長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『パトリック・メルローズ』

2019-02-14 | 海外ドラマ(は)

【傲慢で鼻持ちならない、イギリス人すぎるイギリス人】
これは劇中パトリック・メルローズが自身を評する言葉だが、それはまさにベネディクト・カンバーバッチが専売特許としてきた役柄だ。現代に甦ったシャーロック・ホームズ、非業の天才科学者、気難しい魔法使い…そして本作のパトリック・メルローズは酒とドラッグに明け暮れる破滅的プレイボーイだ。傍若無人に振る舞うカンバーバッチのパフォーマンスは見ているこちらまで泥酔状態に陥りそうなハイテンションっぷりで愉快痛快、演じる喜びに満ち溢れている。彼は本作で製作総指揮も兼任。強い思い入れで挑んでいる事が伝わってくる名演だ。

エドワード・セント・オービンによる小説『パトリック・メルローズ』を映像化した本作は5刊組の原作同様、全5話構成のミニシリーズだ。各話、時代が異なりパトリックの少年時代から40代までが描かれていく。

ポップな第1話から一転、第2話は衝撃的だ。陽光眩い南仏の別荘を舞台にパトリックの少年時代が描かれる。サディスティックなまでに威圧的な父、虐げられ怯えた母。そこへ訪れる父親の友人達は権威と恐怖にへつらう俗物ばかりだ。主演ベネ様不在ながら、父を演じるヒューゴー・ウィービングのあまりの恐ろしさにドラマは異常な緊張感をはらみ、僕は凍りついてしまった。パトリックを破滅させたのは父親から受けた性的虐待が原因だったのだ。

↑もはや名優の領域、ヒューゴー・ウィービング。

【反復される“呪い”】
第3話のパトリックは30代。ようやくドラッグもアルコールも断った彼は豪奢な晩餐の席でかつての自分と同様、虐げられた子供の姿に胸を痛める。前回と同じキーワードを散りばめ、"韻”を踏むかのような叙述はしかしながら希望を感じさせる幕切れで終わる。

この反復されるストーリーテリングこそ『パトリック・メルローズ』の魅力だ。第4話のパトリックは40代。妻と2人の子供に恵まれ、再び南仏の別荘に母を訪ねる。ほとんど寝たきり状態にあり、意思疎通も困難な母はこの家を奇っ怪な宗教団体へ寄贈しようとしていた。かつて自分を父親に差し出し、家を去った母にまたしても裏切られたパトリックは自暴自棄になり、アルコールへ手を伸ばしてしまう。彼の破滅志向は当然、妻と息子達の心を離れさせる。これは父が自分に行った仕打ちと全く同じではないか?物語の“反復”が血縁という逃れようのない呪縛を否が応でも僕たちに意識させる。

 2018年は親の不在、逃れようのない血縁の呪いを描いた映画、ドラマが相次いだ。社会が混迷を深め、規範となる存在がない今、権力者の標榜する「美しい国」が欺瞞に満ちている事への批評もあるだろう。『ヘレディタリー』『シャープ・オブジェクト』の絶望が続いた後、それでも本作は必死にその先の希望を模索する。赦せなくてもいい。でも人生が続いてしまうのなら、憐れみをかけてやってもいいのではないか。安易と映るかもしれないが、思いがけない人物の「気は変えるためにある」という言葉がパトリックの背中を押すのである。


『パトリック・メルローズ』18・英、米
監督 エドワード・バーガー
出演 ベネディクト・カンバーバッチ、ヒューゴー・ウィービング、ジェニファー・ジェイソン・リー
 

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『ロッキー4 炎の友情』 | トップ | 『追想』 »

コメントを投稿

海外ドラマ(は)」カテゴリの最新記事