長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『獣の棲む家』

2020-11-05 | 映画レビュー(け)

 アフリカからイギリスへ亡命した夫婦がようやく手に入れた住居。そこには自分たち以外の“誰か”がいて…レミ・ウィークス監督による本作は『ゲット・アウト』『アス』など社会的イシューを含んだジョーダン・ピール以後のホラーであり、A29に代表される作家主義ホラーの系譜にも連なる1本だ。今、最も社会問題を反映できるジャンルはMCUとホラーだろう。

 ウィークス監督は湿度の高い恐怖演出を見せており、壁紙がぺろりと剥がれ落ちるシーンには思わず「うわぁ…」と声が漏れた。パラノイアと密室というモチーフにはロマン・ポランスキーの『反撥』も頭を過る。本作はNetflixによる配信リリースだが、昨今のホラー映画同様、耳の良い演出が施されているだけにぜひ音響環境にはこだわってもらいたい所だ。

 だが本作の真の恐怖はそんな視覚的恐怖ではなく、“異国の地で難民である”事だろう。外出先で道に迷った妻はようやく出会った黒人少年に助けを求めるも「国へ帰れ」と侮蔑の言葉を浴びる。何とか強制送還だけは免れようと夫の顔には不気味な作り笑いが貼りついた。住宅に巣食う悪霊に脅かされる2人は家を出ることもできなければ助けを求めることもできないのだ。

 そしてウィークスはアフリカから国外へと逃げ延びた2人の内面に迫る。亡命は危険と隣り合わせであり、多くの人々がコンテナで窒息し、海で溺れ死んだ。この映画で夫婦が抱える最大の恐怖とは生き残ってしまったことの罪悪感なのだ。物語にもならず命を落としていった多くの声なき人々を映す終幕に、僕は言葉を失ってしまった。


『獣の棲む家』20・米
監督 レミ・ウィークス
出演 ウンミ・モサク、ショペ・ディリス、マット・スミス

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