(2/6更新 受賞予想編)
去る1月22日に今年のアカデミー賞候補が発表された。主要6部門を中心に受賞予想をしていきたい。
【作品賞】
『ROMA』最多10部門候補(作品、監督、主演女優、助演女優、脚本、撮影、美術、録音、音響効果、外国語映画)
『ゼロ・グラビティ』でオスカー監督賞はじめ8部門を制したアルフォンソ・キュアロン監督の最新作。1970年代、監督の自宅に来ていたお手伝いの女性をモデルに、激動のメキシコを美しいモノクロ映像で淡々と描写していく。動画配信サービスNetflixが製作、劇場公開のない配信限定スタイルでリリースされた。本作の最多ノミネートは“劇場公開のない映画が果たして映画なのか”という論争に終止符を打つことになりそうだ。外国語映画が作品賞を受賞すれば史上初の快挙となる。
『女王陛下のお気に入り』9部門10候補(作品、監督、主演女優、助演女優×2、脚本、撮影、編集、美術、衣装)
18世紀イギリス、アン女王と彼女を取り巻く女官達の権力闘争を描く。『籠の中の乙女』『ロブスター』でもアカデミー賞にノミネートされたギリシャの鬼才ヨルゴス・ランティモス監督がメガホンを取り、オリヴィア・コールマン、エマ・ストーン、レイチェル・ワイズら主演3女優が揃ってノミネートされた。3度の受賞歴を誇る巨匠サンディ・パウエルの時代考証を度外視したパンクな衣装デザインはオスカー最有力だろう。
『アリー/スター誕生』8部門(作品、主演男優、主演女優、助演男優、脚色、撮影、録音、主題歌)
これまで3度作られてきた古典恋愛映画のリメイク。人気俳優ブラッドリー・クーパーが師匠格クリント・イーストウッドより企画を引き継ぎ、監督デビューを飾った。主演に人気歌手レディー・ガガを迎え興行収入、サントラ共に大ヒットを記録。クーパーの演出手腕も絶賛されたがまさかの監督賞候補落ちとなり、今年最大のサプライズとなった。作品賞争いからは大きく後退、主題歌賞以外に望みがないように見えるが…。
『バイス』8部門(作品、監督、主演男優、助演女優、助演男優、脚本、編集、メイク)
ジョージ・W・ブッシュ政権の副大統領ディック・チェイニーを描くポリティカルドラマ。『マネー・ショート』でオスカー5部門候補に挙がったアダム・マッケイ監督の最新作だ。批評は伸び切らなかったものの、またしても驚異の肉体改造を披露するクリスチャン・ベール、ついに6度目の候補となったエイミー・アダムス、昨年の『スリー・ビルボード』に続く2年連続候補サム・ロックウェルらキャストアンサンブルが好評、最も投票分母の多い俳優票を狙う。
『ブラックパンサー』7部門(作品、美術、衣装デザイン、録音、音響効果、作曲、主題歌)
歴代興行収入記録を更新する大ヒットを記録した上半期最大の話題作。オール黒人キャスト、黒人監督による娯楽映画のニュースタンダードとして批評家からも大絶賛されその結果、作品賞枠拡大のきっかけとなった『ダークナイト』の悲劇から10年、ついにアメコミ映画史上初の作品賞ノミネートを勝ち取った。当初は「ノミネートにこそ意義がある」と泡沫候補的な観測だったが、オスカー直結率の高い俳優組合賞では作品賞に相当するキャストアンサンブル賞を受賞。本命争いに食い込んだ。
『ブラック・クランズマン』6部門(作品、監督、助演男優、脚色、編集、作曲)
70年代に白人至上主義団体KKKに潜入捜査した黒人刑事を描くクライムドラマ。カンヌ映画祭では最高賞の次点にあたるグランプリを受賞、監督スパイク・リーの復活作として賞賛を浴び、全米興行でもスマッシュヒットを記録した。90年代初頭に鮮烈なブレイクを果たしたリーだが意外や監督賞は初ノミネート。各部門、勝機は薄いが巨匠リーがどう評価されるのかが分かれ目になるだろう。
『グリーンブック』5部門(作品、主演男優、助演男優、脚本、編集)
