演じて大きな注目を集めたベテラン、アーンジャニュー・エリスはいわばオスカー好みの「耐える妻」役。さすがの巧者ぶりでウィル・スミスを支えるも、この顔触れの中では役柄に新味が乏しいか。
 同一作品からカトリーナ・バルフを押さえて候補入したジュディ・デンチは通算8度目のノミネート。98年に『恋におちたシェイクスピア』で同タイトルを受賞済み。デイムの称号を持つ英国演劇界、映画界の重鎮に今更オスカーを渡すようなことはないだろう。

受賞するだろう・・・アリアナ・デボーズ
受賞すべき・・・キルステン・ダンスト
受賞してほしい・・・ジェシー・バックリー


【主演男優賞】
ハヴィエル・バルデム『愛すべき夫妻の秘密』
ベネディクト・カンバーバッチ『パワー・オブ・ザ・ドッグ』
アンドリュー・ガーフィールド『tick, tick...BOOM!:チック、チック…ブーン!』
ウィル・スミス『ドリームプラン』
デンゼル・ワシントン『マクベス』

 スター俳優が揃った今年も最も華やかな部門。とはいえ、前哨戦から既にこの5人に候補は絞られていた感があり、今年最も手薄な部門でもあった。早期の段階から“今年はウィル・スミスの年”と言われており、実際に(今や何の権威もない)ゴールデングローブ賞、クリティック・チョイス・アワード、俳優組合賞と大型前哨戦を制して王手をかけている。
 前半戦こそ『パワー・オブ・ザ・ドッグ』のベネディクト・カンバーバッチが独走していた。近年稀に見る超難役をモノとした彼の演技は受賞にふさわしいが、地元の英国アカデミー賞もウィル・スミスに奪われており、風は完全に止んでしまっている。共感の難しい役柄というのもオスカーではマイナスに働くだろう。

 もしこの2人で票が完全に割れると、アンドリュー・ガーフィールドの可能性も出てくる。2021年は『スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム』にサプライズ出演、『タミー・フェイの瞳』も実質上の主演であり、『tick, tick...BOOM!』では歌い踊る大活躍だ。彼の朗らかなミュージカル演技に魅了された人は決して少なくないハズだ。

 4度目のノミネートとなったハビエル・バルデムは実質、助演の立場であり、それほど見せ場は多くない。通算9度目のノミネートとなり、今やシドニー・ポワチエすら超えた感のあるデンゼル・ワシントンのシェイクスピア芝居は67歳という年齢が醸し出せる円熟であったが、今回は初受賞がかかる3人に場を譲ってもらおう。

受賞するだろう・・・ウィル・スミス
受賞すべき・・・ベネディクト・カンバーバッチ
ひょっとして・・・アンドリュー・ガーフィールド


【主演女優賞】
クリステン・スチュワート『スペンサー』
ジェシカ・チャステイン『タミー・フェイの瞳』
オリヴィア・コールマン『ロスト・ドーター』
ニコール・キッドマン『愛すべき夫妻の秘密』
ペネロペ・クルス『Parallel Mothers』

 今年最大の激戦区。かつてハリウッドでは“40歳を過ぎると女優の役がなくなる”と言われ、候補5枠が埋まるのか危ぶまれる事がしばしばあった。メリル・ストリープの最多21ノミネート記録はこういった背景に依る所も大きかったように思う。
 だがそれも今は昔。2010年代後半のMe too以後、ハリウッドの構造が変わりつつあり、近年は混戦が相次いでいる。事実、今年のノミネート5人全員が対象作が作品賞候補に挙がっておらず、それだけ女優にとっておいしい役柄が増えていることがわかる。

 前哨戦前半を独走した『スペンサー』のクリステン・スチュワートはなぜか俳優組合賞からも、対象作のいわば“地元”である英国アカデミー賞からも無視されてノミネートが危ぶまれたが、何とか滑り込んだ。批評家人気は今年1番。アイドル的な人気を得てブレイクした彼女も、その後はアート映画への出演でキャリアを積み、フランスのアカデミー賞であるセザール賞ではアメリカ人として初めて助演女優賞を受賞するなど、演技派として成長著しい。今回のオスカーノミネートはアメリカでの時間差の評価とも言えるだろう。

 オスカーレース最終盤でクリティック・チョイス・アワード、俳優組合賞を受賞してやや頭が抜け出したのはジェシカ・チャステインだ。『ヘルプ』『ゼロ・ダーク・サーティ』に続く3度目のノミネート。1970〜1980年代に活躍したキリスト教福音派のTV伝道師タミー・フェイに扮したそれはオスカー好みの大芝居である。個人的には彼女のベストとは思えないし、舞台仕込の繊細な心理演技を得意とする彼女の本領でもないと思う。

 オリヴィア・コールマンは2年連続3度目のノミネートで、内1回は『女王陛下のお気に入り』で主演賞を獲得済みと、今やすっかりアカデミーのお気に入り女優だ。『ロスト・ドーター』では心に傷を抱えた女性を抑制された演技で見せ、名優の本領を発揮。早くも2度めの受賞となってもどこからも文句が出ない名演だった。

