パク・チャヌクの『別れる決心』といい、韓国歌謡曲にはつい聞き入ってしまう高揚と哀切を覚えるが、それは生まれて間もなくフランスへと養子に出され、20代後半にして初めて故郷韓国の地を踏んだヒロイン、フレディも同じようだ。曲に聞き入るゲストハウスの受付を前に「何を聞いているの?」と声をかければ、2人の視線は交錯する。あぁ、映画が始まる高揚!
フランス生まれのカンボジア人監督ダヴィ・シューの長編2作目で強烈な磁場を放つのは韓国でもなければソウルでもなく、新人パク・ジミンが演じる主人公フレディそのものだ。「典型的な韓国人顔だね」と言われる彼女はフランス育ちの旺盛なコミュニケーション能力で周囲を巻き込み、礼節と父権の韓国社会を突っ切っていく。侮辱だなんだと言われようが、自分が飲みたい時に注ぐだけだと言わんばかりにチャミスルを手酌する姿は痛快だ。彼女は予期せずして韓国に降り立ったことをきっかけに、自分の実の両親を探し始める。フレディにはヒューマンドラマ特有のドラマツルギーは通用しない。母からの返答はなく、新しい家庭を築いている父親を訪ねて地方へ渡れば、その歓待は湿っぽいばかり。自身のアイデンティティへ募る嫌悪は無理もないが、ダヴィ・シューは思いがけないタイムジャンプをしてフレディと観客をソウルに引き付ける。こんな経験をしてもなお、2年を経てフレディは韓国に留まり続けているのだ。
本作はオスカーレースの真っ只中、ボストン映画批評家協会賞で作品賞を獲得した。“アイデンティティ難民”は今や万国普遍のテーマ。騒々しいばかりのエブエブよりも、ルーツに抗い、しかし離れることのできない磁場に囚われたフレディの旅路に共感を覚えた人は少なくなかったのだろう。旅の終着地でフレディが綴る心からの言葉が胸に沁みた。
『ソウルに帰る』22・仏、独、ベルギー、カンボジア、カタール
監督 ダヴィ・シュー
出演 パク・ジミン、オ・グァンロク、キム・ソニョン、グカ・ハン
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