オスカー登竜門ともいえるトロント映画祭で下馬評を翻して観客賞を受賞、一躍オスカーレースの先頭集団に加わった。公民権運動前のアメリカ南部を舞台に黒人ピアニストと白人運転手の友情を描いた本作は万人受けする"フィール・グッドムービー”として人気を集めるが、事実と違うという指摘や監督ピーター・ファレリーの過去のセクハラ問題、そしてあくまで白人目線の人種問題映画であるという批評など猛烈なネガティブキャンペーンに晒されている。ゴールデングローブ賞のミュージカル/コメディ部門作品賞、オスカー直結率の高い製作者組合賞を受賞して本来ならば最有力候補と言える所だが、イマイチ人気が伸び切っていない印象だ。
『ボヘミアン・ラプソディ』5部門(作品、主演男優、編集、録音、音響効果)
人気ロックバンドQUEENのボーカル、フレディ・マーキュリーを描いた音楽伝記映画。撮影中の監督更迭劇、批評家からの酷評などネガティブな要素を跳ね除け、世界中で大ヒットを記録。ゴールデングローブ賞ではラミ・マレックの主演男優賞のみならず、作品賞まで獲得する大番狂わせを演じた。老若男女、世界規模のQUEEN人気あってこそのノミネートと言えるだろう。
※予想※
金でオスカーを買ったとまで言われたワインスタイン・カンパニーの消滅後、賞レースは群雄割拠の戦国時代になった感がある。ここ数年、大量受賞間違い無しの大本命作は現れず、候補作が賞を分け合う接戦続きだ。今年は作品賞受賞の指針となる前哨戦の結果が全て割れ、全く先が読めない大混戦となっている。ゴールデングローブ賞は『グリーンブック』と『ボヘミアン・ラプソディ』が、放送映画批評家協会賞は『ROMA』が受賞した。
最大の指針となる俳優組合賞キャスト部門にノミネートされたのは上記のうち『ボヘミアン・ラプソディ』『ブラック・クランズマン』『ブラックパンサー』の3作品。過去25年間で同賞にノミネートされずオスカーを獲ったのは95年『ブレイブハート』と昨年の『シェイプ・オブ・ウォーター』だけという鉄板データを参考にすると受賞作『ブラックパンサー』が最有力となるが、果たしてどうだろうか。
というのも作品賞受賞には監督賞、編集賞、脚本賞のノミネートが必須という見えない条件がある。今年、これを満たしているのは作品賞レースでは後続の『女王陛下のお気に入り』と『ブラック・クランズマン』『バイス』だけなのである。今更この2本で争われるとは思えない。
となると、今年は"上記3賞いずれかのノミネートが欠けた作品賞受賞”という例外的データの方が重要視されるかもしれない。いや、そもそもデータすら当てにならないのか。『ROMA』『ブラックパンサー』『グリーンブック』の有力作3本はいずれもウィークポイントも抱えている。
『グリーンブック』は監督賞ノミネートこそ落としたものの編集、脚本がノミネートされており、幅広い層に好かれるフィールグッドムービーだ。その一方、“白人目線の人種問題映画”という批判があり、多様性を訴え、トランプ政権へのカウンターともなる『ブラックパンサー』と比べると時勢の力は借りれないかもしれない。もちろん、国境問題で揺れるメキシコ映画『ROMA』に票を投じることも同様の意義があるだろう。編集賞候補を落としたがキュアロンの監督賞は固く、最多ノミネートの力も大きい。但し、ハリウッドとは全く無縁の“外国語映画”であり、劇場公開のない“Netflix映画”である。外国語映画賞でお茶を濁される可能性は否定できない(そのため、日本の『万引き家族』には全くチャンスがなくなる)。
・本命~『ROMA』
・対抗~『グリーンブック』
・取るべき~『ROMA』
【監督賞】
アルフォンソ・キュアロン『ROMA』
今や現役最高と言っても過言ではないメキシコの名匠。前作『ゼロ・グラビティ』はオスカーでは監督賞はじめ8部門を獲得。続く本作はパーソナルな小品ながら、ベネチア映画祭金獅子賞を皮切りに賞レースを席巻した。今回は製作、撮影、脚本も兼任。単独で4部門にノミネートされる快挙を成し遂げた。
