「EV車になんか乗りやがって!」古今東西、都会人が異郷で受難に見舞われる映画は数多く存在してきたが、2024年の憎悪の1つは“意識の高さ”のようだ。2022年のデンマーク、オランダ合作映画『胸騒ぎ』をリメイクした本作を、拙速なハリウッドリメイクと侮ってはいけない。ブラムハウスはジェームズ・マカヴォイ、マッケンジー・デイヴィス、それに素晴らしいスクート・マクネイリー(今年はエイミー・アダムス主演『ナイト・ビッチ』にも出演する大活躍)ら芸達者を揃え、緻密なプロダクションデザインと110分という然るべきランタイムで週末にピッタリなホラー映画を作り上げた。ここで描かれるのはこけおどしのジャンプスケアーではなく、観客を不安に陥れる厭な空気だ。
ロンドン在住のアメリカ人、ダルトン一家はイタリア旅行中にとあるイギリス人家族と交流を深める。パディと名乗る男は国境なき医師団に務める医師で、豪放磊落、年若い妻と一人息子を連れている。彼のフレンドリーな態度に惹かれ、ダルトン一家は週末をパディの住む農場で過ごすことになるのだが…。
巧みなマカヴォイはホラー映画における“親切すぎる隣人”を単なるクリシェで終わらせはしない。パディには世間離れした底抜けのユーモアセンスがあり、周囲の目なんか気にしない自信に満ちている。美食家で、料理の腕前も一流。家庭人で、他人の悩みにも親身に耳を傾ける。おまけに筋骨隆々の美男子なのだから、好きにならずにはいられない。マカヴォイの人物造形が光るのだ。
ジェームズ・ワトキンス監督は辛抱強い演出で両家のアイデンティティの差異を比較し、違和感と居心地の悪さに恐怖を見出している。原作『胸騒ぎ』にあった得体の知れない憎悪が、2024年の現在では正しさを振りかざすアメリカ人へと明確に向けられている。後半の展開をガラリと変えたハリウッドライクな改変にオリジナルのファンは眉をひそめるかも知れないが、むしろ急転直下の転調はサービスとして受け取るべきだろう。緻密なプロダクションデザインのおかげで屋内籠城のスリルは一級品。そしてEV車の味気ない駆動音を観客の耳に残してくれた映画は、ひょっとすると本作が初めてかもしれない。こういうよくできたハリウッド娯楽映画をバカにしたらつまらないのだ。
『スピーク・ノー・イーブル 異常な家族』24・米
監督 ジェームズ・ワトキンス
出演 ジェームズ・マカヴォイ、マッケンジー・デイヴィス、スクート・マクネイリー、アシュリン・フランチオージ
※2024年12月13日ロードショー 公式サイト
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