コンクールに集まった天才ピアニストたちを描く本作でまたしても松岡茉優はその天性の才を発揮する。母の死をきっかけにエリート街道から転げ落ちたヒロインを動物的とも言える演技勘で演じきって見せるのだ。日本映画特有の不自然なセリフや展開、本作のブルゾンちえみに代表されるキャスティングのノイズ等によって度々、足が乱れる演出のテンポを何度も救い、まさに主演スターの存在感である。共演の森崎ウィン、鈴鹿央士らも健闘しているが、ずば抜けている。
一方、松坂桃李が楽器店勤務の“市民ピアニスト”を地に足付いた演技で見せており、演技的質の異なる対照的なキャスティングが面白い。彼が演じる高島は誰にでも伝わる市井の音を目指す苦労人であり、その地道な努力によって生まれた音は天才たちへインスピレーションを与えていく。それはあたかも実直な演技で若手キャストの地軸となる松坂自身にも重なる。2019年はスマッシュヒット作『新聞記者』にも主演、演技派としての成長が著しい。
“天才vs凡人”という二項対立で語られがちな今日、時に凡人が天才へインスピレーションを与え、天才は天才同士でさらに高め合う本作の世界観は幸福だ(もちろん、天才も死ぬほど苦悩し、練習している)。石川慶監督はポーランドの映画学校卒と聞き、本作との親和性に納得した。俳優よりも原作の描写に合わせてピアニストからキャスティングしたという作家主義は凡百の日本アカデミー賞候補の中でも一際、孤高の存在感を放っている。
『蜜蜂と遠雷』19・日
監督 石川慶
出演 松岡茉優、松坂桃李、森崎ウィン、鈴鹿央士、臼田あさ美、ブルゾンちえみ、福島リラ、斉藤由貴
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