ヨルゴス・ランティモス『女王陛下のお気に入り』
『籠の中の乙女』でアカデミー外国語映画賞候補に挙がり、一躍頭角を現したギリシャの鬼才。ブラックユーモアが込められた独自の作風は新作を発表する度にカンヌ、ベネチアといった国際映画祭で注目を浴び、ついに満を持してのオスカー最多ノミネートとなった。『ロブスター』でも脚本賞候補に上がっており、下地は十分だ。
アダム・マッケイ『バイス』
ウィル・フェレル主演のバカ映画でメガホンを取ってきた職人監督のイメージが強かったが、『アザー・ガイズ』から社会情勢を皮肉った作風が顕になり、リーマンショックを扱った前作『マネー・ショート』でオスカー主要5部門候補に結実、社会派コメディ監督の地位を確立させた。キャストアンサンブルの采配も巧みで、今回は演技賞候補に3人も送り出している。
スパイク・リー『ブラック・クランズマン』
常に論争を巻き起こすような強烈なメッセージ性の作品を発表し続けてきた黒人映画の先駆的巨匠。89年の『ドゥ・ザ・ライト・シング』は圧倒的評価を得ながらアカデミー賞では脚本賞候補のみに留まり、92年は渾身作『マルコムX』がやはり無視されるなど、アカデミーの人種差別的な歴史と戦い続けてきた人物である。既に名誉賞を受賞しており、今回初の監督賞候補となった。
パヴェウ・パブリコフスキ『COLD WAR』
2013年『イーダ』でアカデミー外国語映画賞を受賞したポーランドの新鋭。本作は1950年代、冷戦下のポーランドを舞台にしたラブストーリーで、カンヌ映画祭では既に監督賞を受賞している。今回は監督賞のみならず外国語映画賞、撮影賞にもノミネートされた。美しいモノクロ映像と、同郷の巨匠アンジェイ・ワイダを彷彿とさせる国家の歴史を織り込んだ重厚な作風が特徴だ。
※予想※
既にアルフォンソ・キュアロンの独走状態にあり、ちょっとやそっとでこの下馬評はひっくり返らない雰囲気だ。あえて弱点を挙げるとすれば『ゼロ・グラビティ』で受賞して間もないこと、ここ数年間でキュアロン、アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ、ギレルモ・デル・トロのメキシコ系監督3人でオスカーを独占していること、そしてやはり外国語映画であることがネックになるかもしれない。逆に『ROMA』はここを落とすと作品賞受賞はまず無理だろう。
【主演男優賞】
ブラッドリー・クーパー『アリー/スター誕生』
これまで演技賞ノミネート3回の常連。今回は製作者として作品・脚本・主演男優賞のトリプルノミネートとなった。初監督とは思えない素晴らしい手腕を発揮し、監督組合賞にもノミネートされたがまさかの落選。だが、おかげで票割れの心配がなくなった。
ラミ・マレック『ボヘミアン・ラプソディ』
TVシリーズ『Mr・ロボット』でエミー賞も受賞済みだが、映画では初主演。世界的人気ロックバンドQUEENボーカリスト、フレディ・マーキュリーに扮し、まるで本人が憑依したかのような大熱演で爆発的ヒットに貢献した。その演技は当初、ノミネートはまず無理と言われていた作品自体もオスカー候補に押上た程だ。ゴールデングローブ賞では下馬評を翻して主演男優賞を獲得。大番狂わせと報じられたがその後、オスカー直結の俳優組合賞も獲得して堂々の本命候補に上り詰めた。
クリスチャン・ベール『バイス』
未だ極度の肉体改造"デ・ニーロ・アプローチ”で役作りを続ける米映画界きっての鬼役者。既に『ザ・ファイター』で助演男優賞を受賞済み、通算4度目のノミネートとなった。今回はジョージ・W・ブッシュ政権の副大統領ディック・チェイニーに変身、その役者根性を見せつけた。本作でゴールデングローブ賞、放送映画批評家協会賞を受賞している。
ウィレム・デフォー『永遠の門 ゴッホの見た未来』
