広島県安芸郡熊野町。ここに「熊野筆」という伝統工芸品がある。最近「熊野・化粧筆」の名を新聞で見たという方がいらっしゃるかもしれない。これは、なでしこジャパンで知られるサッカー日本女子代表が国民栄誉賞を受賞した際に贈られた記念品だ。
【写真】 熊野化粧筆、田中澄子氏所有(次田尚弘撮影)
この熊野筆。誕生の由来を紐解くと、和歌山県に関係することがある。熊野筆は約180年前に誕生した。当時、農閑期の生計を立てるため、熊野町から和歌山県の熊野地方や奈良県の吉野地方へ出稼ぎに出る方が多かった。帰路に就く際、筆や墨を購入し、行商をしながら熊野町へ帰郷したという。
筆や墨の行商として知られてきた頃、熊野町の住人が、紀州藩から広島藩へ転封した浅野家の御用筆司(ごようふでし)から筆の作り方を教わり、町内で生産を始めたのが始まりだという。やがて「熊野筆」は、筆記具に留まらず、昭和40年代から化粧筆の生産を開始し、国内生産量の9割を占めるようになった。
出稼ぎ先として紀州の熊野を選び、元紀州藩から学び、生まれた「熊野筆」は、地域の文化として発展してきた。安芸の熊野の先人たちは、地域の魅力、活力につながる種を、暮らしや人とのつながりの中で見つけてきたのだ。
先日の台風12号で、紀州の熊野では大きな被害を受け、たくさんの方々から支援を受けている。お世話になる方々と共に復興の最善策を見いだし、一日も早く、魅力あふれる紀州の熊野に戻ってほしい。
(次田尚弘/広島)