 5度目の候補となるニコール・キッドマンはルシール・ボール役できっぷの良い快演ぶりだが、作品が弱すぎる。恩師アルモドバルの最新作で4度目の候補入りとなるペネロペ・クルスの貫禄には惚れ惚れする。今年は夫バルデムもノミネートということで、当日を楽しんでもらいたい。

本命・・・ジェシカ・チャステイン
対抗・・・クリステン・スチュワート、オリヴィア・コールマン
受賞してほしい・・・クリステン・スチュワート


【監督賞】
ジェーン・カンピオン『パワー・オブ・ザ・ドッグ』
ケネス・ブラナー『ベルファスト』
ポール・トーマス・アンダーソン『リコリス・ピザ』
スティーヴン・スピルバーグ『ウエスト・サイド・ストーリー』

 今年は前哨戦を独走し、監督組合賞はじめ各重要賞をもれなく獲っているジェーン・カンピオンで決まりだろう。93年に『ピアノ・レッスン』でノミネートされた彼女は今回、女性では初となる2度目の監督賞候補。いわば現役女性監督の先駆けとも言えるベテランだ。だが、そんな彼女ですら近年のキャリアは低迷し、『パワー・オブ・ザ・ドッグ』は12年ぶりの新作となった。とかく女性監督は男性監督に比べチャンスが少なく、1本失敗すればその先のキャリアが絶たれるという事もしばしば聞かれる。彼女への票は謂わばハリウッドがこれまで冷遇してきた女性監督たちへの贖罪でもある。

 時勢も味方に付けて十中八九カンピオンで決まりだが、大本命ができると「自分がいれなくても誰かが入れるしなぁ」と天邪鬼が出るのも投票行動であり、『パワー・オブ・ザ・ドッグ』には作品評価に対する様々な反動が投票期間中に噴出している。また、カンピオンがクリティック・チョイス・アワードでウィリアムズ姉妹を軽んじるような発言を行い、ホワイトフェミニズムと批判を浴びたばかりだ。それでは万が一の大番狂わせは誰か?ケネス・ブラナーやptaが未だ無冠というのも驚きだが、ここで濱口竜介が受賞して座布団が舞ったら今年最大のハイライトじゃないか。


【作品賞】
『ベルファスト』
『コーダ あいのうた』
『ドライブ・マイ・カー』
『ドリームプラン』
『リコリス・ピザ』
『ナイトメア・アリー』
『パワー・オブ・ザ・ドッグ』
『ウエスト・サイド・ストーリー』

 賞レース開幕当初から独走状態にあったNetflix映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』をサンダンス映画祭発の『コーダ』が猛追、ひょっとすると鼻の差で抜き去るかもしれない。『パワー・オブ・ザ・ドッグ』が傑作であることに疑いはないが、見てもらうとわかるようにおよそオスカー向きの作品ではない。多くの行間を読み取ることが必要な“芸術映画”であり、決して居心地の良い作品ではないのだ。
 方や『コーダ』は家族愛と若者の旅立ちを描いた、誰もが好きになる好編。賞レース最終盤、直結率の高い俳優組合賞で作品賞に相当するキャスト賞、製作者組合賞を受賞し、ステータスとしては盤石となった。候補10作品に順位を付けるという、作品賞独自の投票方式も大いに味方に付けるだろう。

本命『コーダ』
対抗『パワー・オブ・ザ・ドッグ』

下馬評通りならこうなる
作品賞 『コーダ』
監督賞 ジェーン・カンピオン
主演男優賞 ウィル・スミス
主演女優賞 ジェシカ・チャステイン
助演男優賞 トロイ・コッツァー
助演女優賞 アリアナ・デボーズ
脚本賞 『ベルファスト』
(しかしケネス・ブラナー同様、『リコリス・ピザ』のptaも未だ無冠)

脚色賞 『ロスト・ドーター』
 (今年の混戦部門の1つ。どれが獲ってもおかしくない)

編集賞 『tick, tick...BOOM!:チック、チック…ブーン!』
撮影賞 『DUNE』
衣装賞 『クルエラ』
 (もしくは『DUNE』)

メイク・ヘアスタイリング賞 『タミー・フェイの瞳』
視覚効果賞 『DUNE』
録音賞 『DUNE』

作曲賞 『パワー・オブ・ザ・ドッグ』
 (もしくは『ミラベルと魔法だらけの家』)

主題歌賞 「Dos Oruguitas」(『ミラベルと魔法だらけの家』)

長編アニメ賞 『ミラベルと魔法だらけの家』
 (『ミッチェル家とマシンの反乱』のデッドヒートが続いてきたが、ストリーミングで火が付いた『ミラベル』の勢いが凄まじい)

国際長編映画賞 『ドライブ・マイ・カー』
 (『私は最悪。』のサプライズも大いにあり得る)

長編ドキュメンタリー賞 『サマー・オブ・ソウル』

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