悪役、善人、キリスト、吸血鬼、アメコミキャラクターetc.ありとあらゆる役柄をこなすアメリカ映画界きっての性格俳優。喫驚な役が多い印象だが、近年は年齢を重ねて渋味を増しており、昨年は『フロリダ・プロジェクト』でオスカー助演男優賞にノミネートされた。本作では画家ゴッホに扮し、ベネチア映画祭で男優賞を受賞。功労票が入ってもおかしくないダークホースだ。
ヴィゴ・モーテンセン『グリーンブック』
『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズで大ブレイク後も出演料を度外視してデヴィッド・クローネンバーグ監督作へ連続出演するなど、独自の作品選びを続ける個性派俳優。そのアーティスティックなスタンスが多くの同業者から尊敬を集め、これまでも『イースタン・プロミス』『はじまりへの旅』で主演男優賞に2度ノミネートされた。
※予想※
人気俳優が揃った今年の激戦区。前哨戦を独走した『魂のゆくえ』イーサン・ホークの不在によりレースが振り出しに戻った中、下馬評ではノミネート止まりの泡沫扱いだったラミ・マレックがゴールデングローブ賞、俳優組合賞を獲得して一歩リードした。クリスチャン・ベールは既に受賞済みであること、ヴィゴ・モーテンセンは対象作の人気がマハーシャラ・アリに移っている事が弱点になるだろう。
一方、通算4度目の演技賞ノミネートとなったブラッドリー・クーパーは監督賞候補を逃したため、これで票割れの心配がなくなった。『アリー/スター誕生』は主題歌賞以外、全滅の可能性も高く、彼を手ぶらで帰らせるワケにはいかないという心理が働けば…。前哨戦でほぼ指名なしだったウィレム・デフォーは唯一功労票を集められるダークホースと言っていいだろう。
・本命~クリスチャン・ベール対ラミ・マレック
・対抗~ブラッドリー・クーパー
・大穴~ウィレム・デフォー
【主演女優賞】
オリヴィア・コールマン『女王陛下のお気に入り』
昨年はドラマ『ナイト・マネージャー』でゴールデン・グローブ助演女優賞を受賞。本来、助演で輝く名バイプレーヤーだが、本作ではアン女王に扮し、ベネチア映画祭はじめ各主演女優賞を席巻。サスペンスも史劇もなんでもござれだが、この人のコメディセンスは殺傷力抜群だ。
レディー・ガガ『アリー/スター誕生』
世界的人気を誇るポップシンガー。映画本格出演となる本作では自身のキャリアを彷彿とさせる主人公に扮し、素顔を晒して熱演。実はアクターズスタジオでも学んだ事があり、女優としての実力も十分だ。オスカー前哨戦では放送映画批評家協会賞で本命グレン・クローズと同点受賞。オスカーは過去にベッド・ミドラーやシェールなど歌手出身俳優に寛容な歴史が有り、3番手として逆転を狙う。
グレン・クローズ『天才作家の妻』
オスカーノミネート歴7回、米映画界を代表する名女優。前哨戦では遅れを取っていたが、ゴールデングローブ賞で下馬評を覆して逆転受賞。本人も驚きの受賞だったが、そこでの名スピーチを皮切りに一気に流れが変わった感。放送映画批評家協会賞、俳優組合賞も獲得、いよいよ無冠の帝王の称号を返上する時が近づいた。
ヤリッツァ・アパリシオ『ROMA』
オーディションを経て『ROMA』が映画初出演となったシンデレラガール。メキシコ系としてもアカデミー史上初の主演女優賞ノミネートとなった。今年のオスカーはとりわけグローバリズム重視。彼女のような新人がかっさらうサプライズはこれまでにもあっただけに、ダークホースとして侮れない。
メリッサ・マッカーシー『Can You Ever Forgive Me?』
2011年に大ヒットしたコメディ映画『ブライズ・メイズ』でアカデミー助演女優賞にノミネート。以後、単独主演で大ヒットを飛ばせるコメディスター女優へと成長した。今回は文書偽造詐欺を働いた実在の作家に扮し、お笑いを封印。新境地開拓となった。
※予想※
当初『スター誕生』のガガ、『女王陛下のお気に入り』のコールマン、『へレディタリー』のトニ・コレットで批評家賞は争われたが、ホラー映画というジャンルが祟ってかコレットが落選。ゴールデングローブ賞、放送映画批評家協会賞、俳優組合賞の重要前哨戦を押さえたグレン・クローズへと風向きが完全に変わった。大女優への称賛も手伝って、受賞は確実と言っていいだろう。
・本命~グレン・クローズ
・対抗~オリヴィア・コールマン、レディー・ガガ
【助演男優賞】
マハーシャラ・アリ『グリーンブック』
ドラマ『ハウス・オブ・カード』で頭角を現し、2016年『ムーンライト』でアカデミー助演男優賞を受賞。ヤクザから軍人、政治家と変幻自在ながらどこかインテリジェンスと色気を感じさせる演技派だ。2度目のオスカー受賞となれば黒人俳優としてデンゼル・ワシントンに並ぶ快挙となる。
リチャード・E・グラント『Can You Ever Forgive Me?』
カルト的人気を誇る1987年作『ウィズネイルと僕』でデビュー後、国籍・バジェット問わず活動を続けるベテラン俳優。今回は主人公の唯一の理解者となる男を演じ、批評家賞を独占した。
アダム・ドライヴァー『ブラック・クランズマン』
『スター・ウォーズ』新シリーズのカイロ・レンでおなじみ。ギリアム、バームバック、ソダーバーグ、ニコルズ、コーエン兄弟、ジャームッシュそしてスコセッシまでありとあらゆる作家監督に愛される個性派俳優だ。当然、スパイク・リーの目にも止まり今回の初ノミネートとなった。ここで受賞はなくともこれから何度も候補に挙がるだろう。
サム・エリオット『アリー/スター誕生』
御年71歳の大ベテランが意外や初ノミネート。ブラッドリー・クーパーの名演出を受けてキャリア最高とも言える名演を披露した。出番はかなり短いが、主演二人を見守る守護精霊のような役柄で深い印象を残す。功労票を集めるのは彼だろう。
サム・ロックウェル『バイス』
昨年、『スリー・ビルボード』で同部門を制した名バイプレーヤー。今回はジョージ・W・ブッシュ元大統領に扮するチャレンジで、その巧さを見せつけた。前哨戦ではほとんど名前が挙がらなかったが、有力候補だったティモシー・シャラメ、マイケル・B・ジョーダンら若手を下してさっそく受賞俳優のバリューを見せつけた。
※予想※
こちらも大勢が決してきた。当初は英国のベテラン、リチャード・E・グラントが批評家賞を独走したがゴールデングローブ賞をマハーシャラ・アリが受賞し、流れを一気に引き寄せた。『グリーンブック』の支持票が彼に代表されて集中しているのも強みになるだろう。
もちろん、ウィークポイントもある。一昨年前に『ムーンライト』で受賞したばかり。『グリーンブック』人気が果たして高いのか、低いのかもイマイチ読み切れない。ただグラントは功労票という意味合いではサム・エリオットと票を奪い合ってしまうのではないか。
かつてベン・アフレックが監督賞候補から落選したことをきっかけに『アルゴ』が作品賞を獲る、という現象が起きたが、ブラッドリー・クーパーの監督賞落選がサム・エリオットの支持票増加につながるか。深読みし過ぎかも知れないが、番狂わせがあるとすればグラントよりもエリオットかも知れない。
・本命~マハーシャラ・アリ
・対抗~リチャード・E・グラント
・大穴~サム・エリオット
【助演女優賞】
エマ・ストーン『女王陛下のお気に入り』
『バードマン』で助演女優賞に初ノミネート、続く『ラ・ラ・ランド』で早くも主演女優賞を獲得。オスカー受賞後も守りに入ることなく、『バトル・オブ・セクシーズ』など意欲的な作品選びが続くハリウッドきってのトップ女優へと成長した。本作では女王陛下に取り入ろうとする女中をヌードも辞さず熱演。今年はドラマ『マニアック』にも主演し俳優組合賞ではWノミネートと絶好調だ。
レイチェル・ワイズ『女王陛下のお気に入り』
2005年『ナイロビの蜂』でアカデミー助演女優賞を受賞、以後国際的な活躍の続く英国女優。ヨルゴス・ランティモス監督とは『ロブスター』に続く再タッグとなった。作品を見ればわかるが、実質上エマ・ストーンとのW主演で票割れは必至。主演も出来る人なので、檜舞台に上がるのはまた今度になるだろう。
レジーナ・キング『ビール・ストリートの恋人たち』
『アメリカン・クライム』『運命の7秒』でエミー賞を受賞しており、ベテランと言っても過言ではないだろう。『ムーンライト』のバリー・ジェンキンス監督作では主人公の母親に扮し、批評家賞を独占した。肝心要の俳優組合賞で候補落ちしたのが気がかりだ…。
エイミー・アダムス『バイス』
今年はドラマ『シャープ・オブジェクト』にも主演、各賞では本作とWノミネートが続き絶好調。多彩な演技力、果敢な作品選択眼とハリウッド現役最高の演技派スターと言っていいだろう。名バイプレーヤーのイメージが強かったが『アメリカン・ハッスル』『メッセージ』を得て主演女優としての貫禄も増した。通算6度目のノミネートだが、今年もまだ本命とは言えず…。
マリーナ・デ・タビラ『ROMA』
Netflixは『ROMA』のオスカー獲得のために賞レース史上最大の2000万ドルを投じたと言われているが、その最大の成果が彼女のオスカーノミネートではないだろうか。実質5人目の席が空いていた不作の部門ではあったが、彼女の候補入りを予想できた人はいなかった。アメリカでは全く無名、というのが逆に強みになるかもしれない。
※予想※
前哨戦を独走したレジーナ・キングだが、肝心要の俳優組合賞のノミネートを落としてしまい、本当に受賞大本命なのかイマイチ確証が持てない。そんなキング不在の組合賞を制したのがオスカーで候補落ちしたエミリー・ブラント(『クワイエット・プレイス』)だからなおさら判断材料がない状態だ。当初ノミネート有力だったブラントが落選したことからも鑑みると、かなりの票割れが起きているのではないか。下馬評で全く名前が上がらなかったマリーナ・デ・タビラのノミネートはその最もたる結果だろう。6度目のノミネートとなるアダムスも本来ならキングの対抗馬と目されても良い実績だけに(ファンとしては主演で取って欲しい人だが)、どんな番狂わせが起きてもおかしくない部門だ。
・本命~レジーナ・キング
・対抗~エイミー・アダムス
・大穴~マリーナ・デ・タビラ
今年もやります、アカデミー賞予想。各批評家協会賞が発表され、オスカー直結率の高い重要前哨戦(ゴールデングローブ賞、俳優組合賞)の候補が出揃った1/4時点でのノミネート予想。
【作品賞候補予想】
ノミネート確実
・『ROMA』
・『アリー/スター誕生』
・『女王陛下のお気に入り』
・『ボヘミアン・ラプソディ』
・『ブラック・クランズマン』
・『グリーンブック』
ノミネートされるべき
・『ブラックパンサー』
・『クレイジー・リッチ!』
ノミネート有力
・『ビール・ストリートの恋人たち』
今年は不作なのか、作品賞候補10枠が埋まらない。上記有力候補群に加えて『ムーンライト』でオスカーを制したバリー・ジェンキンス監督作『ビール・ストリートの恋人たち』や、A24製作の青春コメディ『Eighth Grade』ら高評価を受けた小品群にも滑り込む余地があるだろう。ゴールデングローブ賞で最多ノミネートを獲得して名を上げた『バイス』だが、公開後の批評は期待ほど伸びなかった。幸い俳優陣のアンサンブルが好評を受けているので、この期に乗じて俳優票を大きく取り込みたいところだ。10枠に拡がった事で評価の伴わない作品が泡沫候補として挙がる事はしばしば批判の的だが、製作会社には大きなチャンスである。
『ブラックパンサー』はゴールデングローブ賞、ブロードキャスト批評家協会賞、俳優組合賞といった重要賞のノミネートを漏れなく獲得し、いよいよアメコミ映画悲願の作品賞ノミネートが見えてきた。これは作品評価、興行成績の後ろ盾がありながらノミネートを落とした2008年の『ダークナイト』とは背景が異なる。『ブラックパンサー』をノミネートする事は白人偏重ノミネート“ホワイトオスカー”問題、昨年の“Me too”問題などを経てハリウッドが自らの多様性を実証する重要なチャンスなのだ。創設10年を迎えたマーヴェルスタジオにとっても重要な節目となるだろう。
『ブラックパンサー』が評価されるなら、アジア系に大きく門戸を開いた『クレイジー・リッチ!』もノミネートされて然るべきだ。批評、興行共に資格十分、俳優組合賞でのキャスト賞ノミネートは大きな追い風である。
批評家賞での一番人気は『ROMA』だが外国語映画、全編白黒、スター不在とアカデミー作品賞には残念ながら程遠いポテンシャル。よって重要前哨戦の結果が発表されるまでは本命不在、本当の戦いはこれからだ。
【監督賞候補予想】
ノミネート確実
・アルフォンソ・キュアロン『ROMA』
・ブラッドリー・クーパー『アリー/スター誕生』
・ヨルゴス・ランティモス『女王陛下のお気に入り』
・スパイク・リー『ブラック・クランズマン』
ノミネートされるべき
・ピーター・ファレリー『グリーンブック』
ノミネート有力
・アダム・マッケイ『バイス』
作品賞ノミネート確実の上位4名は安泰、最後の1枠を巡る争いになるだろう。ピーター・ファレリーはこれまで弟ボビーと一緒に『メリーに首ったけ』などを作ってきたコメディ監督。対象作となる『グリーンブック』は人種問題を扱いながら間口の広い作風がウケてトロント映画祭で観客賞を受賞した。『マネー・ショート』で既にノミネート経験のある『バイス』のアダム・マッケイ監督もコメディ出身。コメディ監督2人の対決になるだろう。
前哨戦一番人気はやはり『ROMA』のアルフォンソ・キュアロンだが、『ゼロ・グラビティ』で既に受賞済み。これまでも俳優監督を優遇してきたオスカーが『アリー/スター誕生』のブラッドリー・クーパーをどう評価するのかが見所になるだろう。
【主演男優賞候補予想】
ノミネート確実
・ブラッドリー・クーパー『アリー/スター誕生』
・ラミ・マレック『ボヘミアン・ラプソディ』
・ヴィゴ・モーテンセン『グリーンブック』
・クリスチャン・ベール『バイス』
ノミネートされるべき
・イーサン・ホーク『First Reformed』
ノミネート有力
・ジョン・デビッド・ワシントン『ブラック・クランズマン』
前哨戦一番人気は『First Reformed』のイーサン・ホークだがゴールデングローブ賞、俳優組合賞と重要前哨戦のノミネートを軒並み落としてしまって未だ安泰とは言えず。対象作は上半期公開のインディーズ映画、まだまだ作品の知名度が不足しているのかも知れない。ノミネートされれば通算3度目の演技賞候補(『ビフォアシリーズ』で脚色賞候補に挙がった事がある)なだけに、キャリア最大のオスカーチャンスになるかも知れない。
仮にホークが候補落ちすればレースは振出に戻る。父デンゼルに次いで巨匠スパイク・リー監督作でブレイクしたジョン・デビッド・ワシントンのブレイクスルーも大いにあり得るだろう。対象作が作品賞や監督賞など主要部門のノミネートが固いことも追い風になりそうだ。
【主演女優賞候補予想】
ノミネート確実
・レディー・ガガ『アリー/スター誕生』
・オリヴィア・コールマン『女王陛下のお気に入り』
・エミリー・ブラント『メリー・ポピンズ リターンズ』
ノミネート有力
・メリッサ・マッカーシー『can you ever forgiveme?』
・グレン・クローズ『天才作家の妻』
ノミネートされるべき
・トニ・コレット『へレディタリー/継承』
・エルシー・フィッシャー『Eighth Grade』
今年最大の激戦区。賞レース開始前から無冠の女王グレン・クロースの受賞が期待されていたが、作品評価が不発。より評価の高い主演作を得た女優達がどんどん追い抜いている状況だ。
一番人気はベネチア映画祭で女優賞も受賞したイギリスのベテラン、オリヴィア・コールマン。昨年はTVドラマ『ナイト・マネジャー』でゴールデングローブ賞を受賞するなどキャリア絶好調だ。
そのすぐ後ろを走るのが素顔を晒して役者としての実力を証明したレディー・ガガだ。オスカーはこれまでも歌手兼俳優に寛容。大ヒットも後押しして受賞ポテンシャルは十分だ。
3番手は今年大活躍のエミリー・ブラントを挙げておこう。実現不可能と言われた『メリー・ポピンズ』続編でジュリー・アンドリュースの当たり役を演じ、うるさ型の批評家を黙らせてみせた。上半期に公開された『クワイエット・プレイス』の大ヒットもプラス材料になるだろう。キャリア、実力共に申し分なし、先の本命2人を逆転するポテンシャルもタイミングもバッチリと見た。
最後の2枠は前述のクローズか、それともシリアス演技で新境地を開拓したメリッサ・マッカーシーか。いやいや、ここではトニ・コレットの名前を挙げておこう。前哨戦ではコールマン、ガガに次ぐ3番人気、ジャンル映画に寛容な昨今の風潮からすればホラー映画『ヘレディタリー』で見せた神経症演技は充分に可能性がある。俳優組合賞候補を落としたのは痛いが、サプライズを期待したい。
【助演男優賞候補予想】
ノミネート確実
・リチャード・E・グラント『can you ever forgiveme?』
・マハーシャラ・アリ『グリーンブック』
・アダム・ドライヴァー『ブラック・クランズマン』
・ティモシー・シャラメ『ビューティフル・ボーイ』
ノミネートされるべき
・マイケル・B・ジョーダン『ブラックパンサー』
・サム・エリオット『アリー/スター誕生』
ノミネート有力
・ティモシー・シャラメ『ビューティフル・ボーイ』
既にリチャード・E・グラントが独走態勢に入っており、各賞候補の顔触れも固まってきたが作品評価の伸び切らなかったティモシー・シャラメや、出番が短すぎるサム・エリオットはまだ安泰と言えないかもしれない。大穴として作品賞候補も確実視となった『ブラックパンサー』の敵役マイケル・B・ジョーダンを挙げておこう。主演作『クリード2』も大ヒットを記録、最旬俳優にご褒美があってもいいタイミングだ。
【助演女優賞候補予想】
ノミネート確実
・エマ・ストーン『女王陛下のお気に入り』
・レイチェル・ワイズ『女王陛下のお気に入り』
・エイミー・アダムス『バイス』
ノミネートされるべき
・レジーナ・キング『ビール・ストリートの恋人たち』
ノミネート有力
・マーゴット・ロビー『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』
・エミリー・ブラント『クワイエット・プレイス』
今年、最も手薄な部門だ。前哨戦は『ビール・ストリートの恋人たち』のレジーナ・キングが独走したが、どういうワケか最重要の俳優組合賞で候補落ちした。彼女が本戦ノミネートを落とせばこのレースも振り出しだ。
エマ・ストーン、エイミー・アダムスは共に俳優組合賞でTV部門とのWノミネートを達成。現在ハリウッドで最も勢いのある女優と言っていいだろう。本戦ノミネートも確実だ。
実は『ナイロビの蜂』以来、候補歴のないレイチェル・ワイズもライバルの少なさに救われて票割れの心配はなさそうだ。
最後の枠には誰が滑り込むか。昨年の『アイ、トーニャ』に続き好調マーゴット・ロビーの可能性は高いが、俳優組合賞では『クワイエット・プレイス』のエミリー・ブラントが『メリー・ポピンズ リターンズ』とのWノミネートを達成している。今の彼女の勢いなら本戦でもありえない事ではない。
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